表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/25

第2話 転生。そして直訴

 永禄11年(1568年)2月 上総国望陀(もうだ)郡 久留里くるり




「この子はほとんど泣かないのう」


「でも、何かしてほしいことがあれば、手を叩いたり、指をさしたりできるのです」


「誠か!? 何と聡い子じゃ!!」




 どうやら私は生まれ変わったらしい。ただ、驚いたことに……




「流石は八幡太郎はちまんたろう義家よしいえ公に連なる里見の子じゃ!」


「ええ、八幡太郎義家公に連なる足利の子でございますれば!」



「「ははははははは」」


「いや、この子は天下に名をとどろかす名将になるぞ!」



「ええ、誠に。

 健やかに育つのですよ。梅王丸。」


 今生も私は里見左馬頭義弘が子『梅王丸』として生まれたらしい。


 ……ということは、『生まれ変わった』というより『戻った』のか?


『生まれ変わることができたなら、きっと義頼めを滅ぼしてくれん』とは思うていたが、もう一度やり直すことができるのなら尚良い。早く父上にあやつの悪行をお伝えせねば……! いや、今ならばまだ岱叟院たいそういん(※里見義堯)様もご存命のはず。念には念を入れて岱叟院様にもお伝えしよう!!


 義頼め、見ておれ!貴様の野望必ず砕いて見せようぞ!!






------------------------------


 と、思ってはみたものの、すぐ眠くなるし、腹も減る。ろくに動けないし、何よりしゃべれない。大小便も我慢ができん。武士もののふたるもの簡単に泣いてはいかんと思い、泣くのをこらえてはみたが、臭いがする『大』の方は兎も角、小は誰にも気付いて貰えず、股がかぶれてしまった。仕方がないので少しだけ泣く。することもないからどうにか早く動けるようにと、寝返りをする稽古をしていたら、うつぶせで息ができなくなってしまった。せっかく生き返ったのに、もう一度死んだらどうする!! 以後、誰もいないところで何かするのは止めた。ええい!ももどかしい!!




------------------------------

 永禄13年(1570年)、3歳になったころ、やっと舌がまわるようになって、話ができるようになった。



「ちちうえ、おはなししたきぎがございます」


「なんと!『おはなししたきぎ』とは!! 梅王丸は賢いな!流石はわしの子じゃ!! 何でも話すが良いぞ」


「よしよりめを、うってくださいませ。そして、ははうえや、もものかたきをとってくださいませ」


「梅王丸。大丈夫じゃ。そのような悪党、すぐに懲らしめてくれようぞ」


「ちちうえ、ありがとうございます。これでまくらをたかくしてねむれるというものです」


「お、おう、さようか。う、梅王丸、それではの」




 父上が約束してくださったので、安心していたのだが、夜、かわやへ立った帰りに、父上と母上の部屋の前を通りかかったときだ。そこから聞こえてきた会話に、私は驚き、立ち止まり、聞き入ってしまった。



「奥よ、梅王丸はだいぶ賢いのう。行く末が楽しみじゃ」


「ほほほほほ。私たちの子でございますもの」


「ただのう、賢いとはいっても、まだ幼子じゃ。怖い夢を見ることがあるらしい。ついこの間も、真剣な顔でわしの所へやってきて、(お主)と『もも』の敵、『よしより』を討てと、頼まれてしまったぞ」


「まあ。大変。それで、殿は何とお返事なさったのでございますか?」


「『そんな悪党、わしにかかればすぐ懲らしめてやる』と話しておいたわ」


「ほほほほ。心強いこと。それにしても『よしより』とはどこの者でございましょう?」


「さあなぁ、人の名前のようではあるが、近隣の国人、伊勢め(北条)や、管領(上杉謙信)の配下の主立った者にも『よしより』と申す者はおらんし、わしにはわからん。おおかた、夢にでも出てきた物のか何かのことであろう」


「ところで殿?」


「なんじゃ。怖い顔をして?」



「『もも』とは? どこの娘のことでございましょうや? まさか、私に隠れて妾を……!?


 まさか!どこぞに隠し子がいるのでございますか!!」


「し、知らぬ!」


「……殿。今なら怒りませんから正直におっしゃいませ」


「ほ、本当に知らぬのだ!」


「な、なぜだ。なぜ正直に言うたのに、怖い顔で近寄ってくるのだ!?」


「そ、そうだ!梅王丸に聞いてくれ」




(父上も母上も『義頼』を知らない?それだけでなく『桃』も知らないだと!? 今生は何が起こっっているのだ!?)



 あまりの内容に気が動転し、へたり込んでいた私の前でスーッとふすまが開き、能面のような顔をした母上が現れた(※このときは厠の後で良かったと心底思った)。


 母上は、私を見つけると、口元に笑みを浮かべ、それでいて全く笑っていない目で私に話しかけてきた。




「……梅王丸や。父、母の話を聞いていましたか?」


「は、はい」


「ときに梅王丸。『もも』とは誰のことじゃ?この母に教えてたもれ」


「ははうえ!『もも』は、わたくしのいもうとではございませんか!!」


「なっ!!」


「……ほう、『妹』とな!? 『妹』ということは、『もも』はそなたの父上の娘ということで相違ないな?」


「いもうとなのですからあたりまえでございましょう!?」


「……殿。梅王丸はこのように申しておりますが」



「な、何かの間違いじゃ!! う、梅王丸! 嘘だといってくれ!


 よ、よせ!! 奥。は、話せばわかる!ぐわぁぁぁ……」



「あっ!」




 母上が父上の首を絞めるのを見ながら、はたと気が付いた。私はまだ3歳。妹の『桃』が、生まれるのは大分だいぶ未来のことだということに。そして、かたきである『義頼』は、まだ『義継よしつぐ』と名乗っていたことに。


 父を絞め落とそうとする母を止めながら、2人にどのように説明しようか私は悩むのであった。








久留里城

 千葉県君津市久留里にあった城。別名『雨城』。里見義堯が上総攻略の拠点として本城とした。江戸期にも使用された。


望陀郡もうだぐん

 上総国中南部にあった郡。だいたい現在の木更津市と袖ヶ浦市の全域、君津市の東部が郡域。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ