23:信頼と実績の苦みが与える安らぎ
「なるほど、ノっくんが助けた女の子が、インテリジェンスウェポンだったのね」
「意思があるのは知ってたけど、人型もいるんだね」
ドレッドノートのブリッヂには、クレレ以外の六人のメンバーに加えてシャンテとヘルテイト、それからキーがいた。
謎の触手の怪物は、インテリジェンスウェポンとしてのキーの力によって、全身を石に変えられ、その後はエルナ、ノクス、ヘルテイトの三人によって粉々に砕かれた。
キーの力は感情の高ぶりがカギとなって発現するものらしく、ヘルテイト曰くアルルーナの花弁はその状態を無理やり引き出すために使われていたものらしいという事だった。
連邦側としてキーの存在を認知していたかどうかについては、シャンテからノーという回答が得られた。そもそも、インテリジェンスウェポンを管理する立場として、毒性の強いアルルーナの花弁や根を飲ませるような行為はしない、というのが彼女の主張である。
その真偽は不明だが、連邦側がここでドレッドノートに対して嘘を吐くメリットは少ない。シャンテの言葉は信用しても良さそうだった。
行く先の無いキーの処遇についてだが、三区の王宮に暮らせるようシャンテが手配するという形になった。連邦が直接管理したいはずだが、どうも事情があるらしい。
「一区の本部と連絡が取れなくなった。王宮でも原因を探っているが、詳しい事は何もわかっていない」
シャンテは不審がっていたが、アエルは全く動じていなかった。アエルは、二区での任務は続行するとだけ告げて、ブリッヂを去った。
ともあれ、キーは三区で保護管理される事となり、ヘルテイトは引き続きそこでシャンテにキーの管理を任される形で雇われるのだという。
「君は彼女を道具として管理するつもりか?」
「当然だ。俺はこいつを道具として管理する。肉体と感情を持つ以上、人間の子供の世話とさほど変わらんだろうがな」
ヘルテイト自身はなんだか面白くない様子だったが、この仏頂面の男が少女の世話係になっているところを想像して、ノクスは小さく笑った。
「君って、実は優しいだろ?」
「フン、人工遺物を壊すわけにはいかないだろう。それだけだ」
ヘルテイトはノクスに背を向け、自分の腕を斬り落とした憎い相手のほうを向いた。
「おい貴様。今日のところは勘弁してやるが、いずれその腕を焼き切ってやる。よく洗って待っていろ」
「あァ? お前何か勘違いしてるだろ? 俺はな、腕一本で許してやったんだよ」
ヘルテイトに話しかけられた瞬間、天の機嫌は露骨に悪くなった。
椅子に座ったまま低い声で凄みを利かせ、威圧し返す。
「なんだと……?」
「テメエの腕なんざ何本用意したって千香の髪の毛一本にすら及ばねぇって言ってんだ。もう片方もへし折られるか?」
交差する敵意の視線。天が立ち上がり、黒いロングコートの男と白衣の青年が対峙する。
「どうやらここで決着をつけたいようだな」
「上等だ。かかって来い」
天が銀の長い棒状の武器を、ヘルテイトがLPとなった左腕を構えた。殺伐とした空気は、しかし一瞬で打ち破られた。
「がッ! いってぇ……」
「な、なにをするッ……」
二人とも頭を抑えてその場にしゃがみ込んでいた。その背後には、千香とシャンテの姿がある。この二人に剣の柄でどつかれたようだ。
「兄さん、狭いブリッヂで暴れたらどうなるか、わからないわけじゃありませんよね?」
「ヘルテイトよ。お前の生殺与奪は私が握っているのだぞ。ゆめゆめ忘れるな」
涙目になりながら、しぶしぶ戦いを諦めた二人は互いに離れて背を向けて座った。同じような仏頂面で拗ねているのがおかしくて、ノクスはまた小さく笑った。
「ああいうのは真似しちゃダメだよ」
会議用の机を挟んで向かい側に座っているキーに言うと、彼女はこくんと頷いた。
「キーちゃんってほんとノクスさんに懐いてるよねー」
キーの隣に座っていたミーティアが、キーの小さな頭を撫でた。照れくさそうに顔を伏せて、次に言ったキーの言葉でその場の空気が凍結した。
「わたし ノクスと つながったから」
ノクスはこの場にある全ての視線が突き刺さるのを感じた。互いに背を向けていた天とヘルテイトさえ、何事かと言わんばかりにこちらを見つめている。
「え、えっと……君達?」
「まさかノっくんそんな小さな子に手を出したんじゃ……!」
「副艦長、不潔です……!」
「悪い、流石に擁護できねぇわ」
「君達は、だいぶおかしな方向に誤解をしてると思うんだ」
ドン引きしている彼らに対して、ノクスはキーの言葉の真意を事細かに説明して釈明しなければならなかった。
―――◆―――
ドレッドノートのブリッヂで、紺のダブルジャケットを着こなした長身の青年が、お気に入りのマグカップを揺らして茶色の水面を見つめた。
気持ちを落ち着けてくれるその液体は、感傷的な気分に浸りたい時にも役に立つ。
「石化の力、ね。あの触手以外にも効果あるのかしら。天ちゃんの話だと、魔獣には有効だろうという事らしいけど」
「へえ? もうそこまでわかってるのか」
ノクス以外に誰もいないブリッヂに、玲菜が入ってきた。いつも被っている帽子をテーブルに置いて、艦長席に深く腰掛ける。
「他人事ね。これからも引き続き使えるんだから、もう少し興味持ったら?」
「興味も何も、感覚でもう使いこなせるようになったからね。後付けの知識にそれ以上の期待は無いんだ」
隔壁管理所の一件で、ノクスは石化の力を扱えるようになった。
インテリジェンスウェポンは人間と何らかの形で魔力のやり取りをする事で、その者を所有者と認める。
それは継承の儀式と呼ばれ、インテリジェンスウェポンと所有者の間に魔術的なつながりを生成する。所有者はインテリジェンスウェポンに魔力を与える代わりに、その強大な力を扱う事ができるようになるのだ。
キーの「つながった」発言は、ノクスとの間に魔術的なつながりを得たという意味だったのである。
「ま、これでノっくんもお尋ね者ってわけね。ルークが聞いたら何て言うか……」
「姉さんに余計な心配をかけるような事言わないでよ?」
姉の名前を出され、ノクスは顔をしかめた。
一つのインテリジェンスウェポンに対し、二人以上の所有者が存在する事は認められない。
従って、何者かがキーを支配下に置きたいと考えた場合、まずノクスを排除する必要が出てくる。
この件が公に知れていない事が唯一の救いだが、どこで情報が漏れないとも限らない。そうなった場合、今のミーティアと同じ状況に置かれる事になる。
本来は、誰にも話さずにいるべき事だ。
「わかってるわよ。時期が来たら、あなたから直接言うんでしょ」
「まあね」
だが、いずれ姉には話す事になるだろう。それが信頼というものだ。
おいしいコーヒーを飲みながらドレッドノートの武勇伝と一緒に語る。そんな未来を想像しながら、ノクスはマグカップに口をつけた。
「あぁ、コーヒーというものは良いね。心が安らぐよ」
ドレッドノートへようこそ 第三章―完―