3:人工遺物
「今回の依頼、どう思う?」
ブリッヂでコーヒーを飲みながら、ドレッドノートの副艦長ノクス・アージェンタイムは艦長に聞いた。
宇宙航行艦ドレッドノートは現在、連邦領第四区画の三つ目の人工太陽の周りを公転する惑星カリダにいる。連邦政府の特殊調査部からの依頼で、この惑星の第三遺跡付近の安全を確保するためだ。
この船の乗組員でその依頼を達成するために遺跡に向かったのは五名。艦長、本川 玲菜と副艦長を除く全員だ。
艦長はガンタイプのLPをいじりながら、ノクスの質問に答えた。
「特殊調査部、ってところがまず怪しいわね。テラ・フォーミングしただけで未開の惑星なのに、どうして開発部より先に調査部が来るのかしら」
「目的が開発じゃないんだろうね。調査部か……。人工遺物でも探してるのかな?」
テラ・フォーミングした惑星にはほとんどの場合、魔王石が存在する。魔王石は自然召喚核を形成する可能性を秘めていて、それが形成されれば、その惑星には魔獣が自然に召喚されてしまう。
そのため、人が住めるような状況にするためにはまずその召喚核を取り除かなければならない。連邦政府が未開惑星の魔獣掃討を依頼するのはごく自然な話だ。
だが、それはたいてい、開発部からの依頼になる。今回の依頼は、『特殊調査部』という聞いたこともない部署からの依頼だ。
「なるほどね。自己逃走機能持ちの人工遺物にとって、未開の星なら隠れ家には最適、か」
人工遺物。通称AFと呼ばれるそれは、古代に作られたと言われるマジックアイテムで、まだ現代ルーン言語が成立する以前のものだ。
古代ルーン言語は現代ルーンのように一律的な体系化はされておらず、したがって現代ルーンにある魔術的な制約が存在しない。
広く利用されることを目的として作られた現代ルーン言語とは違って、古代ルーンは暗黙的危険性が排されていない。
今となってはその言語を操ることのできる人間も一握りだ。その言語を用いたLPをはじめとするマジックアイテムは、連邦政府によって製造が制限されている。
だが、古代に作られたAFは異なる。連邦政府が成立する前から存在するその道具は、名目上は政府が管理することになっているが、いまだに発見されていないものも多い。
作られた時代がわかっているなら、その時代までに開発が終わっている場所を探せば見つかるはずだが、AFの場合はそう簡単な話ではないのだ。
自己逃走機能。その道具が悪用されることを恐れた作者が付加したものか、あるいはAFそのものが意志を持ってその機能を学習したのか、それは個々によって異なるが、発見されていないAFにはたいてい、不規則に自らの存在する座標を変更する機能が備わっている。
テラ・フォーミングされたとはいえ未開の惑星ならば、AFが存在する可能性は十分にあり得る。
「でも、それにしちゃ回りくどいやり方よね」
「ああ、まったくだ。連邦騎士団をこんな辺境によこしたくないのはわかるけど、それにしたってこれは政府とつながりの強いところに任せる任務だよ」
ドレッドノートは政府に公認されたギルドだ。しかしながら、政府とつながりが強いかと言われると一概にそうとも言えない。
依頼側と請負側の関係だ。政府が出す要求に応える代わりに、相応の報酬を受け取る、という形でギルドは存続する。
つまり、ギルドが依頼の外側で何をしようと、それが犯罪行為として認識されなければ、政府は何もできない。
AFはその物珍しさと強力な魔術的潜在能力から、界隈によっては高値で取引される。政府も買い取りに躍起になっているが、取引の価格だけを見れば誰も政府に売ろうとはしない。
AFを探すのが目的なら、たとえその準備の魔獣の掃討任務であっても、政府直属の部隊に任せるのが自然だ。少なくともこんな辺境のギルドに任せたりはしない。
「政府内の強欲な金の亡者の仕業、ってのはどうかな?」
艦内で最も勘の鋭い男、ノクスの言葉に、艦長は少し考えて答える。
「政府の名義で依頼を出して魔獣を掃討させ、安全になったところでAF探し、か。あまり賢いやり方じゃないけど、あり得ない話じゃないわね。
下手に政府直属の部隊を動かしたら政府内部から怪しまれるのは当然だし、戦闘部隊を集めるための資金がだいぶ浮くのだから、うちに依頼が来たのも納得がいく」
もっとも、彼女たちの依頼者推理は単なる暇つぶしだ。
依頼者の全貌が明らかになったとして、ギルドは依頼をこなすのが仕事。それで彼女たちが警戒する事はあっても、仕事に対する態度を変えることはない。
「あぁ、コーヒーというものは良いね。心が安らぐよ」
ノクスはいつもの感想を述べながら、コーヒーをすすった。
―――◆―――
暗闇の遺跡の中で、白柳 千香は低く構えた。転移系の陣で飛ばされ、ドレッドノートの作戦メンバーは散り散りになってしまった。この場にいるのは千香と天、それから正体不明の部外者が一人。
「よせ。敵意はあるが殺意じゃない」
そんなことはわかっている。冷静で的確で非の打ちどころのない天の言葉に、深く息を吐いてから構えを解く。
天の持つLPで辺りが照らされて、先ほどの暗闇の中にいた部外者の姿が映し出された。
杖型のLPは先端に球体の駆動部が存在し、それに回路部となる細長い円柱の棒がくっついているような形になっている。剣型のように武具としての直接打撃を意識して形を変えなくてはならないものではなく、ペン型などの小型なもののように極端に精密な動作を要求されるものでもないため、単純に魔術を使用する場合、実行効率において杖型に勝るLPはない。先端の駆動部は術式処理の結果としての出力を行う箇所でもあり、光はそこから出ている。
その光に照らされたのは、白い装束を着て腰にレイピアを提げた背の高い女性だ。戦いに必要な筋肉のみを鍛え上げ、細身でありながら凄みを感じさせる腕だった。
「大した回復力じゃねぇか。酷い出血だったが、あれはすぐに収まったのか?」
「鍛え方が違うのでな」
天が言った言葉で、千香は理解した。今目の前にいるのは、一週間前の事件で助け出された民間人――少なくとも、表向きはそういうことになっている人物――だ。
脇腹からの出血がひどかったはずだが、一週間経った今は何ごともなかったかのようにまっすぐに立っている。伸びた背筋と、攻め入る隙のない佇まいが、彼女がただの民間人ではないことを証明していた。
「全身白装束……。連邦騎士団でしょうか」
「賞金稼ぎか盗掘屋の類だろ。連邦の犬がこんな辺境に一人で来たりしねぇよ。だいたい、こいつには魔術的資質が……ん?」
天の言葉が止まった。天は杖型のLPを操る魔術の使い手で、特化型のクレレほどではないにしても探査・解析の術式を自在に使いこなす。
見ただけである程度相手の魔術的素養を見抜く事ができるのは、蓄積された彼の知識と経験による。
「お前、ただの人間じゃないな」
「それが何だというのだ」
天の目が鋭くなった。目の前にいる女性は、千香が見た武術的観点からしても、天が見た魔術的観点からしても、只者ではないらしい。
「こんなところにいるってことは、人工遺物でも探してんのか?」
「お前の知るところではない」
天は質問を変えたが、女性は答えるつもりなど微塵もないようだった。
踵を返して、背を向けてしまう。
「最後に一つだけ聞いておきたい。お前、この遺跡に来たのは初めてか?」
「ああ」
短く答えて、白装束の女性は暗闇の中に姿を消した。
―――◆―――
震える呼吸と荒々しい魔獣の吐息だけが聞こえる静寂の暗闇。
動くことを忘れたかのように、クレレはただじっとしていた。
四本の脚で体を引きずるようにして蠢く巨大な魔獣は、赤い瞳をギョロギョロと動かしながら遺跡の中を歩いていた。
その目線と、動きが止まる。大人一人くらい丸のみにしてしまえるような大きな顎から、グルグルと唸りが洩れる。
「あっ……」
小さな声が喉を揺らした。魔獣が大きな口を開いて、空気を吸い込み始めた。長い金髪がその吸引力に引っ張られて暴れるくらいに激しい風が起きた。
絶望的な状況の中で白い帽子を押さえて、クレレはその場から動くことができなかった。
生きた魔導砲の異名を持つ、地を這う巨竜アースワーム。大気中に存在する魔力素を吸引して体内で特定の術式を構成して吐き出す、という機構は魔獣ならば下級のヘルハウンドにもある能力だが、アースワームのそれは吸引力と火力が段違いだ。
クレレの持っていたペンの白い光が、徐々に暗くなっていく。魔力素を吐き出すことで明かりを灯していたのだが、吐き出すそばからあの巨大なアースワームに飲み込まれていくのだ。
やがて、暗黒の中で光る赤い瞳以外の光が、全て消える。充分に大気中の魔力素を吸い込んだアースワームが、口を閉じてもう一度開いた。
開いたことを認識するかし終わらないうちに、眩しすぎる光の線がクレレの頭上をかすめた。高エネルギーの魔力素を圧縮し、直線上に発射する兵器、魔導砲。その一撃は砲の性能によって異なるものの、人が食らえばまず無事ではいられない。それは遺跡の壁をえぐって、耳を塞ぎたくなるような轟音を響かせた。
光の線の残り滓が、暗闇の世界を淡く照らした。世界がスローモーションで動いているようだった。
えぐり取られた遺跡の壁の破片。それは破片というには大きすぎる塊で、重力に従って下方向に運動を開始していた。ゆっくりと加速しながら、闇の中でおびえる小さな少女を叩き潰そうとしていた。
少女が声を上げる前に、崩れた岩石が地面に叩きつけられる音が響いた。
―――◆―――
宙に浮くような感覚。轟音の後、心地良く暖かい感覚に包まれて、緊張が少しほぐれたような気がした。
「間に合ったぁ……」
聞こえたのは安堵の溜息。半分涙声になっていた。肩で息をしているようで、その息遣いが力強く心地良い。何が起こったのかはわからないが、この感覚にしばらく身を任せていたいと思った。
「もう大丈夫だよ」
「……ッ!」
降ってきた優しい言葉。クレレはゆっくりを目を開けて、やわらかくほほ笑むエルナを見つけた。自分が助かったことを実感したと同時に、ジワリと目に熱いものが浮かんだ。エルナが次の言葉をかける前に、彼の胸に顔をうずめ、声を上げて泣いた。
何も考えられなかった。ただ恐ろしい危機から救われたことへの安心から、張りつめていたものが切れて、あふれ出す涙は止まらなかった。
「え、えっと、クレレ……」
「うあっ、ご、ごめんなさい!」
困惑したような声に慌てて、クレレはエルナから離れた。
「うん、それは、良いんだけどさ……」
その言葉を続きをエルナが言う前に、クレレは理解した。風に吹かれて髪が激しく暴れたからだ。
遺跡洞窟の内部に、外の風は入り込まない。なら、風を発生させる原因は何か。気圧の変化。圧倒的な低気圧空間の存在。吸引が再び始まったことの証。
「ま、まあ、大丈夫とか言っちゃったけど、実はこういうことなんだ」
「は、はい……」
アースワームはまだ健在だ。あれを何とかしない限り、ここは安全な空間だとは言えない。むしろ入口が閉ざされた遺跡という閉塞した空間であり視認性も良くないから、相当危険な場所であると言える。
「まさか実際にあれを見ることになるとは思わなかったけど、確か動きは鈍いんだよね」
「はい。通常、アースワームの弱点は鈍い動きだとされています。その他は種によってまちまちなので探査しなければ何とも言えないのですが……」
それだけわかれば十分だと剣を構える新人研修生の背中はとても頼もしく見えた。
疾駆から肩に担いだ大剣を振り下ろすまでの間は秒を数えるか否か。鈍い金属音が響いて、刃がアースワームの鱗に直撃した。
「か、たい……!」
巨大な黒獅子の腕さえ斬り落とした大剣は、しかし地を這う巨竜に傷一つつけることができなかった。痛くも痒くもないのか、アースワームはぴくりとも動かない。そのまま魔力の吸引を続けて、体内で術式を組み上げるために巨大な口を閉じる。
その口の先にいるのはクレレ。だが、クレレはもう恐れなかった。瞳を濡らしていた涙はとっくにぬぐった後だ。ペンの先端を地面に滑らせて、白い光を放つ魔法陣、探査術式を描く。
探査は、空間を把握するためのものとは限らない。対象の魔力素含有量や魔術的資質、身体の構造や弱点まで見抜いてしまう。それゆえ、あらゆる魔術の中で最も精密な術式の制御が必要となり、術者は極度の緊張を強いられる。
他の世界が見えなくなるのだ。自分と対象、それから描く術式の構成以外のものはすべて視界から消えてしまう。
「伏せて!」
エルナの声ではなかったが、クレレが咄嗟にその声に反応できたのは幸運だった。頭上を光の線が駆け抜けた。
「ルーニック・バースト!」
高エネルギーの波を押し返すように、真っ向からぶつかる光の粒子の塊が直撃した。並ではない衝撃で、飛ばされそうになる帽子を押さえる。
クレレが後ろを向くとそこには杖型のLPから大火力の光粒子熱線を吐き出すミーティアの姿があった。考えられない火力だった。LPの補助を受けているとは言え、一人の人間の魔力で魔導砲と正面からやり合うなんて、正気ならまずしようとも思わない芸当だからだ。
新人研修生二人の頼もしさはクレレを奮い立たせた。その場で探査を続ける。地を這う巨竜の弱点はどこか。全身を覆う硬い鱗の防御を突き破る方法はないか。
やがて光の激突が終わって、また暗闇の世界が訪れる。見えた。
「ミーティアさん。もう一度できますか?」
「おっけー。ちょっとしんどいけどやってみる」
解析の結果から、最良と思われる作戦を鋭い声で告げる。
「アースワームの弱点は全身です。どこを叩いても大きな打撃を与えることができます。
吸い込んだ魔力素をため置く場所であり、核を持つ腹部が狙い目でしょう」
「全身? あんな硬いのに?」
エルナの疑問にクレレはすぐに答えた。
「魔導砲を打ち終えた直後にだけ、反動で鱗を覆うシールドが消えます。シールドの復帰に必要なインターバルは最短で五秒。魔導砲の火力を上げさせることによって引き延ばすことができますが、それでも目測で最大十秒程度にしかなりません。一撃で終わらせることを意識してください」
「わかった!」
普段の気弱さからは想像もつかないほど力強く答えて、エルナは赤い視線の外に出た。前回は彼が敵を引きつけて、その隙に魔術の詠唱を完了させて勝利したが、今回は全く逆だ。
アースワームは動きが鈍い。したがって、ミーティアの詠唱のために時間を稼ぐ必要はない。
地を這う巨竜が思い切り魔力素を吸い込み始めたのを合図に、ミーティアも詠唱を開始した。
やがて、再び光の粒子熱線の激突が起こる。魔導砲の火力を上げさせるには、同等かそれ以上の威力を持つ魔法攻撃をぶつければ良い。ミーティアの特大火力だからこそできる芸当だ。
吐き出し切った魔導砲とミーティアのルーニック・バーストが推進力を失って収束していく。
「今です!」
クレレが叫ぶ前に、エルナは増幅回路を二つ、LPの駆動部に装着して駈け出していた。刃が青い魔法陣をまとい、使用者の身体能力と武具そのものの性能を強化する術式を構成する。刃はその大きさを増すように、青い光をまとった。
地面を強く蹴って跳び上がり、刃渡りが飛躍的に伸びた剣を振り下ろす。先ほど弾かれたときとは比べ物にならないほどあっさりと、鱗を突き抜けて肉を切り裂いた。
閉塞した遺跡の内部に魔獣の断末魔が響き渡る。大きな体がのけぞって、苦しみに悶えながら地面に叩きつけられ、地を這う巨竜は息絶えた。
「やった……!」
魔獣は核をつぶすと溶けてなくなる。アースワームも例外ではなかった。二つも増幅回路を使った反動でもうまともに動けないエルナの下に、クレレが駆け寄った。
エルナはいつもの気弱そうな笑顔を浮かべていた。クレレはやわらかく微笑んで、手を差し出した。
―――◆―――
「右だろ」
「左です」
一方そのころ、千香と天は遺跡内部の分かれ道に差し掛かっていた。
右へ行くべきか左へ行くべきか。この二人には決断力がある。あるからこそ生じてしまう問題もある。
一度決断すると、他の決断を受け入れられなくなるのだ。
「いいや右だね」
「ひ・だ・り・で・す! さっき右に行って同じところを回って戻ってきたんじゃないですか!」
普段から落ち着いている千香がここまで声を荒げることは珍しい。
ついでに言えば、普段からやる気のない天がここまでムキになるのも珍しい。
しばらく睨みあっていた二人だが、やがて「そっか」と言って天が落ち着きを取り戻した。
「じゃあ右だな」
「どうしてそうなるんですか! その頭、脳みその代わりにヨーグルトでも入ってるんじゃないですか!?」
千香が次の罵声を浴びせる前に、地面が揺れて大きな音がした。左側からだ。
「ほら、左じゃないですか」
「ちっ、空気読めよな。こういう時は右から音がするもんだろーが……」
二人が左側へ走ると、やはり来た道は正しかったようだった。増幅回路を使って疲れ切っているエルナと、彼にもたれかかるようにして気を失っているミーティア、それから、ミーティアを泣きそうになりながら見ているクレレがいた。
すぐに事情を聞いて、先ほどの大きな音がアースワームの体が倒れる音だったとわかった。
遺跡の扉は魔術的な施錠がされていたが、天が手早く解除して、全員で遺跡の外に出た。入口前に置かれていた転移陣は、アースワームの体が倒れた時に崩れてしまっていた。
「で、その新入りはどうしたんだよ」
「ボクは増幅回路を二つ使っただけなんですけど、ミーティアはさっきいきなり倒れてしまって……」
「アースワームと正面から魔導砲の撃ち合いをしていたので、そのせいで負荷がかかっちゃってるのかもしれないです」
クレレが申し訳なさそうにしていた。アースワームと正面から撃ち合うとはまた無茶をしたものだが、その作戦がクレレによる案だったというから、そのせいで負い目を感じているのだろう。
「単純な魔力枯渇か加減を間違って炎症起こしてるかのどっちかだな。艦長に見てもらわないことには何とも言えないが、心配するほどのもんでもないだろ」
世話の焼ける新人どもだとか言いながら、天はエルナに肩を貸した。ミーティアのほうは千香に任せている。召喚核を形成していた魔王石はすでに天が回収済みで、仕事は終わったのだということも告げた。
船に戻ろうとした五人の前に、白装束の女性が立ちはだかった。明るい場所で見ると先ほどの印象よりもずっと人間離れした印象を受けた。
白装束は真に純白であり、一欠片の汚れも寄せ付けない崇高さを表している。腰に下げたレイピアの刃の鋭い銀光沢が、彼女の瞳にも宿っていた。
「スティグマ。ようやく見つけたぞ」
刃のような鋭利な声で、突如現れた女性はミーティアを睨みつけた。
―――◆―――
「ところで玲菜ちゃん。そろそろ彼女の正体について、教えてくれてもいいんじゃないかな?」
何杯目になるかわからないコーヒーをすすり終えてから、ノクスが言った。ドレッドノートのブリッヂの艦長席では座ったまま、艦長たる玲菜がガンタイプのLPを飽きもせずにいじっていた。
ガンタイプのLPはウィンドミル社が開発・販売するモードチェンジャー内蔵型のLPの一つで、操作によっていくつかの形態を取ることができる。
ニュートラルな状態はハンドガンの形状をしていて、そこから複数の種類に変化する。ライフル、ショットガン、サブマシンガン、更にはバズーカと言った形状に派生変化し、状況によってそれらを使い分ける必要があるために、使用者には狙撃の腕のみならず、かなりの状況判断能力が求められる。
攻撃するたびに消費するため、通常のものよりも安価な専用の増幅回路を用いるなど、オーソドックスな剣型や杖型のLPとは異なる点が多い。それだけ、いじり甲斐があるということなのだろう。
「彼女って?」
「ミーティア・エンシスハイムのことだよ」
とぼける艦長に、副艦長は大した苛立ちも感じていないようだった。プレスの中にもうコーヒーがないことには不満を感じていたが、大事な話を始めてしまった手前、補充しに行くわけにもいかない。おとなしく諦めて玲菜のほうを向いた。
ミーティア・エンシスハイムはエルレナード・フィンブルツールとともにドレッドノートに研修生として派遣された学生だ。最初の任務を終えた後、天から聞いた情報によれば、魔術的才能が並の人間のそれではないという。
天はやや特殊な傾向はあるもののドレッドノート内で随一の魔術の使い手であり、ミーティアほど優秀な人材がこの弱小艦に派遣されるのは不自然なのではないかと疑問を抱いていた。
この船の乗組員達は全員、並の部隊に所属する連中に比べれば優秀であるという事実は揺るがないし、エルレナードだって戦力としては十二分に役に立つということで天は納得していたようだが、それにしてもミーティアの魔術的資質が普通の人間とは異なるということを彼は見抜いていた。
「やれやれ、天ちゃんと良いノっ君と言い、どうしてこうこの船の男連中は鋭いのやら」
わざとらしく肩をすくめて見せて、玲菜はLPをいじる片手間に艦長席にあるキーボードを操作し始めた。ブリッヂの前方スクリーンに資料が映し出される。ミーティアが所持していた杖型のLPだ。
通常の杖型LPと形は同じで、細長い円柱の回路部の先端に球体の駆動部が取り付けられている。形状だけならば天の持つLPとほとんど変わらない。
しかし、製造番号が明記されていない。本来ならば政府の登録を受けて販売されるLPには長ったらしい製造番号が割り振られ、それで個々のLPを識別することができるようになっている。
更に驚くべきは、その名称だった。
「スティグマだって? それじゃあこいつはアーティファクトなのかい?」
「そ。人工遺物の中でも特に危険性の高いインテリジェンス・ウェポン。三十一あるうちの最も厄介な奴よ」
インテリジェンス・ウェポンとは、古代に作られた人工遺物の中でも危険性の高いものを指す。宇宙連邦政府が成立する以前からその存在は確認されていて、いくつもの古典文献に登場している。
その中ではたいてい、インテリジェンス・ウェポンは全部で三十一あると書かれていて、そのすべてに名前が付いている。その能力については非常にあいまいで、文献によって記述が異なる。長い年月がその存在を伝説に仕立て上げたのだ。
伝説には尾ひれがつく。やがては本来の姿とかけ離れた存在として扱われるようになってしまう。今、彼女たちにわかっているのはそれが三十一の武具の中で最も厄介な代物だということだけだった。
「へぇ。彼女がそれを持ってるとはね。ということは、玲菜ちゃんが彼女を迎え入れたのは、彼女の保護のためかい?」
「ま、そういうことになるわね。エンシスハイム卿からの内密な依頼でもあるんだけど」
玲菜はLPの引き金に指を引っ掛けてくるくると回し、腰より少し下に固定したローライドのホルスターに収めた。どうやらLPいじりは終わったらしい。
「研修期間が終わったらどうするつもりだい? 依頼の期間もそれまでなんだろう?」
「まあね。そこから先は学園に任せるわよ。あの学園長なら正義感に関しては問題ないだろうし」
「その正義感が捻じ曲げられるような事態にならないことを心の底から祈ってるよ」
一通り話を終えて、ノクスはコーヒープレスを持って立ち上がった。
―――◆―――
「スティグマだぁ?」
疑うような声を出して、天は千香に背負われているミーティアを見た。彼女は気を失いながらも、その手にしっかりと杖型のLPを握っている。
スティグマが人工遺物であるという知識くらいは、他の面々も持っている。だが、人工遺物という存在自体、生きている間にお目にかかれるかどうかもわからない貴重な存在だ。エルナも千香も、信じられないという表情をしていた。クレレは千香の影に隠れて怯えた視線を白装束の女性に向けていた。
白装束の背の高い女性は日の光に照らされて銀の輝きを放つレイピアに手をかけた。
「おっ始めようってのか?」
天が聞いたこともないくらいの低い声で威嚇した。膨れ上がる敵意を感じて、天の肩を借りていたエルナは身震いした。
女性は小さく息を吐いて、構えを解いた。
「覚えておけ。それがある限り、その娘に安息はない」
それだけ短く告げて、女性はその場から去った。