1−6 『謝って許されると思ってんの?』
前回までの粗筋。
成り行き上、木下の家に訪れた野田。まさかのオヨバレに浮かれてついていった野田は、茶香子の改造車の解体作業を手伝う事に。両親に手伝ってもらえと口にした野田に対して茶香子は一言。
『こわいの』
スッカリ晴れ晴れとした空を見上げて、俺はあてどなく地を這うダンゴムシのようにのんびりトボトボと鉄の山を縫うように歩いていた。周りには確かによく分からん機械がゴロゴロと無造作に転がっていたが、とても見る気にはなれない。
茶香子の言った言葉が中々頭から離れなかった。
「私の事が怖い……か」
実の親だったら娘の天才的才能を喜んで支援しそうなもんだが。でも、茶香子はその技術力の為に事件を起こした事もある。実際に今日だって、事の如何によっては最悪の事態を招く可能性だってあった。些細な事だと思わないけれど、それも関係しているのだろうか?
そして。
「俺は……どうなんだろうか」
自問自答する。俺はあの子を怖いと思っているのだろうか。正直に言ってしまえば答えは簡単だ。
マジで怖いと思ってたんなら、一緒に昼飯食いに行ったりせずに直帰してベッドでビクビク縮こまっているだろう。今日はちょっと命の危険を感じて凍り付いたりしたけれど、そんなのは今に始まった事じゃない。
割と最近……いや、俺は小さい頃から色々な事に巻き込まれてはいるな。例えば……。
と、俺の思考を中断させるようにポケットの携帯電話が着信を告げる。見た事の無い番号だった。十数秒待っても切れない。間違い電話の類いではないな、携帯だし。俺は通話ボタンをプッシュした。
「もしもし?」
『あ、野田君かい?僕だ、学。根本学だよ』
電話口から聞こえて来たのは、穏やかで温かみのある落ち着いた低い声。学先輩だった。もしや勝手に帰った事についてのお叱りの電話だろうか。俺は次の言葉を待つ。
『隼弥ちゃんから番号を聞いておいたんだ……。
今日、茶香子ちゃんと勝手に帰っちゃったでしょ。
あ、今日は全然実りの無い会議だったから別に気にしないでいいからね。
結局無駄に時間とチロルチョコのストックを使っただけだったよ』
「そ、そっすか。そりゃ……」
良かった、ともすみません、とも言いにくい。言い拱いていると学先輩は更に口を開いた。
『あと、隼弥ちゃんから幾つか伝言があるよ。
ええと、メモ何処やったっけな…………お、あった。今から読み上げるよ。
一つ目。今回は参加人数があまりに少なかったんでもう一度会議を行なう。
また来週の同じ時間に、同じ場所に集合だってさ。
来ないと拷問の専門部員を出動させるらしい。
……そんな部員、僕も見た事無いけど、万が一に備えてサボらないようにね』
「ははは……分かりました。絶対サボんないっすよ」
『それは重畳。さて、二つ目。
これは……茶香子ちゃんの事だな。
今日はあの子のおっかない部分が出ちゃったけど仲良くやってくれ、ってさ。
うん、これは僕もそう思うよ。同じ学級なんだし、これからも仲良くね』
「……はい」
部長は俺が茶香子を嫌うと懸念しているのだろうか。普通あんな目に遭えば関係を控えたいと思うのが当然だろうな。
うんうん、と俺が一人で納得していると、学先輩は本当に何でもない事のように一切声色を変えずに、こんな事を言ってのけた。
『んで、三つ目。
勝手に帰った罰として二人の国籍をルーマニアに変えておいた。
ドラキュラに噛まれて死んでこい、だってさ。
隼弥ちゃん、かなり怒ってたよ。怖い怖い。
まぁ、頑張って機嫌を取り戻してくれ。プリン三個もあれば大丈夫だろう』
ブツッ!最後の最後に死神の足音を轟かせた恐怖の電話はそこで切れてしまった。薄暗くなり始めた夕闇の中、明らかに人工の赤い光が視界に僅かにちらついた。
これは……まさか……。
ブロロロロロ、と喧しい程に回転するエンジンの音が背後から聞こえて来た。何事かと後ろを振り返ると凶悪なサイズのバイクが猛スピードで接近していた。その上にちょこんと乗っかる、黒い長髪をヘルメットから覗かせる女性ライダーが、俺の隣にドリフトターンを決めて派手に砂埃を巻き上げながら急停止する。数瞬の後、撒き上がった茶色の煙幕の向こうから聞こえてきた声の主は。
「識君!早く後ろ乗って!」
「その声……木下か!?」
茶香子はタンデムシートに乗っかったヘルメットを俺に投げて寄越しながら言った。半ば叫ぶ様なその声色に、俺も嫌が追うにも焦燥感に駆られそうになる。一先ず心を落ち着かせるために深呼吸を一つ。
「何故か私たち、警察に追われてるみたい!
しかも窃盗とか強盗とか不法入国とか色んな罪状が……。
い、言ってる意味は分かんないと思うけど、とにかく」
「ふうぅぅ……いや、状況は大体分かったよ……」
経験とは恐ろしいもので、一度でも既に体験していれば、それだけでかなり冷静になれる。バンジージャンプとかジェットコースターとかがそれだな。
俺もその例に漏れず、ヘルメットを被らずに、まず部長に電話をかける事にした。茶香子は後ろでギャーギャー騒いでいるが、俺が手で制すと不服そうではあったが静かに従ってくれた。
プルルルルル……プルルルルル……中々電話に出ようとしない。
たっぷり二十秒程コールした後、部長は漸く電話に出た。
『何か用?』
それは、聞いた事のない様なすんげぇ低い不機嫌な声だった。不機嫌だろうとは思っていたが、予想以上におどろおどろしい声だったので、思わずどもってしまう。
「えっと、あの……ま、まずはごめんなさい」
『謝って許されると思ってんの?』
ですよねー。じゃなきゃいきなり警察けしかけたりしないだろう。多分。流石の部長にも、それくらいの常識はあると信じたい所だけど。
『結局今日は時間を無駄にしただけだったわ。
会議もクソも無いっつー話よ。おまけに数少ない出席者は帰るしね』
「いや、ホント申し訳ないです。でも俺はともかく、木下は用事があったし」
『言い訳無用也。手始めに二人には残念なハネムーンに行ってきてもらいます。
まずは留置所からスタート、検察を経由して最高裁までいけば20年くらい旅行しっぱなしの超絶悶絶素敵プランだよ』
「悶絶しかしないからそれ!」
『それは良かった。喜んでもらう為のプランじゃないしね。
あと、今回は私そっちに行かないから』
「え!?そ、そんな!自力で逃げ切れってんですか!?
ちょっと罰が重すぎませんか!?」
『私としてはまだ足りないくらいなんだけどねー。
……あの後、色々大変だったんだよ?
なんかあの巨人と二人っきりになったら段々変な空気になってよー。
色々と危なかったよ、本当に……。
あの後で実さんが来なかったら、タグにR-18が必要になりそうだったんだからね』
「メタ発言は勘弁して下さいよ!……って、こんな漫才してる暇ないんだった。
部長、どうやったら許してもらえるんすか?俺達何でもしますから!」
『何でもするってんなら、何とか無事に逃げ仰せたまえ。
捕まる前に私に会えて、そんでもってこの私の機嫌を直せたら考えましょー』
「そんな無茶な!大体部長、今何処に……もしもし!?もしもーし!?」
最後通告を穏やかに告げた電話は虚しくプープー鳴るばかりであった。かけ直してみる。留守電。畜生、無茶苦茶をやってくれる。茶香子もそろそろ我慢の限界のようで、しきりに俺の手を引いていた。
こんな状況でなければ顔も緩むというのに。地平の向こうから赤いランプの群れがいよいよこちらに迫って来ているのが見えてきた。このまま大人しく捕まってしまえば、マジで社会の地獄巡りを二人三脚でする羽目になる。
俺はヘルメットを被ってシートの後ろに腰掛けて、茶香子に発車を促した。
「もっとこっち寄って!落ちるよ!」
そういって茶香子が俺の上体を強引に前に寄せる。両手を茶香子の腹に回し、上半身は茶香子の背中にぴったりとくっ付けた。うおおおぉぉ!なんというか、色々ヤバい。俺の精神とかその他諸々が。
この野田識、生まれてこの方約十五年と半年程。こんなに女性と密着したのはお袋以外では初めてです。
しかしそんな忘我の心地に酔いしれる暇はない。グン、と強烈に後ろに引っ張られる感覚がした。今までの乗り物では味わった事の無い程の強烈なG。バイクの急発進ってこんなにきついのか?
もしやまたか?
猛烈なエンジン音に掻き消されないように大声で尋ねる。
「なぁ、木下!」
「何!?」
「これ、バイク車検通る!?」
「多分無理だね!」
やっぱり。
「逃げる宛はあるか!?」
「兎に角、ウチの庭から出よう!部長さんは何だって!?」
「私を見つけてみろってよ!」
それから俺達は夜通し部長探しに紛争したり、検問を突っ切って罪状を増やしたり、最終的に部室で俺らに下した鬼の様な厳罰をスッカリ忘れ切った様な顔で、すやすやとマヌケ丸出しな寝顔を披露しながら熟睡する部長を無理矢理叩き起こして、コンビニで買えるだけ買ったプリンを数十個を献上して許してもらったりする羽目になったが、慌ただしいばかりなので割愛してしまおう。
両親は私が怖い。茶香子はそう言っていた。
今日も俺だって茶香子に銃向けられたり、自動車事故が起こりかけたりと命の危機を感じる様な目に遭った。
確かに俺も少し怖かったよ。死ぬ思いをしたんだ、それは当然だろう。
でも、この仕打ちを受けて茶香子も身に沁みただろう?
お前より、部長の方がよっぽど恐ろしい。
日曜日での出来事、終了。
切れはいいけど内容はキレがなかったグダグダ。