第五話
その日は突然やって来た。
朝のHRで現代社会を担当している担任が、「今日の日直。悪いけど、昼休みに授業で使う資料を取りに来てくれ」と言った。日直は私だった。
昼休み言われた通り、私は五時間目の現代社会の授業で使う資料を、職員室まで取りに行った。ずっしりしたプリントの束を受け取り、教室に戻ったのだった。
担任に言われた通り、教卓にプリントを置く。
教室を見渡すと、愛美と陸の姿がないことに気づいた。でも、その時は何も思わなかった。
五時間目の始まる予鈴が鳴る頃。愛美と陸が一緒に教室に戻って来た。二言、三言、言葉を交わし、それぞれの席に座る。
二人のそんな様子を見て、ピンと来た。
『いつか気持ちを伝えたいなって思ってる』
その日が来たのだと思った。愛美の席も、陸の席も私より前だ。だから二人の表情は見えない。嬉しそうなのか、悲しそうなのか、戸惑っているのか、幸せそうなのか……
担任が教室に入って来て、授業が始まる。
授業なんて落ち着いて受けられる気がしなかった。
私が教室まで運んだプリントが、前から順番に配られる。それが私まで回って来た時、スカートのポケットに入れているスマホが震えるのに気づいた。
担任に気づかれないように、それをポケットからそっと出す。画面には、愛美から一通のメッセージが届いていた。どきんと胸が鳴る。
――陸に気持ち伝えたよ
というメッセージと、うさぎがハートを抱えているスタンプが、画面に表示される。
陸は愛美の気持ちに応えたのだろうか。両思いになったのだろうか。もし、そうなら、これから私はどう振る舞えばいい?
今まで通り、友達として振る舞えばいいのだと、頭ではわかっている。でも、気持ちがついていかない。
どうして? 陸は私にとって友達なのに。なぜ、こんなに苦しいのか。
「プリントの一枚目、〝情報化の進展と生活〟の項目からいくぞ」
担任の声がいつもより遠くから聞こえる。言葉で返事をするのは、本当の私の気持ちではなくなるような気がして、〝good job!〟と文字を掲げたネコのスタンプを送信した。すぐに既読がついた。
五時間目が終わると、愛美が私の席にやって来た。愛美から何かを聞く前に、自分から言葉を発したかった。
「ちゃんと言えたんだね」
私の言葉を聞いて、愛美は照れたように下を向いた。その仕草が愛らしい。その様子を見て、上手くいったのだ、と確信した。
そう思うと、胸がぐーっと苦しくなる。これまで通り、二人と何気ない会話で笑い、冗談を口にすることが、もう、できないような気がした。私は二人の邪魔になるんじゃないだろうか。
そんな風に考えてしまう。
――嫉妬
って、こんな気持ちなのかもしれない。
私が自分らしくいられる、居場所を失ってしまったと思った。
「ゆずに話を聞いてもらったお陰で、勇気が出たんだよ」
愛美が発した声が、若干のタイムラグを経て、耳に届いたような気がした。