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1. パリ・セーヌ左岸

 ユネスコ代表部参事官の普段の仕事は単調である。英語を時々使うことを除けば、霞ヶ関の中央省庁の官僚と変わらない。本国の外務本省から公電という通信システムで送付されてくるユネスコや他の加盟国の代表部への様々な伝達事項について、案件の性格に応じて、書簡や口上書という文書を作成して送付したり、アポイントメントを取って訪問して口頭で伝達したり、時には簡便に関係者に電話をしたりして処理をするのである。調査を指示された事項について、関係者から聴取したりもする。他に席次が下の書記官や現地職員などに指示を出して組織的に対応する仕事もあるが、いずれによ、中央省庁の仕事を英語にしただけの様な仕事であり、外務本省から出先である代表部への指示として明確な期限を付されているので、期限内の処理に気をつければ良いだけである。南町参事官は、パリへの赴任前、東京の国土交通省本省の室長として、観光業界振興の将来戦略を検討する重要任務を担っていたので、本省からの指示を淡々と実施する立場になり、政策的視野と裁量の小さい立場になったことを少し寂しく思った。しかし、学生時代に2週間ほど滞在した時には、居を構えて働くことなど思いもよらなかった都市に住んでいるのだと思い直したのである。

 日本代表部の事務所はユネスコから200メートルほどの距離にあり、スフレンヌ通りに面した大きなビルの4階であった。南町参事官はそこで個室というほどではないが、事務室の中で大きな仕切り板で区切られたスペースを与えられていた。日本の中央省庁の通例どおり、少しだけ大きな机を与えられてはいたが、大部屋に他の職員とともに机を並べて働いていたのとは大きな違いである。代表部の事務所は17時には受付が閉鎖され、現地職員はその時間ちょうどに事務所を出てしまう。これがフランス流の働き方である。そして18時には外交官身分の本国からの職員の勤務時間も終わる。忙しければこの後残業となるが、8月末はまだバカンスモードが残っており、他の職員もコンピューターや書類ファイルを片付け、三々五々に帰宅している。まだ水曜日であるが、南町も「今夜はパリを楽しもう」とばかりに事務所を出たのである。


 パリのメトロ10番線はブーローニュの森の南にあるブーローニュ・ポン・ド・サンクルーとパリの東側にあるオステルリッツ駅を結ぶ地下鉄であるが、日本政府代表部にほど近いラ・モット・ピケ・グルネル駅を通ることから南町には便利であった。地下鉄のホームに滑り込み、オステルリッツ駅方面行きの電車に乗って6駅乗るとオデオン駅である。今日の目的地はサン・ジェルマン・デプレ教会の近くなので、一つ手前の駅の方が近かったが、学生時代に遊んだ街を歩きたかったのである。地上に上がると、セーヌ左岸の中で一番の盛り場に出た。サン・ジェルマン大通りの北側にメゾン・ジョルジュ・ラルニコルMOFというブルターニュ菓子とチョコレートの店がある。クイニーアマンがなかなか美味しいのであるが、今日は立ち寄らずにその横のコメルス・サンタンドレ広場とい名のパッサージュに入る。パリの古い市街には、時々、ナポレオン3世の下でオスマン知事が行ったパリ改造を生き抜いた古い路地が街区を横切るパッサージュとして残っている。フランス革命当時、店内に集っていたラファイエット、ロベスピエール、フランクリン等の肖像画が窓に飾られているカフェ・プロコープはこのパッサージュを象徴する店でああろう。パッサージュを抜けて通りを左に曲がり、五叉路を過ぎて行くと左側には花に囲まれたカフェがあった。すのまま歩いて行くと、高級な洗練されたものから下町風のものまで様々なカフェが並んでいたが、時折、スーパーマーケット、八百屋、魚屋等もあった。学生や仕事を上った人々がそぞろ歩きしており、なかなかの賑わいである。そのまま進んでサン・ジェルマン大通りに戻ると、西に歩いていく。ラム酒専門のバーなどを右手に見つつ進んでいくと、サン・ジェルマン教会が見えてくる。パリがまだシテ島を中心とした小都市だった頃、パリ近郊を含むイル・ド・フランス地方のかなりの部分を領有していた歴史ある教会である。

 教会の前の広場を渡ると目的地が見えてきた。サン・ジェルマン・デプレ教会の前のカフェといえば、教会の目の前のドゥ・マーゴ、その隣のカフェ・ド・フロール、そして大通りを隔ててそれらのむかいにあるアルマーニ・カフェを加えた三軒がセーヌ左岸の社交場として有名であるが、今日はカフェ・ド・フロールで夕食前のアペロを楽しむつもりであった。

 夏のパリは夜7時ではまだ夕日が射しており、少し暑く、明るい。通りに面したテラスの席に座り、フランスのビール、クロンネンブールを注文する。注文を受けたのは日本人の男であった。日本人であると気付かず、英語混じりにフランス語で注文すると、完璧なフランス語で答えるので、最初、南町は日本人とは気付かなかったが、静かに「日本語でも良いのですよ」と言われて気付いたのである。男は、東洋人を決してギャルソンとして採用しなかったこの店が、初めて採用した日本人であり、名は山本哲夫であった。山本は洗練された所作でビールをサーブすると、「これからパリに住まれるのでしたら、いつでもいらしてください。」と言って他の席の方へ移動していった。

 「お隣に座っても良いかしら。」一人でビールを飲んでいると、不意に話しかけられた。数日前に世界遺産センターで会ったばかりのニナ・ライゼであった。断る理由はなく、南町は慌てて小さなテーブルを二つ寄せ、自然な距離で二人で話せる席を作った。ニナ・ライゼは、ドイツの連邦政府外務省の傘下にあるドイツ考古学研究所で古代オリエント建築の専門家として働いていたとこところ、2年前にドイツ政府からユネスコ事務局に派遣され、アジア課長を勤めているのであった。上司がおらず、二人だけの気楽さからか、オフィスで会う時よりもカジュアルな雰囲気で話す。

 「私は、ユネスコに派遣される前はベルリンに住んでいたのだけど、パリには学会などで頻繁に出張したの。この店は、その度に来ていたのだけど、今は時々思い出しに来るだけ。本当に奇遇ね。ここはビールも高いから、普段は仕事の後はユネスコの前のラトリエ・スフレンヌかモット・ピケ通りのカフェ・ル・ピケあたりね。」

 「僕は、代表部にくる前は、国土交通省で都市開発を担当していのだけど、OECDで年に2回ぐらい都市開発の会議があって、その度にパリには来ていた。僕は会議の後は、ドゥ・マーゴとカフェ・ド・フロールと半々ぐらいで来てたよ。」

 二人とも仕事でパリに来る度にサン・ジェルマン・デプレのカフェを訪ねていたことを知り、お互いに距離感が縮まった感じになった。たまたま歴史好きだったことで、南町は世界遺産委員会の前に特別ミッションでニナが訪問したシリアの文化財についてもよく理解できた。シリアは内戦が激化しており、かなり危険なミッションであったはずである。プノンペンでの世界遺産委員会は、内戦の状況を踏まえてシリアの文化遺産を全て危機遺産に認定したところであった。

 「今はシリアに普通には入国できないのだけど、トルコ国境付近だと、シリア政府とトルコ政府の協力を得れば、入れないことはないのよ。それで、戦闘地域に近いのだけど、「シリア北部の古代村落群」という世界遺産の一部になっている『聖シメオン教会』と世界遺産『古代都市アレッポ』のサイトを目指して入国し、なんとかこの2箇所を見ることができたのよ。聖シメオンは、高い柱の上でずっとお祈りを続けた5世紀の聖人なんだけど、死後にその柱を中心に作られた教会は壁しか残っていないのに、柱は残っていたのよ。でも、今回の内乱で柱石がかなり破壊されててしまった。アレッポの旧市街もかなり破壊されていて、スークも焼け落ちてしまったの。」

 ニナは、内戦下のシリアの文化遺産の国際的な監視・保全体制作りのためにかなり頑張ったので、世界遺産委員会でその危機遺産リスト入りを決定し、その決定のフォローアップを終えたところで、少し一休み、という気分だったのである。

 シャルキトリーという生ハム、サラミソーセージ等の盛り合わせの皿をつまみながら、二人とも、ビールパイント・グラスで2杯、マティーニをグラスで2杯は空けた。南町が、少し空の明るさが弱くなってきたので、そろそろ自宅に帰って夕食をと思い、時計を見たらもう10時であった。目があったギャルソンの山本に会計を頼むサインを送ると、キビキビした身のこなしですぐに来てくれた。二人でだいたい同じ枚数の少額紙幣を出し合って、割り勘ということになった。

 ニナはオデオン座の近くに住んでいるとのことで、南町はオデオン駅までは一緒に歩く。この時間、バーやカフェは混雑しており、人通りは多い。オデオン駅の入り口で別れようと立ち止まった時だった。同じタイミングで5メートルほど離れて歩いている中年の男2人が突然立ち止まった。よく見ると、フロールで近くの席に座っていた二人組である。夕食時なのに、酒を飲むのでもなく、食事を摂るのでもなく、ただカフェを飲んでいた。服装も社交場であるフロールに相応しくない郊外の労働者の様な格好であった。そういえば、店を出るタイミングはかなり違うはずなのに、オデオン駅までの道のりの後半は追いついて後ろを歩いていた。屈強な男という感じではないが、ただ遊びに来ているという雰囲気ではない。

 「これは、もしかしたら、どちらかが尾行されているのではないか。」

 そう思いつつも、南町は、自分自身については尾行されるほどの重要人物としての自覚もなかったが、女性のニナのことは少し心配になった。

 「少し酔っているようだから、アパートの入り口まで、お送りするよ。」

 ニナは、そんな心配はないとばかりに、遠慮しようとするが、南町は、翌週に食事会を行うオデオン座の近くのレストランを確認する用事があると言って、ニナと一緒にニナの自宅アパート近くに向かったのである。

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