第一話
「おはよー」
「ねぇねぇ昨日さぁ」
GW明け学校の昇降口は、いつもより騒がしい。私、中橋ゆずは靴箱から上履きを取り出し、その喧騒から逃れるように、急いでそれを履いた。
「ゆず、おはよ」
不意に背後から声をかけられる。柔らかいソプラノよりのよく通る声。振り返ると塚川愛美が立っていた。
爽やかな笑顔を見せる。愛美はバスケ部のマネージャーをしている。痩せすぎじゃないかと心配になるくらい、細い手足に、ぱっちりとした二重の瞳。鼻と口も綺麗な形をしている。
肩の下辺りまで伸びた真っ黒のロングヘアは、天使の輪っかが輝いている。
そう、愛美は絵に描いたような美人だ。
「おはよー。朝練?」
私の問いかけに愛美は、こくりと頷く。その時に長い髪の一束が肩の前に流れた。
「GWも練習と試合で終わった」
「えー! マジで!」
あり得ない。私はGWの間、家でダラダラしていた。なんだか愛美に申し訳ない気持ちになる。
愛美と並んで教室に向かう。この春、高校二年に進学し、同じクラスになって仲良くなったのだ。だから、まだ一ヶ月と少ししか一緒にいない。
それでも、愛美とは何でも話せる仲だ。
教室に入ると丘平陸がいた。教室の後ろの掲示板を見上げている。陸は愛美と私に気がついた。
「おはよ」
五日ぶりにその声を聞いた。落ち着いたしっとりした声。中学は違ったけれど、陸とは高一の時も同じクラスで、一年で美術部に入ったのも、私達二人だけだったことから話すようになり、意気投合した。
陸は運動も得意らしいけれど、美術部に入っている。
「陸さー、お前、足速いんだから陸上部に入れよ」
「もったいないよな。絶対インターハイも確実なのに」
陸が他の男子にそう言われているのを聞いて、運動も得意なのだと知った。運動だけでなく、絵の才能もなかなかだ。天は二物を与えないなんていうけれど、それは嘘だと思う。
陸の絵には躍動感というか、息づかいが感じられる。
「おはよ。陸、昨日の作品できたの?」
私が口を開くより先に、愛美が尋ねた。昨日、二人は学校で会ったのだろう。ということは、陸は休み中にも学校に来て、絵を描いていたということか、と驚く。
「うん。締切に間に合いそう」
嬉しそうな笑顔で掲示板を指さして陸が言う。
そこには――全日本 高校生美術展 のチラシが貼ってあった。
「これに応募するの?」
挨拶も忘れて私は訊いた。陸は頷く。
「ゆずは? 美術展とかコンクールとか興味なし?」
陸が呆れたように訊く。それもそのはず。美術部に入部して以来、簡単なデッサンはいくつか描いたものの、美術展やコンクールに出せるような作品は、描いたことがない。
陸だけではなく、他の先輩も作品を描き上げては、それぞれいろんな美術展やコンクールに挑戦していた。
「いやー……興味がない訳ではないんだけどね……締切に間に合わないというか……」
美術展やコンクールに興味はあるし、挑戦したい気持ちもある。でも、それに向けて作品を仕上げる情熱が私にはない。
「休み返上して仕上げろよ。俺みたいに」
陸は茶化したように言う。私の隣で愛美は困ったような笑顔を見せる。私が飽きっぽいことを、愛美も知っている。
その後すぐに予鈴が鳴った。HRが始まる。私達はそれぞれの席につく。私の席は、窓際の後ろから二番目。窓からは日差しに輝く青空が見えた。
こんな天気のいい日に、学校に閉じ込められるなんて、もったいない。そんなことを思っていると、担任が教室に入ってきた。
GW明け。いつもの日常が戻ってくる。