批判の難しさ
私は一月ほど前、とあるエッセイを書いていました。内容としては「やたらと人の悪口を言いたがる人が多いが、ブーメランになっている事が多い。まず自分を省みた方が良いのではないか」といった感じのでしたが、途中で筆が止まってしまいました。
何故かというと、悪口を批判しているそのエッセイ自体が「人の悪口を言っている」風になってしまっており、自己矛盾に陥ってしまっている事に途中で気付いたからです。
私にもっと思考力や筆力があれば、「私が言っているのは悪口ではなく正当な批判である」「私はちゃんと自分を省みた上で批判している」という事を読者に納得させ、自己矛盾から外れたエッセイを書くことができたかもしれませんが……当時の私にも今の私にも難しいです。
そもそも「ちゃんと自分を省みた上で批判している」と堂々と言い放てるような自信は私にはありません。私は絶対に人の悪口を言わないというポリシーを持っている訳ではありませんし、積極的に人の悪口を言いたくないだけで、話の流れで軽はずみに悪口に同調する事もあります。そんな私が人の悪口を批判しようとしたらどうしても矛盾した論になってしまうのです。そういうわけで結局そのエッセイはお蔵入りとなってしまいました。
何かを批判するというのは簡単に見えて、実はとても難しい事なのかも知れません。批判する人は、誰かを批判する前に自分を省みなければなりません。「人の振り見て我が振り直せ」という事です。人の文法の間違いを批判する人は自分の文法が間違っていないか気を付けなければなりませんし、人の態度の悪さを批判する人は自分の態度にも気を付けねばなりません。
動物はこのような内省とは無縁です。自分がいつか死ぬ事も理解できないでしょうし、客観性は持ち合わせていなさそうです。自分以外の物の見方が存在するという事には考えも及ばないでしょう。動物は主観だけで物事を見ているように思われます。
一方で人間は客観的に自分を省みる事ができます。もちろんこれは良い面ばかりではありません。客観性という能力のせいで人間が「死」や「死後」という概念を発見してしまったと考えると、人間は動物より不幸であるという言い方もできます。……それでも自省を大切にすることが「人間らしく生きる」「人間の本分を全うする」という事であり、良い生き方なのではないかと私は思います。
とか書いていたら、間接的な批判エッセイになってしまったかも知れませんが……「お互いに自省を大切にしましょう」という事でこのエッセイは締めくくっておきます。




