第四話
愛美の気持ちを聞いた日以来、私は落ち着かない日々を送っている。
『いつか気持ちを伝えたいなって思ってる』
愛美はそう言った。そのいつかはいつ来るのだろう。
明日? 来月? もっと先?
愛美が陸に告白をし、陸がそれを受け入れたら、二人は恋人同士になる。これまでの友達という三人の関係性が変わってしまう。私はそのことを不安に思っている。
午後六時。部活が終わりの時間だ。
美術室の隣にある準備室に画材を片付ける。美術部員用の棚があり、そこには個人のスペースがある。筆や絵の具、鉛筆といった個人の持ち物を、そこに片付けられるようになっている。
デッサン用の鉛筆が入った筆箱とスケッチブックを棚に片付けていると、隣に陸が来た。陸の棚は、私の斜め上にある。
陸が棚から出したものに、私は目を奪われた。
「それ」
思わず声を出した。陸が手にしていたのは、子どもや少女の肖像画で有名な画家の画集だった。人気か高く、ネットで検索しても、どの画集も全て売り切れだった。
私の声に気づいた陸が、こちらを見る。
「え? これ?」
と画集を掲げる。その表紙には、頬杖をついた少女が描かれている。もの憂げな表情を浮かべている。
その画家が描く肖像画は、どれも本当に生きているみたいだった。笑い声や話し声も聞こえてきそうな。
「その人の画集、全部売り切れだよね?」
目が画集に釘付けになったまま言う。
「そうなんだよ! たまたま本屋で見つけてさ。即、購入。ゆずも、この人の絵、好き? なんか気が合うなー」
陸は嬉しそうに言った。その画家以外にも、同じ絵本作家が好きという共通点が私達にはあった。
「よかったら見る? 俺、だいたい見たし。この人の絵、見て勉強しなさい」
「なんか、えらそう」
不貞腐れながらも差し出された画集を受け取る。
「返すの、いつでもいいから」
陸は私に画集を手渡すと、準備室から出て行った。
これを見たら、私も作品を描きたくなるかな……なんて淡い期待を持った。
家に帰って、早速、画集を開く。
そこには子どもや少女の、いろんな表情が描かれていた。
はじけるような笑顔、頬を赤くして照れた様子、泣く一歩手前の悲しみが溢れた顔……
やっぱり、すごい。こんな風に描けたら、どんなに気持ちがいいだろう。
人物画を見るのは好きだけど、描くのは苦手だった。感情が平坦にしか表現できない。私の画力の問題だ。それでもいつか、人物画を描いて、コンクールか作品展に応募してみたいと思っている。
私には描きたいものがあった。
それはスマホの中にある一枚の写真。進級して愛美と仲良くなって、すぐの頃に、陸に撮ってもらったものだ。
教室の窓際で、愛美と私が何気ない笑顔を見せている写真だけれど、私達の背後で奇跡が起こっていた。
桜の花びらが舞っているのだ。
何度見ても奇跡としか言いようのない、その写真が、私は大好きだった。だから、いつか作品にしたいと思っている。
画集を閉じてスマホを手に取り、写真を開く。
愛美と私。桜。やっぱり奇跡の瞬間だ。