開始
一ヶ月の時が経ち僕たちは大会当日を迎えた。その頃には悟は三番バッターを任されるほど上達していた。四番バッターの猛さんより打てているように僕は見えた。初戦は甲子園常連校とまでは行かなくとも、優勝候補に喰ってかかれるレベルの学校と当たった。僕たちは緊張した面持ちで整列する。
「久しぶりだな、猛。お前がピッチャーやるのか?」
相手の選手が話しかけてきた。そういえば猛さんが中学時代同じチームだった人がいると言っていた。つまり強豪校にいた人だ。
「久しぶり……俺はやらないよ。ここにいる大樹君がやるよ。すごい魔球カーブが投げられるんだ。」
久しぶりの旧友との感動の再会とは程遠い雰囲気があった。どこか溢れ出してしまいそうなものに、必死に蓋をするような感じが。
「お手柔らかにお願いします。」
僕は頭を搔きながら言った。
「プレイボール!」
球審から試合開始の掛け声がかかる。ジャンケンで負けた僕たちは守りから始まった。学校で練習している時は力を使って魔球カーブを投げることが出来た。また、一ヶ月の練習が身に付き、ストライクゾーンに投げることが出来るように成長していた。しかし、他校との練習試合では魔球カーブを投げることが出来なかった。どんなに念じてもお菓子売り場の子供のように微動だにしないのである。今日も力は使えないかもしれない。そんな不安が頭の中で洗濯機のように回り続けていた。しかし、そんな不安とは裏腹に一回の表は、魔球カーブが炸裂し続け、三者凡退で抑えることが出来た。
「ナイスピッチ!」
チームメイトから割れんばかりの祝福の言葉を貰う。まだ一回の表だということを忘れてしまう位に盛り上がる。しかし、そんな盛り上がりもすぐに相手ピッチャーの投球練習で静まり返る。
『バチン。』
ボールの捕球音が球場に響き渡る。さすが優勝候補喰らいの学校である。瞬きした時にはすでにミットにボールが納まっている。こんなボールが当たったら死んでしまうのではないかと心配になる。一番打者は、元陸上部で五十メートル五秒台という記録を持っている高校三年生の田中さんである。高校二年生の時に野球部に入ってきたらしい。ヒッティングが難しいと分かるとセイフティーバントに切り替えるが、バットに当てることも出来ずに三振に倒れる。二番打者の松村さんも同じ結果に終わる。悟の番が回ってきた。一球目からインコース高めと攻めの姿勢で投げ込んでくる。格下相手でも手を抜いてくれないようだ。悟も食いかかっていき、前にボールを飛ばすもセカンドゴロに倒れた。その後も一点を争う均衡した試合が繰り広げられ続けた。先に均衡を崩したのは相手チームであった。五回の表、僕の球は見切られ始め、三点取られてしまった。しかし、球に慣れてきたのは相手チームだけではなかった。
『カキーン。』
なんと悟がホームランを放ったのだ。
「いいぞ、悟!」
皆が歓喜の声を上げている中、猛さんは何処か浮かばれない面持ちであった......