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寂しいから、一緒になりたい

 「森さん、私達と一緒に行かない?」

 

 そう誘われた。

 三谷さんだ。わたしを誘ったのは彼女一人だったけれど、彼女の背後には彼女の“仲良しグループ”のたくさんの女の子達がいて、わたしはそんな彼女達の視線に気圧されてしまう。

 集団行動は苦手だ。

 「……でも、わたしなんかで良いのかな?」

 怯えているのを隠さないで、と言うよりも、むしろそれをアピールしてわたしはそう訊いた。

 本当は断りたかったのだ。

 本心が伝わってくれる事を願ったのだけど、彼女はにっこりと笑って、

 「あら? 気にする事ないのよ? 私があなたと一緒にいたいのだもの」

 などと言う。

 やっぱり伝わってくれなかった。

 彼女の“仲良しグループ”の女の子達は、それに同調して一斉に頷く。

 “気持ち悪い”

 わたしはそれを見てそう思ってしまった。ただ三谷さんはそんなわたしの心持なんてまるで見抜けなかったらしく、微笑みを浮かべて首を傾げた。

 「行きましょう」

 優しそうに微笑んでいたのに、わたしにはそれがとても冷たく感じた。抗えず、「うん」とわたしは返す。すると、彼女は嬉しそうな顔を浮かべた。

 多分、本当に喜んでいる。

 でも……、

 

 彼女、三谷楓は何処か神秘的な美しさがある女生徒で、高校に入学したばかりの頃からクラスの中心だった。特に女生徒の間で人気が高く、いつの間にか彼女を中心とする仲良しグループが出来上がっていた。わたしは集団が苦手だから、それに参加できなかった…… いや、しなかったのかもしれない。無意識の内に彼女達に関わるのを避けていたように思う。

 独りの方が落ち着く。

 わたしはきっとそんな性質なのだ。

 ところがだ。

 そんなわたしを、三谷楓は許してはくれなかったのだ。

 「ねぇ、一緒に行きましょうよ」

 「図書室で課題をやるのでしょう? 皆で協力しましょう」

 「トイレに行くのだったら、わたしも付いて行くわ」

 教室で独りになろうとしているわたしを彼女はしつこく誘って来る。

 教室内の女生徒で彼女と関りがないのは、多分もうわたしくらいで、わたしなんかがいなくても、彼女は何も困らないはずなのに、何故か。

 

 「一人が良いのになぁ」

 

 思わずそうこぼしてしまう。

 

 ある日、わたしは放課後の遅い時間まで学校の図書室に残っていた。特に予定があった訳ではない。三谷さん達が放課後に買い物に行く約束をしているのが耳に入ったから、巻き込まれないように「図書室に用があるの」と言って逃げていたのだ。

 ただ、ほんの暇潰しのつもりで読み始めた本に嵌ってしまい、気が付いたら辺りは薄暗くなっていた。

 “しまった”と思ったが、三谷さんの誘いを躱すにはちょうど良かったかもしれない。

 それにしても不可解だ。

 彼女はどうしてわたしになんか拘るのだろう?

 三谷楓は既に女生徒達のカリスマ的な存在になっている。今日だって、彼女が「買い物に行きたい」と言ったら、誰もそれに逆らわなかった。きっと彼女の言う事になら、女生徒達は大体頷くだろう。

 宗教的心理とか、同調圧力とか、色々と言葉はあるけれど、彼女はそういうものを操って皆を思い通りにしているように思える。わたしには多分“それ”が合わないのだ。

 わたしは本を棚に戻すと「早く帰らないと」と教室に置いて来たカバンを取りに戻った。ところがだ。教室が近付いて来ると泣き声が聞こえて来るのだった。

 声を引きつらせた悲壮な声で、それはどうやら教室の中から聞こえて来ているように思えた。わたしは不気味さを覚えつつも、そっと教室を覗いてみる。すると、三谷さんの席で誰かが机に突っ伏して泣いていた。

 「寂しい…… 寂しい… どうして、みんな、いなくなっちゃうの?」

 その誰かはそう言って泣いていた。

 声は三谷さんにそっくりだった。だけど、彼女であるはずがない。彼女は友達と買い物に行っているはずだし、そもそも放課後の教室で寂しがって独りで泣くはずがない。

 が、近付いてみると、それはどう見ても三谷楓にしか思えないのだった。

 どうしようかと思ったのだけど、わたしは彼女に話しかけた。

 

 「どうしたの? みんなとはぐれちゃったの?」

 

 すると、彼女は物凄い勢いで顔を上げた。

 「森さん!? 嬉しい。あなたがいてくれるだなんて!」

 そして、わたしに両肩を掴んだ。

 「寂しかったの。だって、みんないなくなっちゃうのだもの」

 なんだこれは? 明らかに普通じゃない。

 彼女の様子に戸惑いながら、わたしは尋ねる。

 「みんなは何処に? 確か一緒に買い物に行ったはずよね?」

 彼女はそれに首を傾げる。

 「“みんな”? みんなは一緒にいるわよ?」

 わたしはそんな彼女を不気味に感じた。言っている事も変だけど、態度が妙に子供っぽい。まるで幼稚園児と話しているみたいだ。

 「“一緒にいる”って、いないわよね? どこにも」

 「そう。いなくなっちゃったの」

 「どこに?」

 「分からない。一緒になったら、いなくなっちゃったの」

 さっぱり要領を得ない。

 わたしは首を傾げた。

 それから三谷さんは「森さんは一緒になってくれる?」と尋ねて来た。なんだか分からないが、今の彼女は変だ。放ってはおけない。

 「分かったわ。一緒にいてあげる」

 それを聞くと彼女は喜んだ。

 「嬉しい!」

 彼女は相変わらずにわたしの両肩を掴んでいたのだけど、その掴む力を急に強くした。そして、

 「それじゃ、一緒になてぇぇ」

 わたしの方に口を向けたかと思うと、口を、顎を、大きく大きく開けたのだった。それは巨大に広がって、わたしを一呑みにしてしまう。

 

 なにこれ?

 

 目の前が真っ暗になった。

 何がなんだか訳が分からない。真っ暗な中に声が聞こえた。

 

 『みんな、わたしと一緒になってくれたの。でも、一緒になったらいなくなっちゃったの。森さんは、森さんなら、きっと一緒になってもいなくならないって思って……』

 

 訳が分からなかった。分からなかったけれど、それでもここが“彼女の世界”なのだとは分かった。

 声は続けた。

 『今度からは森さんも一緒に来てね。教室を移動するのも一緒、遊びに行くのも一緒、気が早いかもだけど、大学だって一緒の所にしましょう!』

 辺りを見渡す。

 少しずつ分かって来た。彼女の言うように、確かに他の皆は一緒にいるんだ。だけど、これは……、

 わたしは彼女にこう問いかける。

 「あなたは一緒にいたいから、こうしてみんなを食べてしまったの?」

 『そう。とっても寂しいから一緒にいたいと思って。でも、そうしたら、みんな、いなくなっちゃったの』

 わたしは頷く。

 「それはそうよ……」

 『なに?』

 「自分の言う事をなんでも聞く。何を言っても逆らわない。そんな存在が他人だと言えるの? いいえ、そんなのは他人なんかじゃない。それはあなたの一部でしかない!

 あなたは皆を支配して、自ら独りぼっちになっているのよ!

 良い? 他人っていうのはもっとずっと煩わしいものよ! 好みが違う、感じ方が違う、考え方が違う。だから我を張って争いもする! 

 でもね、その煩わしさを嫌がって、皆を支配してしまったなら、それはもう“他人”じゃないの!

 あなたはそれで本当の意味で“孤独”になっているのよ。わたしも教室で独りだけど、あなたよりは随分とマシだわ!」

 

 わたしがそう叫ぶと、空気が変わったように思えた。

 「そうよ」と、声が聞こえる。

 「みんな、私の言う事を聞く。逆らわない。自分の意見を言わない。だから他人じゃない。他人じゃないから、一緒にいても寂しいだけ。

 でも、あなたは違った。私の思った通りにならない。だから一緒にいたいと思った。けれど、私の言う通りにならないと怖いの。だから支配したい。支配したいけど、支配してしまったなら、私はまた独りになってしまう。

 私は…… 私は一体どうすれば良いの?」

 わたしはそんな彼女の訴えを聞いて大きく溜息をついた。

 そして、

 「そんなの分かるはずがないじゃない。わたし、人間関係が苦手なんだから」

 そう言ってから、なんだか笑ってしまった。

 

 気が付くと、わたしは教室にいた。三谷さんの机の前だ。暗い中で独り切りだった。

 

 “きっと、彼女もこんな暗い中にいるのだろうな、いや、もっと暗い場所にいるのかも”

 

 そして、そんな風にわたしは思った。

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