第六話
愛美が陸に気持ちを伝えた日は、部活が休みだった。たとえ部活があったとしても、陸に面と向かって
「愛美に告白されたの?」
とか
「付き合うことになったの?」
なんて、訊けるはずがなかった。自分から訊くのは、デリカシーがないし、それよりも、訊いたところで、陸から肯定的な返事が返ってくるのが怖かった。
その日以降、私は悶々とした日々を過ごしている。三人で過ごす時は、これまでと何ら変わらない私を装っている。授業も部活も真面目でない私、二人を冗談で笑わせられる私。それを演じていた。
だから家に帰ると、ベッドにばたりと倒れ込む程の疲れを感じた。
――何をやっているのだろう
と思う。
どうしてこんなに不器用なのだろう。
ただ、二人が恋人同士になったというだけで、他は何も変わっていないのに。陸との友情も、愛美との友情も。
二人が付き合い始めてから、大分経ったような気がしていたけれど、現実には一週間しか経っていない。
そして、気づいたことがある。
それは二人があまり一緒にいないということ。
同じクラスだから、いつでも互いの存在を感じられることで、満足しているのかもしれない。一緒に下校しないのは、部活が違うからだろう。
でも、時間を合わせて一緒に帰ることはできるはずだし、もっと二人で過ごしたいと思うはずだ。
それなのに、二人の間には、付き合っているにしては、漠然としたよそよそしさがある。もし、私に遠慮する気持ちがあって、二人がそうなっているのなら、そんな気遣いはしないで欲しいと思った。
だから、昼休み、愛美に思い切って訊いてみた。
「愛美と陸が二人でいないのって、もしかして、私に遠慮してる?」
直接的な訊き方になってしまった。
愛美はその言葉に驚いたような表情になり、すぐに首を横に振った。
「ううん。ちがうよ。陸も私もべったりくっついてるのが苦手なだけ」
笑顔でそう答えたけれど、眉毛を下げて愛美が言うからか、その言葉は寂しそうに、切なそうに響いた。
「気を遣わせてしまって、ごめんね」
逆に愛美に謝られ、私は「ううん。こっちこそ、踏み込んだこと訊いてごめん」と気まずさを拭うように言葉を返した。
しばらくの沈黙が続いた後、
「こないだ練習試合があったんだけどね……」
愛美が普段通りの会話のテンポを取り戻すように、話を始めた。「うん」と、そのテンポに乗るように相槌を打つ。大丈夫、いつも通り話せる。
それでも私の中の違和感はなくなってくれない。ずっと、ぼんやりとした不安を抱えている。
物事をはっきりさせたいと思うのは、長所でもあり短所でもある。私は陸にも愛美と同じ質問をぶつけてしまった。部活が終わり、美術室を出るタイミングが、同じになった時。
「愛美と二人でいないのは、私に気を遣ってる?」と。
陸は何を言い出すのかと息を呑んだ様子を見せた後、静かな声で言った。
「人のこと第一。そういう所、ゆずらしいよな」
思ってもみなかった返事に、胸がずきんとする。「答えになっていないよ」と言葉にはできなかった。陸は私から目を逸らし、床を見つめて困ったような笑顔をしている。つと視線を私に戻しながら陸は言った。
「気を遣ってなんかないよ」
その声が、やけに優しく耳に届いた。