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3−5 「違う。あんなクソみたいな部を止めてウチに入れ」

前回の粗筋。


テンション上がったりの野田の一人舞台は終了し、更衣室での事。

シャワーを浴びる剛志が、何やら真剣な声で野田に告げる。

放課後、一緒にサッカー部の部室に来い、と。

 その日の放課後、結局俺は剛志に手を引かれて、サッカー部の部室を目指していた。終業のチャイムが鳴ると同時に席を立った剛志は、帰り支度をする俺を無理矢理引っ張ってここまで来たのだ。

 そう急ぐ事も無いだろうに。


「…………」


 答えろよ。

 さっきから何を聞いてもこの男は黙りを決め込んでしまっている。いつもの快活さを、まるでシャワー室で水と一緒に流してしまったかの様に静かに黙々と歩みを進める前方の男は、何かしらの焦燥感に駆られているようだった。

 事情を聞きあぐねた俺は今、サッカー部の部室の前に立たされる。

 ここで一つ補足。サッカー部の部室は部室棟には無かったりする。野球部もそうだが、グラウンドの真横すぐ近く歩いて十秒の所に特設されているのだ。その分部室も他の部より二周り近く大きく、如何に杵柄高校がこの二つに力を入れているかがよく分かる。補足終わり。


「中に部長がいる」

「……え?で?」

「入れ」


 剛志はそう言って部室の戸を開け、俺を放り込むようにして部室に押し込む。俺は不意をうたれてバランスを崩して部室に転がり込んだ。石敷の床はあまり掃除が行き届いておらず、俺は砂まみれの床にマトモに全身を投げ出してしまった。

 畜生、制服が砂まみれじゃないか、これは一体なんの罰ゲームだよ。

 文句を言おうと剛志の側を見るも、既に部室の戸は締められていた。何のつもりかと戸を開けて問いただそうとするも、戸は固く閉じられたまま。向こう側から全体重をかけているのだろうか。俺の腕力を持ってしてもビクともしない。ガンガンと戸を叩いても、剛志は何も答えてくれない。


「おい!一体なんなんだよ!」

「お前こそなんだ。そんなに戸を叩くんじゃない。ぶっ壊れるだろ」


 背後から声がした。男の低い声だ。振り返った先には部室のベンチに腰掛けた背の高い、見た事のない男が居た。長い髪に少し隠れ気味の顔から覗く、目つきの悪い顔がこちらをジッと見ていた。

 初対面で失礼だとは思うが、なんとも薄気味悪い顔つきの男だ。


「……あの」

「俺は林原。サッカー部の部長だ」


 聞いてもいないのに勝手に自己紹介を始めたくれた。俺も名乗っておいた方が良いのかな、と口を開こうとすると、それより先に口を開かれる。


「お前が野田か?」

「えっと、まぁ、そうですけど」

「面倒なんで単刀直入に言う。お前、サッカー部入れ」


 林原先輩の低い声が、淡々と告げた。部室内に静寂が訪れる。俺は暫く先輩の言葉の意味を噛み砕くのに必死だった。

 サッカー部に入れって?一体この人は何を言い出すんだ。


「……えっと、それは助っ人としてって事、ですよね?」

「違う。あんなクソみたいな部を止めてウチに入れ」


 仮にも人が所属している部活の事をクソ呼ばわりするこの男の失礼加減にはこの際目を瞑ってやってもいい。実際俺もアレは酷い部活だと思っていない事もないし。

 でも何がどうして助っ人部をクソだとコイツは言い切るんだよ。根拠の無い侮辱は単に腹が立つだけで何の生産性もない。俺はしかしながら、我慢して話の続きを促した。


「そりゃまたどうして?」

「お前が有能だからだ」


 微妙に答えになってねぇ。俺は、俺をサッカー部に勧誘した理由を聞いたんじゃない。


「なんで助っ人部を止めろって?

 俺を試合で使うんなら、部長にそう言えばいいじゃないっすか」

「お前をサッカー専門に鍛えるためだ」


 林原はそう言って俺にサッカーボールを投げる。俺はそれを手で受け取ると、林原は呆れたように溜め息を吐いて、首を左右に軽く振った。

 何かコイツさっきからものっそいムカつくぞ。


「知ってるか?サッカーボールってのは蹴るもんだ。

 手で持ったらハンドじゃねぇか」

「……えっと、じゃトラップでもすれば良かったんですか?」

「試しにそれをリフティングしろ。十回でいい」


 無視された上に従うのは癪だが、俺は我慢して適当にリフティングを開始する。狭い部室の中では非常にやりにくいが、特に問題無く目標回数を達成。それを見て林原はニヤリと歯を見せて笑う。


「及第点って所だな……」

「そいつはどうも」


 そう言ってボールを蹴って返してやる。

 ……おい、お前今手で受け取ったじゃねぇか。

 俺の非難の眼を完全に無視して、林原は飽くまで自分のペースで話を進めていく。


「お前、二宮に付き合ってキーパーやってた事あるんだってな」

「……まぁ、無理矢理付き合わされただけですけど」

「なるほどな。お前みたいな天才に付き合わされりゃ、アイツも嫌でもシュートの鬼になるか」

「あの、さっきから一体なんなんですか?」

「何って……勧誘兼入部審査だよ。戦力になるかどうかのな。

 テストは合格だ。やはりお前には素質がある。助っ人何ざ止めて、サッカー部に入ってもらおう」

「いや、そんな突然は無理っすよ。

 こっちにはこっちの都合ってものがあるんすから」

「そんなのを気にしている余裕はない。俺達にも……お前にもな。

 さてと……入れ、お前ら!」

「うぃーす」


 背後の閉め切られていた部室の戸が開き、そこからゾロゾロと人影がこちらに寄ってくる。人数は六人。

 ……それは見るからに他校の生徒だった。

 ウチの学校は風紀には厳しい。桐生部長は例外として。金髪ピアスタトゥーなんて余裕で退学まで宣告される程度には制限が多いのだ。黒髪パーマ禁止、化粧は色付きリップクリームも含めてアウトと言う徹底ぶりだ。だからその金髪ピアスタトゥーの条件を全て満たす、この見るからに不良学生な奴らは我が校の方々では無いと言う事になる。

 学ランを来て、髪の毛は黒以外のカラフルな彩りを持ち、半数が口に煙草をくわえていて、半数にいたっては果物ナイフをちらつかせていた。全員が全員、こちらを品定めするようにジロジロと眺めて、ニヤニヤとこちらを舐め切った笑みを浮かべる。

 チンピラってこういう人の事を言うんでしょうか。


「こ、この人達は……?」

「俺のトモダチだ。他校のな。

 全員どうしようもないバカで人間の屑だが、喧嘩は全国級だぜ。……さてと」


 そう言ってベンチに座っていた林原が背後から金属バットを取り出して肩に担ぎ、ゆらりと立ち上がった。

 それはお隣の野球部から調達したんでございましょうか……?それとも自分専用?……ははは、そんなアホな。


「サッカー部に入らないか?野田。

 最近手汗が酷くてよ、お前がいい返事をしてくれないと……」


ブゥン!

俺のすぐ目の前を金属バットのフルスイングが鈍い唸りを上げて、それでいて鋭く風を切り裂きながら通り過ぎる。

 鼻先を掠めた凶器と狂気に、俺は言葉を失って立ち尽くした。恐怖のあまり心臓が一瞬だけ止まり、肺の呼吸機能が言う事を聞かなくなる。ハァ、ハァと落ち着かない俺の呼気を聞いて、林原は喉の奥から絞り出す様な笑い声を漏らした。


「手が滑っちゃうかも知れないんだけど……クク」


 心底楽しそうに肩を揺らして笑う林原。コイツ頭おかしいよ。

 ……でもって、これ、俺詰んでねぇか?喧嘩経験ゼロの俺が武器持ちの百戦錬磨の不良に敵う訳無いだろ。取り囲まれている今、背後の出口も右手にある大きな窓も俺の逃げ道にはなり得ない。最悪の勧誘方法だ。……何となくこのセリフ、デジャブだなぁ。……あ、桐生部長もこんな風に、俺の事脅迫して無理矢理加入させたんだっけ。

 脅迫って言う点では桐生部長と同じだけど、部長達と一緒に過ごす時間が長かったからかな、助っ人部には少しばかりの愛着が湧いているんだ。今の俺は。加えて言えばこの林原とか言う男には先程から嫌悪感しか湧いてこない。こんな奴と一緒に過ごすなんて俺はごめんだ。

 しかしここでYESと言おうがNOと言おうが俺は強制的にこのムカつく部長の下でサッカーを毎日する羽目になる……のか、本当に?桐生部長が黙って俺を手放すとは、月曜日の部室での会話から考えられない。ならば、ここは一先ず良い返事をしてこの場を乗り切って、後で部長に事情を説明すれば済む話じゃないか?きっと部長もこの長髪陰険野郎よりは俺を信用してくれるだろうし。後の交渉は部長に任せちまえば、全て上手く事を運んでくれるだろう。迷惑をかけるが、そこはお互い様。

 よし、決定。と、俺が首を縦に振ろうとしたその時、林原が更に口を開いた。


「二宮も便利な野郎だ。こんな有望株を紹介してくれるとはな。

 普段は生意気な馬鹿だけど、こういうときは役に立ってくれるぜ」


 剛志の爽やかな笑顔が脳内にフラッシュバックする。

 ……便利な野郎、生意気な馬鹿。

 確かに一年の分際でサッカー部のエース格と来れば生意気に見えるかもしれないけど。アンタはアイツの小学校からの苦労を知ってるのかよ。知ってて言ってんなら最低だぞ。

 ……いや、落ち着け。今はただ黙ってこの男に従ってればいいんだ。


「しかも引き抜きも楽ときてる。全く、安い才能だな、ククククク……」


 コイツは俺をわざと怒らせようとしているんじゃないかと錯覚する程はらわたが煮えてきた。誰が好き好んでテメェみてえなゴミに頭なんか下げるってんだよ。後で覚えておけよ。


「そういやお前のクラスにもう一人居たよな、助っ人部のやつ。

 木下とか言ったか?アイツもついでにサッカー部に入れっかな?」


 茶香子の名が出てきた時、俺は少し身体に力が入ったのを必死で押さえ込んでいた。

 ……キレちゃ駄目だ。この場でボコボコにされても良いのか?

 フォローは後でいくらでも出来る。今はこの場を耐えるしかないんだ。

 俺は自分にそうやって必死に言い聞かせていた。

 だのに。


「見れば結構美人だったしなぁ、マネージャーでもするか。

 いや、それより俺の夜の遊び相手がいいか……クク、それがいいや。

 ああいう清純そうな顔にぶちまけるのは気分がいいしよぉ」


 俺の身体は言う事を聞こうとはしなかった。

 本能的嫌悪、屈辱の極み、憤怒の頂点、言葉に尽くせない程の激しい感情が俺の身体に走った。視界が一気に狭く、暗くなった。身体がまるで見えない怒りに狂った悪魔の操り人形にされてしまったのではないかと錯覚した。

 手は勝手に出た。俺の腕は林原の顔面に、全身全霊を込めた拳を思い切り叩き付けていた。林原の身体がベンチの向こうまで吹っ飛んで、壁に叩き付けられた。俺の足はそれを追いかけて、壁に張り付いた林原の顎を下から、俺の腕が殴りぬける。そして無様に宙を舞った林原の身体を、俺の足が回し蹴りで窓ガラス目がけてぶっ飛ばした。

 バリーン!と窓を突き破って、林原は窓の外へ消える。

 まるで映画だか舞台劇を見ているようだった。演者に自分を重ねる様な、自分をまるで後ろから見ている様な……そんな奇妙な感覚を味わっていた。

 自分の意志はしっかりあるのに、物を考える余裕は一切無い。身体がどう動いているかは分かるが、どう動かしているのかは分からない。冷静な思考はあった。しかしそれはまさに今起こっている出来事だけを俺に理解させてくれるものであり、何故どうしてを伝えてはくれない。

 俺の目は未だに吹き飛んでいった林原の突き破った窓から目を離さなかった。

 不意に後ろの不良達のざわめきが耳に届く。そしてその数瞬後に聞こえる雄叫び、足音が妙にクリアに聞こえた。

 俺は結局その後、何をどうしたのかをハッキリ覚えていない。

 本気で無我夢中になった時、人は本当に記憶が残らないようだ。

コメディの皮を被ったシリアス編はっじまっるよー。


林原の小物っぽさ、悪役っぽさが足りない、チョイ役感が拭えない。

まぁ、チョイ役の噛ませ犬なんですけどね。

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