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4−2 「分からないなら、考えなければ良いのよ」

前回の粗筋。


野田は昨日の出来事を二宮に話していると、どうも話が食い違う。

二宮は改めて野田に助っ人を申し込むが、野田は林原の思惑に乗るのが気に入らないが為にそれを断る。そして二人は取っ組み合いの喧嘩をしてしまうが……。

 昼休み、剛志は毎日の日課の通り、すぐさま教室を後にした。昼練ってやつか。ホント、毎度毎度ご苦労なこった。俺は未だ収まらない腹の虫の所為か、どうにも食欲が湧かない。ついでに言えば昨日徹夜だったと言うのに、眠気もない。むしろ目が冴え渡ってしまってしょうがない。

 教室の騒がしさがどうにも朝の剛志との取っ組み合いの喧嘩を想起させる。嫌になって、俺は校内で誰とも顔を合わさずに住みそうな場所を探した結果、屋上に居た。普段からここには鍵もかかっていない。何とも不用心な学校で助かったぜ。

 その割に屋上に居る人間は、ほんの数える程しか居ない。

 隠れて煙草を吸う奴、脚を伸ばして小説を読む奴、仲睦まじげに昼飯を食うカップル、携帯ゲーム機で対戦しているメガネの一団くらいなもんだ。

 梅雨の割には今日は天気も良好だが、夏場特有のこの皮膚を焼く様な陽光は、如何ともしがたいうっとおしさを齎す。

 そうして、お世辞にも綺麗とは言いがたい屋上の床に寝転がって空を見上げて、大きく伸びをする。静かな空間で暫くボーッとしていると、少しだけ冷静になる事ができた。最後に剛志に言った言葉。どうして俺はあんな言葉を吐いたんだ。俺は松井先輩の言葉を否定したかった筈なのに、まるで肯定するような意味の言葉を口にしているじゃないか。

 それとも、心の何処かではそう思っていたんだろうか。

 才能が全てを決めるって事を。努力が無駄なものだって事を。

 今までの俺の学業の成績を鑑みると、俺の努力は今の所一切報われていない。中学の頃頼んだ家庭教師も、通った某有名学習塾も、俺にはあまり意味のないものであった。

 再来週辺りに実施される中間テストを切り抜ける事が出来るかどうか、かなり怪しい所だ。しかし、勉強を止めてしまえばそれこそ俺の成績表は赤点に染まり上がってしまう。だから俺は、勉強するしかないんだ。……剛志だって同じだ。

 ウチの地区のサッカーの実力がどの程度かは分からんが、地区大会は、負けたらそれまでだ。どれだけの実力があろうとも、なにかのミスが原因で負けてしまえば、それでおしまい。

 その年は、もう諦めるしかないのだ。だったら自分たちがやれる限りの最高の状況を作って大会の日を迎えようとするのは、ごく自然な事である。剛志が俺を助っ人として呼んでくれると言った時、俺は正直に言えば少し嬉しくさえあった。

 でも、林原の顔がちらついた。

 結果としてアイツの思う壷に陥ってしまうのだけは、どうしても我慢ができないのだ。そんなつまらない意地の為に、俺は必死で頼み込んできた剛志の誘いを断ってしまった。剛志はただ、努力をしただけだ。勝つ為の努力として、俺を助っ人に招く事を決めたんだ。そして俺はそれを踏みにじり、その上親友の筈の剛志のサッカー人生すらも否定した。

 ……あぁ、畜生。俺は屑だ。それこそゴミだ。この汚い屋上に転がる、数多のゴミの一つと同じような存在だ。少し涙が出てきた。ブレザーの裾で拭き取った。ボタンが目に入って痛かった。


「……識君、ここにいたんだ」


 寝転がる頭の上の方から声が聞こえた。

 ビニール袋を持った女が俺の顔を覗き込んでいた。垂れてきた長い黒髪が、俺の顔に乗っかる寸前で停止する。その女は茶香子だった。

 彼女は微笑みながら眉を下げると言う奇妙な表情をして、俺を見つめていた。俺は寝返りを打って顔を隠すが、茶香子もそれについてくる。


「………………」

「おーい、聞いてますかー、もしもーし」


寝返りを打つ。


「………………」

「ねぇ、ちょっと……」


寝返りを打つ。


「………………」

「そう言えば今日真見ちゃん欠席だって。どうしたんだろうねー……」


寝返りを打つ。


「………………」

「電話来てたから掛けてみたけど出なかったし。風邪だって言うから寝てるのかな?……」


寝返りを打つ。


「………………」

「あ、そうだ!お腹空いてると思って、パン買ってきたよ。昨日のバイト代って事で……」


打つったら打つ。


「………………」

「もう!無視しないでよ!」


 キー!と金切り声を上げて俺の顔をペチペチ平手で打つ茶香子。

 痛くはないんだが正直うっとうしい。お前はサルか。俺は口を開いた。


「何か用か?」

「識君こそ、屋上に何の用?」


 漸く返事を返した俺を見て、茶香子は安堵の溜め息を吐く。そして拳一つ分間を空けて、俺の隣に腰掛けた。


「……そこさっき、ヤンマの死骸が転がってたぞ」

「え!?ひゃあぁ!」


 慌てて飛び退く茶香子。大丈夫、嘘だから。そう言ってやると、茶香子は俺をジト目でジッとねめつける。


「……酷いです」

「…………悪ぃ悪ぃ」


 普段だったら慌てふためく茶香子の様子を微笑ましく眺める所だが、今はそんな余裕もない。人間、心の持ちようの如何によってはこうも感じ取る世界が変わってしまうんだな。今の俺の心の内の曇天を晴らすのは、茶香子の笑顔ではないようだった。


「二宮君と、どうして喧嘩なんてしたの?」

「……茶香子、寝てただろ?」

「あれだけ騒がしくなれば、流石に起きますよ。

 で?どうして喧嘩したの?」


 心配そうな、それでいて少し咎めを含んだ、説教するときのウチのお袋のみたいな口調だった。やっぱりその話をしにきたのか。人に話したい様な出来事じゃないんだけどな。


「まぁ、アレだ。意見の相違ってやつだ。

 俺達二人には良くある事だって。

 中坊の頃から……いや、もっと子供の頃から結構喧嘩してたからな。もう慣れたよ」

「それは嘘でしょ?」


 何か俺の嘘って異常にバレやすい気がするな。大体言った即座に看破されちまう。


「どうしてそう思うんだ?」

「慣れてるなら、どうして泣いてるの?」


 畜生、やっぱり見られてたよなぁ。もはや強がって隠す必要もないか。


「なぁ、茶香子。ティッシュ持ってない?」

「……はい、どうぞ」

「ありがと」


 茶香子から顔を背けて、思いっきり鼻をかんで、別のティッシュで涙を拭き取る。合計二枚でリフレッシュ完了。ふむ、我ながらリーズナブルな男だ。

 その後一度大きく深呼吸をして、顔をパチパチ叩いて喝を入れてから、再び茶香子の方を向く。


「取っ組み合いの喧嘩をしたのは初めてだった。

 ついでに言えば、アイツがあんなに怒るのを見るのも、初めてだ」

「……原因は?」

「俺が悪いんだよ。言っちゃいけない事を言った。簡単に言えばそれだけ」

「簡単に言わないで、詳しく言って下さい」


 そう言って食い下がる茶香子の目があまりに真剣で、俺は抗えなかった。以前までの気弱な木下茶香子は何処へやら。まるで姉が出来たみたいだ。……俺は一人っ子だけどね。


「アイツにさ、サッカー部の助っ人頼まれたんだけど断ったんだ」

「……え?でも普通は桐生さん経由で話が通るんじゃないの?」

「部長が断ったんだってよ。だから、俺に直接言いにきたんだ」

「へぇ、桐生さんが依頼を断るなんて珍しいね。

 でもさ、識君も断ったの?どうして?」

「それは……話せば長くなりそうだなぁ……何処から話せばいいのやら……」


 しかしそうやって前置きを長くして先送りしても、話自体が短くなる訳では無い。無駄な抵抗だ。茶香子は完全に聞く気だし、俺も誰かに聞いてもらいたい気分だった。丁度いい。


「茶香子はさ、才能がある奴にはどれだけ努力しても叶わない、って思う?」

「ん?んー……」

「アイツに言ったんだよ。

 俺みたいな奴が普通の奴らに交じったら、サッカーが成立しないって。

 そんな奴とサッカーやって、お前嬉しいのかよってさ。

 日々の積み重ねより、生まれもっての才能が実力を決めるって」

「………………」

「そんな事言うつもりじゃなかったけど、頭に血が上ったら……なんでだろうな。

 いつの間にか口にしてたんだ」

「……識君は」

「ホント、俺は駄目な奴だ。

 ついカッとなって、売り言葉に買い言葉を繰り返した結果がこれだもんな」

「識君は……本当にそう思ってる?」


 殆ど聞き専だった茶香子が、漸く口を開く。


「本当に生まれもっての才能が全てを決めるって、思ってる?」

「……さぁな。自分でも分からねぇよ」

「分からないなら、考えなければ良いのよ」


 茶香子はそう言って少し微笑んだ。……聞き間違いか?考えなければ良いって言ったか、コイツ。


「普通は分からないなら、考えようって言う場面じゃない、ここ?」

「言い間違いじゃないよ。本当に、考えなければ良いって言った」

「なんでだよ」

「あのね、識君」


 茶香子は強い口調で、俺を叱りつけるように言葉を続けた。


「今識君がやるべき事は、自分の悩みを解決する事?

 識君が傷つけて苦しんでる人がいるのに、それを放っといて、自分の事を優先するの?

 それって自分勝手じゃない?」

「別にそんなつもりは」

「考えるのは後!今は二宮君との仲直りが第一なの!

 分かったらほら、謝りに行くよ!一緒に行ってあげるから!」

「お前は俺のお袋か……一人で行ける、んなの」

「本当に?逃げたら新作の刀の錆にするからね」


 まさかの脅迫。冗談でもそう言う事は言わない方がいいぜ。お前の場合、マジで実行出来るから冗談には聞こえないからな。さて、死ぬのは嫌だし、素直に茶香子の言う通りにするしかないか。

 俺が立ち上がろうとすると、ポケットの中の携帯電話が振動する。メールの着信だった。送信者は……剛志、だと?


『Title:

 今から体育着でサッカー部の部室まで来い。

 来ないと殺す』


 茶香子もそうだがえらい物騒な奴らだよなぁ、俺の周りの人達って。来ないのにどうやって殺すんだよ。丑の刻参り的な呪術による殺害か?……しかし体育着とはこれ、どう言う意味だろうか。

 なぁ、茶香子。そう、さっきから俺の携帯電話を勝手に覗き込んでる木下茶香子さん、お前だよ。これどう思う?


「そうだなぁ……うぅん。

 体育着ってのがよく分かんないけど、呼び出しって事はつまり、二宮君もごめんなさいって言いたいんじゃないの?」


 全く悪びれる様子の無い茶香子が首を傾げてそう言った。わざわざ謝られるのに体育着を着なければならないって、何処の民族のしきたりだよ。生憎我が家は一般的純日本人家系だから、そんな通例行事は存在しねぇし聞いた事もねぇ。


「丁度いいじゃん!

 二人ともごめんなさいで喧嘩両成敗。雨振って地固まる、これにて一件落着なぁりいぃ」


 茶香子は最後は歌舞伎役者みたいな口調で朗らかに笑った。随分気楽に身構えているようだが、俺としては複雑な心境である。自分から剛志に謝りに行くのは別に構わないけど、こうして呼び出されるとなると、どうも心の雲が質量を増したかのようにもりもりと膨れ上がって行く。

 サッカー部の部室に良い思い出はないからもう行くのも嫌だと言うのになんだってそんなとこに。なんてグチグチ言ってたら茶香子が頬をペチペチと叩く。……それウザイから止めれ。


「昼休みは無限じゃないんだから、さっさと行く。

 行かないならそれ相応の理由を私と二宮君に分かるように説明して教室できちんと謝罪する。

 さ、早く、早く。ハリーハリー」

「分かったよ!行くよ畜生!」


 こうなりゃ体育着だろうが裸Yシャツだろうがスクール水着だろうが着てってやろうじゃねぇか。……やべ、自分で想像して気持ち悪くなってきた。

一話一話の長さが尋常じゃなく長い。

場面設定毎に話数を切り替えているのが原因である。

次回は剛志のターン。ヒャッハー!もっと長いぜぇ!

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