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0−1 「個人戦優勝者、野田識選手!前へ!」

さいのう 【才能】名詞:物事を巧みになしうる生まれつきの能力。才知の働き。「音楽の―に恵まれる」「―を伸ばす」「豊かな―がある」「―教育」


主人公一人称。青春学園物語+ある意味ファンタジーな設定。

 俺の名は『野田 識』と言う字を書く。読み方もそのまま、『ノダ シキ』だ。

 昔、学校の宿題に自分の名前の由来を調べて来るように、なんてのがあって、その時に俺は当然両親から識の意味する所を聞いた事があった。知識の識の字を借りたのは、俺に一角の知識人、あわよくば学者として大成する事を願ってのことだそうだが。

なるほど分かりやすい程に単純な理由である。当時の俺でも何となくそんな所だろうと悟っていたりした。

 そうして肝心の俺の頭の出来はといえば、これが全く酷いものであるわけで。

 授業はどれだけ受けても理解が出来ず、宿題は人に手伝ってもらってやっと形になる程である。学校の成績は一点を除いてクラスのワーストワンを独占状態であり、担任の胃痛の主な原因を作る羽目になってしまっていた。ちなみにその一点とは何か。それは語らずとも、今に知る事が出来る。

 まもなく聞こえてくるだろう。俺を讃える控えめな拍手と、我が校のテニス部諸君の微妙な微笑みと曖昧な歓声が。


「個人戦優勝者、野田識選手!前へ!」


 手にしたテニスのラケットをどうすればいいのか、隣のテニス部の知り合いでも何でもない部員に訊く。

なるほど、もってていいのね。OK、ありがとさん。

他の受賞者達も同様に大会主催者の前に並ばされているのだが、その誰もがこちらに胡散臭そうな視線を向けている。普通は拍手をもってして送り出されて然るべきだと思うのだが、だだっ広いテニスコートにはまばらな手拍子が聞こえるだけで、実際の所ただただ重い空気を守ったままである。

 まぁ、それも仕方がないと思う。だって俺はテニス部の部員ではないのだから。


「よく頑張ったね。おめでとう」


 賞状を手渡してくれた、どうやらこの微妙な空気が読めていないらしい主催者さんの微笑みと有り難い言葉に、俺は取りあえず会釈を返した。主催者さんは俺をお気に召したらしく、楽しそうに微笑んで続けた。


「なかなか野性的なスタイルのテニスだね。高校生のレベルとは思えない程だったよ。

 将来はトッププレイヤーになれるよ、これからも頑張ってね」


 野性的……か。確かにそうだろう。

 何せ、テニスのルールを知ったのは昨日であり、更にラケット握って球打ったのは今日が始めて。

 加えて言えばこの人には申し訳ないが俺がラケットを握る機会が今後来るかどうかの決定権は、俺には無い。


「では、受賞者にもう一度大きな拍手を!」


 こうしてそのテニスの大会……ナントカ杯(名前忘れたよ)は俺の優勝で幕を閉じたのであった。





 ちなみに今更ではあるが、俺が唯一輝けた学校の種目とは『体育』であった。

 俺の身体能力は、生後一週間で歩き出し、六ヶ月で両親の前でバク転を披露したと言う都市伝説染みた逸話から推して知るべきであろう。あまりの出来事に両親は俺を医者に見せたそうだが、医者も首を傾げていたとのこと。ちょっと身体が頑丈なようですねぇ、と冷や汗垂らして仰られたらしい。

 小中ともに、健康と身体能力だけが取り柄でオツムが情けない俺はスポーツ推薦で高校進学を成し得た。この時はたまたま助っ人に呼ばれていた野球部のスポーツ推薦枠である。

 高校になったら何か一つのスポーツに打ち込んでみろと、胃痛の担任からの勧めもあったのだが、俺はテニス部に所属して毎日毎日テニスの為に生きてますって訳では無い。もっと違う、何か別の、アンビリィバブルなんて言葉がよく似合う、異常な部活に俺は所属しているのだ。

 今日俺は、我が高校のテニス部に助っ人を頼まれていたから出場していただけである。結果は今の通り。個人戦は俺の優勝。同日行なわれた団体戦も俺の頑張りが何とか功を奏し、優勝だ。一度も点も上げられなかった俺の決勝までの対戦相手には可哀想だが、運命として諦めてもらおう。向こうで泣きながらこちらを恨めしそうに睨む他校の生徒を、俺は極力目を逸らしつつ心の底で頭を下げる作業を繰り返していると、マネージャーさんが笑顔でタオルを差し出してくれた。その満面喜色な笑みを俺は曖昧な微笑みで躱しつつ、投げかけられる幾つかの質問をこれまた適当に返していると、不意に視界が影に遮られた。目の前に立っていたのはテニス部の部長さんだ。

 名前は……まぁ、知らなくても問題無いな。忘れちった。


「あぁ、まぁ、何と言うか……助かったよ、野田君、だっけ?

 お陰で個人戦も団体戦も優勝する事も出来た」

「個人戦優勝のトロフィーと賞状は、そっちの部で預かってて下さい。俺は要らないので」

「ははは、僕らは喉から手が出る程欲しかったんだけどね、いやぁ参った参った。

 ……でも、個人戦にまで出なくても良かったんじゃぁないかな?

 いや!別に非難してる訳じゃないんだ!

 ただ、こうもあっさり勝たれると、僕らも立場ってもんが……」


 テニス部部長が引き攣った微笑みを浮かべつつも、俺に手を差し伸べている。

 一応の礼儀として握手を返す。部長さんは手汗がビッショリで少し辟易したが、一年坊主たる俺が文句を言えた義理はない。

 メインメンバーを押しのけてまで個人戦に出たのには、ちゃんと訳がある。

 正直その訳、というのが意図不明だったりするけど。


「ウチの部長がそうやって手配しちゃった以上、取り消せませんよ。

 部長の意図は俺にも分かりませんね。直接訊いてみて下さい」

「……桐生か。……訊く方が面倒になりそうだな。

 兎に角、今日はありがとう。飯でも奢ってやりたいが、どうだい?

 これから優勝祝いを兼ねて……」

「あー……有り難いっすけど、遠慮しときます。

 俺も部長に報告しなきゃなりませんので。

 借りてたラケットとユニフォームとシューズはどうしましょう?

 ……また今度でいいっすか?」

「むぅ、そうか。……じゃ、その時個人的に奢るよ。またな」


 やっと微笑みが自然になったテニス部部長さんに背を向け、俺は帰路につく。変わり始めの空の色をバックに数羽の鴉が巣へ向かって飛んでいる。ここから家までは自転車で普通に走れば一時間。日はとっぷり暮れるだろう。電車を使うのが普通だ。

 しかし俺には文明の利器に頼る必要がない。俺には自慢の足がある。自転車はママチャリだが、俺の場合その気になれば軽自動車くらいのスピードは出せるのだ。急げば家から夕陽が拝める程度の時間に付けそうだ。僕は颯爽と自転車に跨がり、思いっきりペダルに足をかけ砂を巻き上げ風を起こしながら走り出した。

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