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3−6 「部長が人の弱みを握ろうとしないなんて……」

前回の粗筋。


二宮の手によって、サッカー部の部室に閉じ込められてしまった野田。

そこに居た部長の林原が入部を強要してくる。不良を引き連れて、バットを構えながら。

野田はこの場だけ色良い返事をしてやり過ごそうとしたが、林原の言動に怒りが爆発。

喧嘩経験も無いのに林原をぶっ飛ばしてしまった。……何と言うイヤボーン。

 気がつけば、俺は部室のベンチに腰掛けて肩を上下させていた。周りを見る。……壮絶な光景だった。ここは本当に元サッカー部の部室なのか?テレビの地震のニュースとかで見た様な、嵐か竜巻でも通った後の様な部屋の惨状に、俺は呆然とした。

 俺が座っている以外の全てのベンチは真ん中でへし折れ木片が床に散らばり、金属製のロッカーはあちらこちらに中身をぶち撒けながら散乱していた。サッカーボールのうち数個は無惨に潰れている。割れていない窓の方が少ないぜ。

 俺に襲いかかってきていたらしい不良共は、床で伸びているかロッカーに頭から突っ込んで伸びているかのどちらかだ。凄惨な光景に思わず顔を俯けると、足の下に金髪のツンツン頭があった。慌てて足をどける。


「これ……俺がやったん……だよな」


 にわかには信じられない。しかしだ、この場で呼吸を整えているのが俺一人である以上、俺以外に犯人が居る事は多分ない。

 それに朧げだが記憶がある。襲いかかってくる不良達を執拗に迎撃して、ボロ切れのように吹き飛ばした記憶が。立ち上がろうとして、足に激痛が走った。制服を捲ってみれば、右脚のふくらはぎに真っ青な痣が出来ている。数回曲げ伸ばしをしてみる。幸いにも折れたり切れたりはしていないようだ。

 手の甲には少し血が滲む程度、腕には損傷はない。頭、首も問題無し。顔にも特に痛い部分はない。

 生まれてこの方、喧嘩なんて碌にやった事がなかったが、どうにか切り抜ける事はできたらしい。

 ……と言うか、これは明らかにやり過ぎである。不良達は未だにピクリとも動かない。もしやとは思うが死んでいるんじゃないだろうか。


「うぅ……」


 足元の金髪が目を覚ましたらしい。頭から血を流しながらも、フラフラと立ち上がったその男に、俺は声を掛けた。


「あ、あの」

「ひいいぃぃぃ!や、止めてくれ!殺さないでくれぇ!」


 俺を見た途端不良はまるで漫画のように腰を抜かして尻餅をつき、俺を泣きながら見上げる。俺は手を貸してやろうと腕を伸ばすと、不良は首をブンブン横に振り、幼子のようにイヤイヤをした。

 そして一歩近づくと、不良はみるみるうちにズボンに水染みを作っていく。失禁する程脅えるとは、いくらなんでも異常だろ。立ち上る湯気に顔を無意識のうちに顰めていたようだ。不良は更に俺に脅え、ジリジリと後退を始める。


「い、嫌だ……!死、死にだぐ、死にだぐないよおぉぉ……!」


 ブルブル身体を震わせながら匍匐前進で出口へ向かい、不良はそのまま部室から出ていった。俺は床に残った水溜まりを一体どうすべきか悩むが、すぐにそれがどうでも良い問題である事に行き当たる。

 ここまで派手に暴力事件をやらかしたとなれば停学、いや、ウチの高校なら退学確実だろう。短い高校生活だったな……。これから俺はどうなるんだろう。少年院って所はおっかない所だってテレビで言ってたけど、俺もそこに行くんだろうか。さっきの不良も泣いてたけど、泣きたいのはこっちだよ畜生め。

 ……取りあえず、ここから出よう。

 逃げたって明日には公になるのは分かっているけれど、俺がいつまでもここに居た所でどうしようもない。他の不良達が目を覚まして、再び俺に襲いかかってくるかもしれないし。そう思ってベンチから立ち上がった時、開けっ放しになっていた部室の戸の向こうに人影が見えた。

 ……ああ、もう見つかっちまったか。もう明日から俺の席はなくなるのかなぁ。


「……野田君」

「……部長でしたか」


 人影はちっこい金髪の女……桐生部長だった。ここまで走ってきたのだろうか、呼吸を荒げてこちらを真っ直ぐと見ている。

 流石は部長だ、耳が早い。事件に対する嗅覚の敏感さは尋常ではない。


「部長、俺」

「……情けない顔しちゃって……」


 立ち上がろうとした俺を手で制して、部長はツカツカと大股で歩み寄って、俺に顔を近づける。至近距離で俺の目をじっと見る部長。俺はどうすれば良いのかと暫くその目を見返していた。

 そして部長は急に、何故か俺の頭を撫で始めた。思いも寄らぬ部長の行動に、俺は動揺する。


「ぶ、部長、一体何を」

「こうすると人は安心するって学が言ってたんだ。

 実際よくやられてたしね。……怪我はない?」

「…………えっと……大丈夫、です」

「そう……良かった。密使から野田君が暴れてるって情報が届いて慌てたんだよ?」


 普段は子供っぽい傍若無人ぶりが嘘みたいに影を潜めて、部長はまるで別人のように温かみの有るお姉さんになっていた。頭撫でられるのなんて何年ぶりだろ。こんなにも心落ち着くものだとは全く思ってなかったぜ。ああ、やっぱりこの人は先輩なんだな、なんて当然の事を俺はしみじみと感じ取っていた。三分くらい俺は部長に身を委ねていただろうか。部長が手を止めて、部室の惨状を眺め始めた。

 なでなでが終わって、実は少し名残惜しかったのは秘密である。


「さてと……派手にやらかしてくれたものね、野田君」

「……はい、自分でも何をやったのか……よく覚えてないんですけど」

「覚えてない、ねぇ……しかし、これは予想以上だわ、正直。

 どうやって隠すかなー……」


 そう言って部長は目を瞑ってウンウンと唸り始めた。数秒後、何かに思い当たったように顔を上げて、携帯電話を取り出し、コールする。俺はただその様子を固唾を飲んで見守るのみだ。


「あ、もしもし、私だけど……桐生。

 え?かおる?誰それ?隼弥だよ、はやみ。そう、はやみ。

 オッチャン、今暇でしょ?ちょっと若い衆貸してくんない?

 ……あ?カチコミ?これから?知らないわよ、んなの。延期してよ。

 いいじゃん別に。これも経験だと思えばさ。

 ……よし、素直でよろしー。じゃー、またね」


 若い衆とかカチコミとか聞こえてきたけれど、きっと幻聴に違いない。携帯をしまった部長は、俺の手を引いて立ち上がらせた。


「ずらかるわよ、野田君。直にここに華丸組がくるわ」

「華丸組……って、なんですか?」

「ここら一体を仕切ってる極道。

 取りあえずは奴らに手伝ってもらおうと思ってね。

 ああ、安心して。強面ばっかだけど皆案外気さくなお兄ちゃんばっかりだから」


 幻聴ではなかったようだ。俺の耳、疑って悪かったな、お前スゲェよ。極道とか平然と言ってしまう部長も部長だけど、平然としてる俺も俺だ。何度か部室に居るのを目撃していたらきっとパニクっていたに違いないだろうしな。


「部長、俺は」

「おとなしい野田君があんなに暴れるなんてよっぽどの事があったんだろーね。

 まぁ、ほら。そこは聞かないでおいて上げよう」

「………………」

「その目は何よ」

「部長が人の弱みを握ろうとしないなんて……」

「失礼な!」


 部室から出てきて二人並んで歩いて部室を目指す。華丸組なる方々と顔を合わせるのは私一人で十分、だそうだ。部室に行くのも一人で十分だと言ったんだが、部長が送っていこうと仰った。暫くは二人とも黙って歩いていたんだが、痛みに足を引きずる俺を見て、部長は血相を変える。


「野田!足見せろ!」

「うわ、ちょっと、あぶな……!」


 俺の制服のズボンを無理矢理捲り上げてふくらはぎを擦る部長。周りに人が居ない事が幸いであった。ギャーギャー喚きちらす今の部長には(元々そうだが)外聞などない。


「こ、こんなの大した怪我じゃ」

「怪我の大きさはどうでもいいの!全然大丈夫じゃないじゃんかー!

 痛いんでしょ?真っ直ぐ歩けないんでしょ?……一大事だ」


 そう言って再び携帯電話を取り出す部長。


「Hello?This is KIRYU.

 ……だから誰なんだよ、かおるって!?隼弥だっつーの!

 って、そうじゃない……そうなのよ、怪我人がいるの。

 ね、ウィル、今暇?……は?古志木島?なんでそんなとこに……。

 あれ?私が派遣したんだっけ。

 ……でも関係ないわ!今こっちにも……あぁ?急患だぁ?心臓病?

 ……ぐぬぬぬぬぬ……仕方ない、じゃ頑張ってね……。

 ごめん、野田君、無理だった」

「……ドコに電話掛けたんすか?」

「うちの部員に天才医師がいるのよ。

 若干十七歳にして医療免許を持つアメリカ人のウィリアム君」


 確かにそりゃ天才だ。だけどその天才を呼び出して部長は何をする気だったんだ。俺の足のあざを治すのにそんな大掛かりなことするなんて、大袈裟過ぎる。


「大袈裟じゃないよ!野田君が怪我なんて……大変な事じゃない」

「部長、そこまで俺の事……」


 不覚にも少しウルッときてしまった。まさかあの部長が……あの外道の極みの煮凝りみたいな部長がここまで俺の事を心配してくれるなんて。


「助っ人として使い物にならなくなったらどうするのよ!」


 もうやだこの人。感動を返せ、クソガキ。

前書きでも言った通り、イヤボーンな展開。

でも大丈夫。この小説はバトルものじゃないです。

次回も放課後の話。今回同様ちょっと短め。

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