第二話
ぼーっとしているうちに、午前中の授業が終わった。
「ゆず、中庭でお弁当食べない? 天気いいし」
愛美の提案に即座に賛成した。お弁当と水筒を持って、二人で中庭に向かう。中庭は校舎に挟まれる形で広がっている。
天気がいいのに、思ったより生徒は少ない。ちょうど木陰のベンチが空いていたので、そこに座った。
「今が一番いい季節だよね」
「うん。梅雨に入って、そしたら夏だもんね」
「今年も暑いんだろうね」
「嫌だなぁ」
そんな会話をしながら、お弁当を開ける。その時だった。後ろから呼びかけられた。
「塚川?」
初めて聞く声だ。二人して振り返ると、そこには背の高い男子生徒が立っていた。ネクタイが紺色だから三年生だ。体格がよく、いかにも運動部という感じ。その割には優しい顔立ちをしている。
「高橋先輩」
愛美はそう言うと、お弁当の蓋を閉じてベンチに置き、先輩の側に駆け寄った。それを見て、バスケ部の人なのだと理解する。
「昼休みにごめん。これ、今度の練習試合の案内。悪いんだけど、部員の人数分コピーして配ってくれる?」
「わかりました。今日、部活の時に配りますね」
愛美は先輩から受け取ったクリアファイルの中を確認している。
「助かる」
高橋先輩はそう言って、親しみのこもった笑顔を愛美に向けると、「じゃあ」と言って校舎へと歩いて行った。
「バスケ部の人?」
隣に戻ってきた愛美に訊いた。
「うん。三年生のキャプテン。もうすぐ引退しちゃうんだけどね」
愛美はそう言って、お弁当の蓋を開け、プチトマトを摘んで口に入れる。
「優しそうな人だったね」
「うん。すごくいい人だよ。ゼッケンの洗濯を干すの手伝ってくれたり、バスケのルール詳しく教えてくれたりしたし。あ、休みの日、先輩とその友達と遊びに連れて行ってもらったこともある……」
愛美は何気ない様子で、そう言ったけれど、私は高橋先輩が、愛美のことを好きなのではないかと思った。さっき、愛美に向けた笑顔には、その気持ちが現れているようだった。
「優しいし、かっこいい方だと思うんだけどね、彼女いないみたいだよ。もったいないよね」
そう言って卵焼きを半分に割り、口に運ぶ。
「愛美のこと好きなんじゃない?」と言いかけて、口をつぐんだ。愛美とは何でも話していたけれど、いわゆる恋バナをしたことがなかった。
愛美は綺麗なのだから彼氏がいるのかもしれない。でも、誰かと付き合っているとか、そんな噂を聞いたことはないから他校にいるとか? 一人でいろんな可能性を考える。
箸が止まっている私に気づいた愛美が「どうしたの?」と不思議そうに訊く。
私は「ううん。何でもない」と言って、おにぎりを口に運んだ。
私は昔から恋バナが苦手だ。もちろん好きな人がいたこともある。でも、自分から進んでそういう話題を出せない。友達が出す恋バナに便乗して、少し話すくらいだった。
だから、愛美からその話題が出るまで、私から話すことはないだろう。愛美のことをほぼ知っていると思っていたけれど、まだまだ知らないところがあるのかもしれない。