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劉封の夢想

作者: 胡姫

――愛したこともないくせに。

そんな風に思ってしまう自分に今日も自己嫌悪がひどい。

父の屈託のない笑顔を俺はずっと疑いの目で見ていた。笑顔の下を探っていた。俺に向けられる優しい言葉や慈愛は本当に本心なのか。どうして俺を養子にしたのか分からなかったから。父に実子が生まれてからは特に。

父の前では笑顔を作るのに慣れてしまった。素直でいい兄である長子の劉封。それが俺の役割だから。

「封は素直でいい子だ。禅を可愛がってくれて私も嬉しい」

俺が禅を可愛がると父は機嫌がいい。他家でお家争いを嫌というほど見てきたからだろう。苦労人の父には子が少ない。だから余計、家族に対する思い入れが強いように見える。小さな禅をとても大切にしている。平等に見えるけれどたぶん俺よりもずっと。

「禅、兄は優しいか?」

「はい!」

小さな禅は俺の屈託など何も知らず元気いっぱいに返事をする。本当に知らないのか気づかないふりをしているのかは分からないが禅は無邪気だ。ただ俺の目には、禅は年よりも大人びたところがあるように見える。でも父には言わない。父は無邪気な禅がお好きだから。

俺は父を仰ぎ見た。眩しい。父、劉備玄徳は姿も声も良い。領民から慕われるよき領主で稀代の英雄と評判が高い父を、俺は心から敬愛していた。

俺は本当にこの父と血が繋がっていないのだろうか。

俺は長沙寇氏の出だ。だが母は後妻で、嫁いだ時既に身重だったという噂がある。真偽のほどは分からない。それなら実父は寇氏ではないかもしれないではないか。母から出生の秘密を聞いたことはないが。

俺は何者なのだろう。

時々こんな夢想をする。母は昔劉備殿に嫁いでいて俺はその忘れ形見。実は本当に親子だったのだと。身重の母は戦乱の内に劉備軍とはぐれて長沙に流れてきた、だから父は俺を見てすぐに引き取ったのだ……

馬鹿な夢想。儚い夢だ。でもそんな夢を見たっていいじゃないか。

父から優しい笑顔を向けられるたびに「実子でもないのに」と思ってしまう自分が嫌だから。


「封公子。父君からです」

使者が恭しく運んできた毒杯を見るまで、俺はどこか一縷の望みをつないでいた。どんな罪を犯しても、父は許してくれるのではないかと。

関羽将軍が死んで、父の怒りは援軍を出さなかった俺と孟達に向けられた。義兄弟を失った父の怒りは凄まじかった。身の危険を感じた孟達は俺と反目した挙句、あろうことか魏に亡命した。俺もそうするよう再三勧められたが、拒否した。俺は劉備玄徳の子だから。

もし許してくれたら、俺は父の、本当の子かもしれないから。

父のために精一杯力を尽くした。認められたくて。愛されたくて。そんな俺に死を賜るはずがない。本当の親子であれば尚更。

俺の前で、杯に注がれた液体がきらりと反射した。やつれた俺の蓬髪が映っている。

「そうか。…そうだよな」

俺は笑った。笑いながら毒杯をあおった。


俺は愛されたかっただけなのかもしれない。

夢は覚めた。

覚めない夢はない。




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