第2話 転生。そして直訴
永禄11年(1568年)2月 上総国望陀郡 久留里城
「この子はほとんど泣かないのう」
「でも、何かしてほしいことがあれば、手を叩いたり、指をさしたりできるのです」
「誠か!? 何と聡い子じゃ!!」
どうやら私は生まれ変わったらしい。ただ、驚いたことに……
「流石は八幡太郎義家公に連なる里見の子じゃ!」
「ええ、八幡太郎義家公に連なる足利の子でございますれば!」
「「ははははははは」」
「いや、この子は天下に名をとどろかす名将になるぞ!」
「ええ、誠に。
健やかに育つのですよ。梅王丸。」
今生も私は里見左馬頭義弘が子『梅王丸』として生まれたらしい。
……ということは、『生まれ変わった』というより『戻った』のか?
『生まれ変わることができたなら、きっと義頼めを滅ぼしてくれん』とは思うていたが、もう一度やり直すことができるのなら尚良い。早く父上にあやつの悪行をお伝えせねば……! いや、今ならばまだ岱叟院(※里見義堯)様もご存命のはず。念には念を入れて岱叟院様にもお伝えしよう!!
義頼め、見ておれ!貴様の野望必ず砕いて見せようぞ!!
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と、思ってはみたものの、すぐ眠くなるし、腹も減る。ろくに動けないし、何よりしゃべれない。大小便も我慢ができん。武士たるもの簡単に泣いてはいかんと思い、泣くのをこらえてはみたが、臭いがする『大』の方は兎も角、小は誰にも気付いて貰えず、股がかぶれてしまった。仕方がないので少しだけ泣く。することもないからどうにか早く動けるようにと、寝返りをする稽古をしていたら、うつぶせで息ができなくなってしまった。せっかく生き返ったのに、もう一度死んだらどうする!! 以後、誰もいないところで何かするのは止めた。ええい!ももどかしい!!
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永禄13年(1570年)、3歳になったころ、やっと舌がまわるようになって、話ができるようになった。
「ちちうえ、おはなししたきぎがございます」
「なんと!『おはなししたきぎ』とは!! 梅王丸は賢いな!流石はわしの子じゃ!! 何でも話すが良いぞ」
「よしよりめを、うってくださいませ。そして、ははうえや、もものかたきをとってくださいませ」
「梅王丸。大丈夫じゃ。そのような悪党、すぐに懲らしめてくれようぞ」
「ちちうえ、ありがとうございます。これでまくらをたかくしてねむれるというものです」
「お、おう、さようか。う、梅王丸、それではの」
父上が約束してくださったので、安心していたのだが、夜、厠へ立った帰りに、父上と母上の部屋の前を通りかかったときだ。そこから聞こえてきた会話に、私は驚き、立ち止まり、聞き入ってしまった。
「奥よ、梅王丸はだいぶ賢いのう。行く末が楽しみじゃ」
「ほほほほほ。私たちの子でございますもの」
「ただのう、賢いとはいっても、まだ幼子じゃ。怖い夢を見ることがあるらしい。ついこの間も、真剣な顔でわしの所へやってきて、母と『もも』の敵、『よしより』を討てと、頼まれてしまったぞ」
「まあ。大変。それで、殿は何とお返事なさったのでございますか?」
「『そんな悪党、わしにかかればすぐ懲らしめてやる』と話しておいたわ」
「ほほほほ。心強いこと。それにしても『よしより』とはどこの者でございましょう?」
「さあなぁ、人の名前のようではあるが、近隣の国人、伊勢めや、管領の配下の主立った者にも『よしより』と申す者はおらんし、わしにはわからん。おおかた、夢にでも出てきた物の怪か何かのことであろう」
「ところで殿?」
「なんじゃ。怖い顔をして?」
「『もも』とは? どこの娘のことでございましょうや? まさか、私に隠れて妾を……!?
まさか!どこぞに隠し子がいるのでございますか!!」
「し、知らぬ!」
「……殿。今なら怒りませんから正直におっしゃいませ」
「ほ、本当に知らぬのだ!」
「な、なぜだ。なぜ正直に言うたのに、怖い顔で近寄ってくるのだ!?」
「そ、そうだ!梅王丸に聞いてくれ」
(父上も母上も『義頼』を知らない?それだけでなく『桃』も知らないだと!? 今生は何が起こっっているのだ!?)
あまりの内容に気が動転し、へたり込んでいた私の前でスーッと襖が開き、能面のような顔をした母上が現れた(※このときは厠の後で良かったと心底思った)。
母上は、私を見つけると、口元に笑みを浮かべ、それでいて全く笑っていない目で私に話しかけてきた。
「……梅王丸や。父、母の話を聞いていましたか?」
「は、はい」
「ときに梅王丸。『もも』とは誰のことじゃ?この母に教えてたもれ」
「ははうえ!『もも』は、わたくしのいもうとではございませんか!!」
「なっ!!」
「……ほう、『妹』とな!? 『妹』ということは、『もも』はそなたの父上の娘ということで相違ないな?」
「いもうとなのですからあたりまえでございましょう!?」
「……殿。梅王丸はこのように申しておりますが」
「な、何かの間違いじゃ!! う、梅王丸! 嘘だといってくれ!
よ、よせ!! 奥。は、話せばわかる!ぐわぁぁぁ……」
「あっ!」
母上が父上の首を絞めるのを見ながら、はたと気が付いた。私はまだ3歳。妹の『桃』が、生まれるのは大分未来のことだということに。そして、敵である『義頼』は、まだ『義継』と名乗っていたことに。
父を絞め落とそうとする母を止めながら、2人にどのように説明しようか私は悩むのであった。
久留里城
千葉県君津市久留里にあった城。別名『雨城』。里見義堯が上総攻略の拠点として本城とした。江戸期にも使用された。
望陀郡
上総国中南部にあった郡。だいたい現在の木更津市と袖ヶ浦市の全域、君津市の東部が郡域。