目覚め
『リリリリリリ......』
何か夢を見ていた気がするが思い出せない。夢ってどうして思い出せないのだろう。夢を映像化する機械を発明したらお札の顔になれるだろう。隣の家の人も起こしてしまうのではないのかと思うほど大きな音の目覚まし時計で、僕は目覚める。僕より早起きな目覚まし時計を止めると、僕は眠ったままの身体に活を入れ、ダイニングに向かう。キッチンでは、母が包丁で心地よいリズムを奏で、朝食の準備をしていた。
「おはよう。あんた、今日の星座占い最下位だったわよ。」
母はこちらを見ずに話しかけてきた。朝っぱらからなぜ奈落に突き落とすようなことを言うのだ。獅子の子落としとは言うが、こういうことではないであろう。まるで足枷を付けられた気分だ。今時、囚人にもこんな仕打ちはしない。せいぜい僕が犯した罪と言えば、自販機に落ちていた百円玉を交番に届けずに、自分の物にしたことくらいである。そんな不満を巡らせながら朝食を食べ、身支度を済ませた。僕は自転車に跨ると、学校に向けて風を切り始めた。ここで自己紹介をしよう。僕は高校二年生の西郷大樹。母親と二人暮しである。以前、母に父親のことを聞いたことがある。しかし、覚えていないと言われた。なので、相当酷い父親だったのだと思う。僕のプロフィールはこんなものである。僕が今朝星座占いを気にしていたのには訳がある。実は僕には超......
『バシャーン。』
僕は気がつくと自転車と仲良く用水路にはまっていた。そういえば今朝、母に水に注意って言われていた。テスト一週間前の授業と、星座占いはしっかり聞くべきである。その当たる星座占い教えて欲しい? 違う。星座占いが当たったのではない。僕が叶えたのだ。僕には強く念じるとそれが現実のものとなるという超能力を持ち合わせているのだ。強く思うと現実のものとなると言ったが、空を飛べたり、火を出せたりはしないので、そんなファンタジーな力ではない。商店街の福引で一等を出すといった退屈な日常に少し華を添えてくれるようなことが出来る程度である。まあ、百発百中というわけではないが......。上手くいく時と失敗する時の仕組みはまだ分かっていない。
「いつから水泳通学に変えたんだ。」
見上げると笑いながら手を差し伸べるクラスメイトの斎藤悟の姿があった。悟は幼稚園から高校まで一緒の腐れ縁である。悟は美男子、運動神経抜群、頭脳明晰の三拍子揃ったクラスの人気者である。非の打ち所がないという言葉の代名詞のような奴だ。そんな悟に嫉妬して授業中に恥をかかせようと念じたことがある。しかし上手くいかなかった。それどころか、力を込めて念じていたせいで大きなおならをしてしまった。そのため、一時期ブー樹と言う名誉なあだ名を付けられてしまった。超能力を用いても悟に負けるのか......。
「また、星座占い散々だったのか? 考えなければいいだろ。」
悟は僕を引き上げながら皮肉交じりに尋ねてきた。悟は僕の超能力のことを知っている。僕だって嫌なことは出来れば念じたくない。しかし、好きな子に振られたのを忘れようとすればするほど考えてしまうのと同じ原理で、悪いことは強く念じてしまう。そのためか、悪いことはよく起こる。二人で自転車を引き上げると、冷たい風と視線を浴びながら学校へ向かい自転車を走らせた。
――「おはよう。大丈夫?」
心配混じりの声で話しかけてきたのは内藤香澄。とても可愛らしい顔をしていてクラスのマドンナである。クラスの男子の大半が想い焦がれている。僕もその中の一人であり、密かに想いを寄せている。内藤さんには超能力のことについては話していない。なんで話していないのかというと中二病だと思われたくないからである。僕だって常識人である。この世の中に異世界転生や魔法がないこと、超能力をもっていると話したら距離を取られてしまうことは分かっている。以前、母に超能力があると話したことがある。すると母は自分を責め、片親のせいで人生で拾うべきピースを拾い忘れて成長してしまったのではないかと、とても心配をかけてしまった。なので、それ以降西郷家では超能力の話はタブーになった。つまり、超能力を知っているのは悟だけである。でも確かに僕の力は本物である。だからといって恋を成就させるために力は使わない。それが僕のポリシー。三人で他愛もない会話をしていると一日の始まりを告げる予鈴がクラスに響いた。