第17話 面会。そして間者
天正4年(1576年)3月 相模国 西郡(※足柄下郡) 小田原城
「お初にお目にかかります。北条氏政様。里見梅王丸と申します」
「梅王丸殿。北条左京大夫氏政じゃ。既に聞いているかもしれんが、梅王丸殿は、しばらく当家に滞在することになる。逗留中は、我が家と思ってお過ごしなされよ。さて、梅王丸殿、さしあたって何か話しておきたいことはござるかな?」
「されば、まず御礼を。
此度は『坂東の平穏のため』と、当家より行った和睦の申し出をお受けいただき、ありがたく存じます。当主里見義弘、義父里見義継に成り代わり、厚く御礼申し上げます。
その上、左京大夫様のご息女との婚儀のお話もいただき、大変光栄に存じます。
新田・足利の血を引く源氏の名門里見家と、坂東八平氏に連なる平氏の名門北条家の婚儀。『坂東の平穏のため』、誠にめでたいことでございます。
また、逗留中は、天下に名高い北条家の善政を目の当たりにできると、前々から楽しみにしておりました。友誼を頂戴したばかりなのに、色々とご面倒をおかけすることも多いと存じますが、よろしくお願い申し上げます」
「ご丁寧な挨拶、誠に痛み入る。里見家との和睦は、亡き父氏康以来の当家の悲願。それだけでもこの上ない喜びであるのに、梅王丸殿という素晴らしい婿殿を得られた。有り難きことじゃ。
今後も何か困ったことがあれば、遠慮なく申されよ。」
「重ね重ねのお心遣い、ありがとうございます」
「ところで梅王丸殿。鶴には会うていかれるか?」
「よろしいのですか! ……しかし、このことを姫はご存じなのでございますか?」
「いや、来ることは話してあるが、今日顔合わせをする話はしておらぬが……」
「それならば、明日以降でお願いいたします」
「なぜじゃな?」
「鶴殿は素晴らしい姫君と聞き及んでおります。私としては、一刻も早くお目にかかりたいのですが、『いきなり』と、なりますと、姫も驚かれましょう。
鶴殿は、これから長い時をともに暮らすお方。無理を通して、最初から嫌われたくはございませんゆえ」
「娘への心遣い。誠に痛み入る」
「私はしばらく小田原で暮らすのでございますから、今後、機会はいくらでもございます。ぜひ良き日に、顔合わせの機会をお作りくださいませ」
「あいわかった。長旅に梅王丸殿も疲れたであろう。今日はごゆるりと休まれよ」
「は! 今後ともよろしくお願いいたします」
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その夜 小田原城内 客室
「と、いうことでございます」
「なるほどな、ま、これで密かに殺されることはなくなったようだな」
私は風間隼人正から日中の茶室の密談について報告を受けていた。
なぜ風間が、私に報告をしているのか。
話は数年前に遡る。
私が供を連れて佐貫城下を歩いていると、前から見知った顔をした町人が歩いてくる。その顔というのが、どう見ても、前世で鶴の近侍をしていた風間隼人正だったので、家臣に命じて捕らえさせたのだ。
縛り上げて番屋へ運び込み、前世で聞いていた話をしながら、カマをかけたところ、やはり風間は北条の忍びであった。
そのまま打ち首にしても良かったのだが、ダメで元々と交渉してみたところ、北条の忍びのふりをして、里見のために働くことで話がついた。
どうやら、北条家はずいぶん人使いが荒いらしい。「士分に取り立て、領地も与える」と言ったら、目を丸くして驚き、喜んで寝返った。
今では、北条方の忍びの約2割が、裏で里見に仕えておる。
そんなわけで氏政の警護役にも協力者がいるため、密談も全てこちらに筒抜けである。
ちなみに、今回の対面で、氏政は私の受け答えに、ずいぶんと衝撃を受けたらしい。
早速、善後策を練るため、対里見担当の氏規と、ご意見番である幻庵宗哲(※北条幻庵)を呼んで密談を行ったそうだ。
そこで氏政は暗殺を案として出したのだが、他の両者から止められた。
氏規は義弘と為頼様の怒りを、幻庵宗哲は、里見家の後継が逆に盤石になることを持ち出して止めたそうな。
今手の内にいるからと言って、私を死なせでもしたら、和睦などたちまち破綻する。
そんなことは少し考えればわかりそうなものだが……。
氏政は、思ったよりも底が浅いのではないか? 少なくても、つきあい方は考えねばならぬ。
それにしても、ヤツはずいぶん暗殺が好きなようだ。
婿になるとは言え所詮は他人。いつ寝首をかかれるかわかったものではない。油断はせぬようにしなければな。
「それで、若。その後ですが、北条の一族が集められまして、若についての方針を伝えられておりました」
「ほう。それはどのようなものじゃ?」
「『大切な客であり姫の婿になる男であるから、決して粗略に扱ってはならない。人質だからと見下すようなことは、絶対にあってはならない』とのことでございます」
「ふむ。容易に殺せぬとみて、取り込みにかかったな。隼人、北条一門の連中、様子はいかがであった?」
「氏直様は、あまりにも他の人質と扱いが違うことを疑問に持った様子でしたが、氏規様、宗哲様から説明を受けて、納得されたご様子。他の一門の方々も同様であると感じました」
「よくわかった。隼人、大儀であった! 割り符を持て」
私は、功績を付けるため、隼人に割り符を出させ、文箱の片割れと照合する。
「お、この働きで、金5枚になったの。隼人いかがする?」
「いましばらく、付けておいてくだされ」
「わかった! それにしても隼人はよく働く。この勢いで働けば、すぐに数村を束ねる領主になりそうじゃ」
「お褒めにあずかり恐悦にございます」
「うむ、またよろしく頼むぞ」
「は!」
本来なら報酬はすぐに与える必要があるが、いきなり羽振りが良くなれば疑われる。そこで、このような回りくどい方法をとっているのだ。
金品がほしければ、北条家から報酬が出たと同時に里見家からも与える。報酬を使わずに貯めておいて、後で領地を与えても構わない。領地を得た後も、今の『仕事』を続けても良いし、『仕事』中に死んだことにして、普通の武士になることも良い。そんな約束で働かせている。
最初は拷問にかけて、必要な情報を抜いたら普通に殺す予定だった。
ところが、痛めつける前に、前世で聞き知った情報を小出しにしながら尋問したら、簡単に観念して、驚くほどペラペラとしゃべることしゃべること。
あまりにも忠誠心が低いので、不思議に思って聞くと、北条家では、忍びの者の地位は低く、彼らはまともな家臣として扱われていないらしい。
氏綱、氏康とだんだん扱いが軽くなり、氏政に至っては、金品で貰う報酬も減らされているそうだ。
それならば、試しに寝返らせてみるかと
「里見家なら、働き次第で領地もやるし、最初は北条の内情を教えてくれればいい。里見家からは、知られても困らない情報を教えるから、それを持ち帰れば、報酬の二重取りもできるぞ」
と、唆したら、二つ返事で『 転ん』だ。
「裏切るとは思わないのか?」
と、聞くから、
「裏切ったらお前の似顔絵を諸国にばらまくだけだ」
と、言ったら、
「童のくせに、とんでもなくえげつないことをなさる」
と、顔が引きつっていたっけ。
それにしても、北条家では、忍びの者の地位は低すぎるのではないか。
例えば、父上が散々にやられた国府台合戦の話を聞くと、北条の勝利には忍びの力が大きく関わっていたように思うのだが……。
そんな重要な働きを担う忍びを、なぜこれほど軽く扱っているのか理解に苦しむ。でも、つけ込む隙があるなら、いくらでもつけ込んでやろう。
なお、雇用にあたって、里見家では、そもそも最初から忍びなど存在しなかったため、地位が高いも低いもなかったのが幸いした。
他国者ということで、警戒されるかとも考えたが、父上に、
「面白い男を見つけたので私の家来にしたい」
と、言ったら、すぐに認めてもらえた。それはそれで、あまりにも警戒心がなさ過ぎて拙い気がするが……。
ただ、隼人が家臣に加わったおかげで、国内に潜んでいた北条の忍びを芋づる式に発見することができた。
発見した忍びは、一人ずつ捕らえ、身元が完全に割れていることを話し、寝返りを誘う。だいたい7割はこの手で寝返らせることができた。
残りの3割?
拷問して処刑したさ!
そうすれば、北条もしくじったことはわかる。情報が漏れているのに気付いても、そいつらがしくじったせいだと思うだろう。
それだけじゃない。寝返った連中には、流してもいい情報はきちんと伝えているから、諜報網も働いているようにみえる。新たに諜報網を作られることがないから、情報も抜き放題というわけだ!
この手は想像以上に上手くいった。報告のため小田原に戻った隼人は、正確な情報をつかんできたことを大変賞賛されたそうな。その上、こともあろうに「役立たずが捕まって死んでくれて、報酬を払わずすんで大助かりだ」とまで言ったらしい。
戻ってきた隼人は
「北条がここまで馬鹿でケチくさいとは思いませんでした。里見家に付いて本当に良かったです。寝返った俺が言うのも何ですが、死んだ連中ほど忠誠心に厚いやつらだったんですけどね。あいつら本当に浮かばれませんや」
と、言っていたっけ。
仕掛けたのは私の手柄だが、全く意図しない形で北条が自ら墓穴を掘ってくれた。
ここまで上手くいくと何か怖い気もするが、これで、暗殺の危険はだいぶ遠のいたと言って良いだろう。
幻庵宗哲
北条早雲(伊勢宗瑞)の末子。北条幻庵の名で知られる。北条氏5代にわたって仕えた人物。幼くして僧籍に入り、のち箱根権現社別当となる(※僧籍にありながら4人子どもがいたが、全員に先立たれた)。非常に長命だったことで知られ、小田原征伐直前まで存命だった。
天下に名高い北条家の善政
北条氏の本領では税制は4公6民であり、これは全国のどこの大名家よりも安かった。平和な江戸時代でも7公3民の税率をとる大名家があったことを考えると、その精神は驚嘆に値する。




