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遺書 ~共感は要らない。ただ事実を書くだけ~  作者: モーニングあんこ


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母とわたし

今のわたしは、無職だ。名目上、母の介護ということにしている。

世間一般から介護と言うのとはかなり違うことなんでしょうが、母は今の生活を望んでいてわたしはその望みに甘えている。


わたしは、常に体のどこかが痛み苦しんでいる。なんの病気かはわからないけれど、ひとつ言えるのは精神疾患を患っている。おかしな日本語だね。若い時になってからずっと治らず諦めた。病気あるあるなんだろうけれど、病名が付くと安心して、不安になるとなんの病気なのかずっと気になる。


それで一時、病院通いをしたけれど精神的な病気は検査してもすぐには答えが出ない。そういうものだと思うしかなく。だからかな。あらゆる病気のことはネットで調べてこんな病気かな。と思うことで納得するようにしている。要は、自己判断である。なので、国保にも入らず病院には行かなくなった。


足が痛い。足先が痺れる。片足が冷たい。

頭が痛い。後頭部が痛い。頭の中がぐつぐつ煮えるような感じがする。

みぞおちの所に違和感がある。肋骨の下あたりに違和感があるんだ。

腰が痛い。持病の椎間板ヘルニアがががが。。。

今日は鍼屋さんに行って。今日はマッサージに行って。今日は買い物行って。


母の介護と言いながら、実のところわたしが心配かけている。あらゆる痛みを痛み止め薬や鍼やマッサージで騙しだまし生きている。病院に行ったらたぶん入院させられる。今母を置いて治すなんて出来ない。


母は50年以上信仰していた宗教を辞めた。初回にも書いたけれど。

母はもう高齢者。友達なんて片手で優に数えられる。


わたしの家族は、わたしを除き全員西の人たち。母は生粋の大阪人。今も大阪弁が抜けない。大阪弁というとイントネーションや方言がキツそうに思う人がほとんどだけれど、大阪市内なのでやんわりとしてそれでいてはんなりとまではいかないちょうど良い?大阪弁。某番組で大阪特集をするとインタビューに答える大阪人のようなガチャついたのは流石に無く。商人言葉というオブラートに包んだような柔からかめなイントネーションと言葉遣い。

時々その言葉遣いに羨ましいなと思う。わたしは、生粋の関東人なんだもの。


わたしの家族と同様に、西の方から人が集まる地域に住んでいて、地元のカッペ言葉と関西系の訛りが行き交うところで生まれ育った。同じような境遇の人ばかりが同級生に居る。不思議とわたしの友達は誰もがゴリゴリの地元民。地元×地元で構成されている。友達と言ってももう頻繁に会うこともなくなった。同級生がもう何人も旅立ってる。もう会えない。わたしでさえこの状況。母は。


母は、関西時代から宗教を信じており、関西で知り合った同じ宗派の人と仲良くしていた。こちらに来てからも信仰心は強くその母の下で育ち兄弟たちも学ばされていた。わたしは生まれる前からなので自分で辞めるまでの間ずっと学ばされていた。兄弟もわたしも信仰心なんてものはない。家族の絆を綻ばせないためだけに幼いころは学んでいるふうに生きていた。

その母には、よそ者ながらもコツコツと宗教に打ち込む。派閥が出来てもそこに自ら入ろうとせず真面目に宗教に打ち込んだ。派閥から漏れる多くが、当家のような他所から来た人。どうもそういうのが合わないらしい。なんていうか、田舎の寄り合いが宗教とは違うんじゃないかと思ってるの。かも。都会の人たちは、もっとこうなんというか。個人プレーなんですよ。派閥は作らないのが当たり前なんですよ。でも、田舎の人は派閥を作りまわして行かなければ、元から信仰心が低い田舎の人たち。すぐに離れてしまうという懸念から派閥を作り情報共有していくのが良いと思ったのだろう。


母の友人は、父の会社で一緒に関西から来たご婦人たち。同じくらいのお歳の人ばかりもありかなり減った。中には、定年退職後関西に戻ったご家族もいらっしゃった。住みよい今の地に残ったご婦人たちは時々母に電話をしてくれて仲良さげに話している。みなどこかしら体を悪くしていて近いのに簡単に会えない。

時々わたしが送り楽し気に話す機会を作っていても、わたしがその場にいないと落ち着かないらしく。知らないご婦人との会話に入らされている。社会人になって作られた愛想笑いと共感力で立ち回る。帰るとすごく疲れて寝込む。


母のリアル友人はそんな感じ。

母の宗教での友人たちは、結構な数でいた。

毎日のように、宗教友人から電話やメール、時々、家に来てくれていた。


わたしはこの結構な数の宗教友人から引き離すようで、本当は辞めなくてもいいと思っていたし今も思ってる。それでもキッカケは、わたしの責任ではないにしろ、わたしが性的嫌がらせをされていても宗教は救ってはくれなかった。学校でイジメとイジメの中に含まれる性的嫌がらせを教師を含め家族から誰も救ってもらえず苦しんでるところへ、宗教がわたしを性的嫌がらせから一度も救ってはくれなかった。そのことを大人になった最近打ち明けてわたしはスッキリするも母は言われるたびに信仰心が落ちていく。母本人も気づく。今までできていたことも出来なくなり信仰心が落ちていることを気に病む。そこへ、わたしがわたしの心を楽にするために何度も何度もこんな仕打ちをされてきた。というのをわずか14年の出来事を今になって話す。そうしてるうちに、母は自身の信仰心が以前のように無いと気づき、わたしの言葉にそそのかされる。宗教家の人からしたら()()()()()

なんて言うんでしょうね。


母が宗教を辞めたと言ってからピタリと電話もメールも誰も来なくなった。

なんと現金な連中なのだろうか。

それまで、友人面ゆうじんづらしていた連中がピタリと連絡もなにもしなくなった。所詮はその程度なのだろう。元から友人ではなかったのだろう。


先日、そうとは知らずに家に配布物を持ってやってきた。母とは田舎に来てからの友人で苦楽を共にしてきた。家族ぐるみで仲良くしてきた。そのご婦人に母は「もう辞めたのよ。(配布物持ってきてくれたのに)ごめんなさいね」と言うと涙声で「なんで?どうしたの?」と言う。そこから同じ言葉で押し問答。横やりでわたしが「母は辞めましたがもしまだ友人でいてくれるなら時々でいいので家に遊びに来てください。今は辞めても会ってはならないとは言わないでしょ。だったら」そう言うと納得したのか居づらいのか帰った。

わたしが子供のころからそのご婦人を動物に見えていて九官鳥に見えていた。

よくしゃべり口がとにかくよく動く。舌を切っても動かし続けそうな印象。その九官鳥さんは、噂好きで噂を聞くと多方面に広げないと気が済まないくらい。ゴリッゴリの宗教家からは疎まれるくらいのうるさいほどよくしゃべる。いい人なんだけどね。

もう二度と来ないだろうと思ったら、今さっき来たよ。九官鳥さんが。


話の内容は、「なんで?どうして?」ばかりだったけれど、手土産持参で来てくれた。

九官鳥さんの作る総菜はいつも美味しい。わたしは以前から大好き。入れてくる容器はどうかと思うけれど。

そんな九官鳥さん。今日は涙声ではなかったけれど、母は歳のせいもありなるべく帰れというような態度ではんなりと返し帰らせようとする。


母に言った。

「良かったね九官鳥さんだけは来てくれたね」


今まで、母に相談していた友人もどきは手のひらを返して今はまったく触れても来ない。1回ZOOMを休んだくらいで「どうしたの?体調でも悪いの?」と電話をしてきた連中がなんの音沙汰もない。あいつらが電話してたのは、心配してるのを見せつけて私良い事してるアピールに利用していただけ。そんなのは、知ってるよ。母は心から喜んでいたけれど。それを言ったら可哀相だから言わなかっただけ。

母はわたしという家族と一部のリアル友人しかいない。

今後今よりずっとボケるスピードは止まらないだろう。

トドメはわたしが刺した。母の弱っていく体をわたしがトドメを刺した。わたしが母を。

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