最終話
『ゆずのことが好きなんだ。アイツって不器用なところがあって、それが放っておけないな……って』
「陸がそう言ってたんだよ」
愛美は無理に笑顔を作ってみせようとしたけれど、上手くいかなかった。笑顔が歪んで泣き顔になる。つるりとした、きめの細かい頬の上を涙が伝う。
私は浅い呼吸をくり返しながら愛美の話を聞いていた。
――陸のことが好きだという気持ちを、表に出してもいい……その気持ちを、陸に伝えてもいい……
昨日までは許されなかったことが、今なら許される。それは信じなれないことだった。
「陸、今、屋上にいる。『気持ち落ち着けてから、ゆずに話す』って言ってた」
ひとしきり涙を流した後、愛美は私の方を見て言った。
「行ってあげて。陸のところに。ゆずも陸のこと、大切に思っているでしょう?」
涙で濡れた愛美の睫毛が艶やかに光る。
愛美は私の気持ちに気づいていた。それなら正直に告白するべきだと思った。
「ありがと……」
愛美は私の背中を押してくれた。私は屋上に向かって走り始めた。嬉しくて、でも、なぜか苦しくて。涙が溢れて頬を伝った。
陸に会ったら、きちんと気持ちを伝えよう。
――好き と
屋上に続く、最後の階段に差しかかった時だった。頭の上から声がした。
「ゆず」
顔を上げる。そこには陸がいた。襟足が短めの癖がない髪。一重の丸い瞳。どちらかというと線の細い体つき。私が好きな人だ。
階段を駆け上がると、陸の胸に飛び込んだ。陸が着ている、制服のYシャツからは太陽の匂いがした。それと陸の匂い。
「うー……」
と唸るように泣く私を抱きしめながら
「愛美に言われて、ここに来た?」
と陸は訊いた。私はくり返し頷く。まだ、言葉にならない。
「ゆずのこと大切に思ってるんだ。側にいていい?」
涙でぐちゃぐちゃな表情になっていることはわかっているけれど、陸の顔を見て、きちんと思いを伝えたかった。
「私も陸の側にいたい。好きだよ」
私の言葉を聞いて、陸は顔を赤らめると、そのままぎゅーっと私を抱きしめた。その力の強さが陸の思いであるような気がして、嬉しかった。
あまり雨が降らないまま、梅雨が明けた。
夏が始まる。
もうすぐ夏休み。
私は写真をモチーフにした作品を、再び描き始めた。ようやく下絵が完成し、今は色を付けている。
私が使っている画材の企業が主催するコンクールが、秋にあった。それに挑戦することにしたのだ。テーマは〝青春〟。その文字を見た時に、これだ! と思った。
最近、中庭に出て絵を描くようになった。今日もそうだ。芝生の上に座って、陸は鉛筆を動かしている。私は陸の後ろにあるベンチに座っている。絵筆に絵の具をつける。
ここで描くと、気持ちが解放されるようだ。
「ゆずー! 陸ー!」
体育館の方から愛美がやって来た。休憩時間になったのだろう。
私達三人は以前と変わらない、互いに理解し合える、がかけがいのない存在だ。
「ゆずの作品、だいぶん完成に近づいたね」
側まできた愛美が、私の作品を見て言う。愛美との写真をモチーフに描いていることを、話していた。愛美を見ると頬に人差し指を当て、考える仕草をしている。
「何かこの絵、見たことある気がする……」
「え?」
愛美の言葉の意味が理解できす、そう声を漏らした時だった。
「俺の作品じゃん!」
愛美の横に立った陸が声を上げた。
「あー! そうだ! 陸が前に描いてた作品だ!」
愛美が思い出したように言った。
「え? 何で陸がこの絵、描けるの? 写真ないでしょ⁈」
私の言葉を聞いて陸は言った。
「写真見なくても描けるんだよ。印象に残ったものは、頭の中に刻み込まれるから」
「陸! 天才!」
愛美が尊敬したように言う。
「あー! やっぱり陸には勝てない!」
「俺に勝とうとするなんて、無謀な挑戦だよ」
陸に拳を振り上げるふりをすると、愛美が止める。「わー! 暴力反対!」陸がおどけて言う。
こういう時間が、とても愛おしい。
これからも、ずっと続いて欲しい。
君のそばに。これからも、いるよ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




