女との共闘
一足先にレイは魔物に飛び掛かった。
「血の気の多い事だ……」
ミルコフはその後ろ姿を眺めながら、杖を振るう。
「来い、我が下僕よ」
その言葉と同時に、体内の魔力が活性化する。全身が総毛立ち、体が熱くなり、そしてその熱量は更に温度を上げ、マグマの如く灼熱が、体から溢れ出す。
そこから漏れ出た炎の一欠片を、眼前の蜥蜴モドキに投げつけてみる。
「ギィ……!」
並の魔物ならばこれで終わっていた。が、モドキは軽く避けて見せた。その程度かとでも言わんばかりに、舌をちろちろと動かして。勿論、まだ終わりじゃない。
「穿て」
モドキに向けて杖を振るうと、先と同じように炎が生成される。モドキはそんなものが当たるかと、先と同じく身を捩って避けようとした。だが、
「遅い」
熱線が、モドキの体を焼き貫いた。いや、正確には、先の炎とは比にならない、広範囲高火力の炎の塊が、モドキの身を跡形もなく消し飛ばしたのである。
先の一撃を耐えたこいつらは、確かに並の魔物より多少は耐久力があるらしい。だが、肉の一片も残らない程の炎で焼き尽くされてはどうしようも無いようだ。
圧倒的な火力による一方的な蹂躙。一族に伝わるこの魔法こそが、ロードバル家が三大貴族に数えられる所以の一つである。
「はァッ!」
声に釣られて隣を見ると、レイもモドキにトドメを刺したところらしい。拳が直撃した瞬間、凄まじい破裂音と共に、モドキの身体が砕け散った。
「うわぁ……」
ただの突き、蹴りだというのに、まるで大砲でも撃ち込んだかの如く破壊力でもって敵を粉砕していくレイの姿に、ミルコフは少し引いた。
というかあれで殴られてよく気を失うくらいで済んだなと、むしろ自分の防護魔法の優秀さわを再認識する始末だ。
「さて……」
今ので二人に不意打ちを仕掛けようとしていた二体の魔物は倒した。だが、敵の気配は増えている。気配を隠すのが上手いとはいえ、完全に絶ち続けるのは無理な芸当だったらしい。仲間がやられて頭に血でも昇ったか。
「やれやれ、先までは影もなかったのにどこに隠れていたのやら。下がっていろ。後は僕がやる」
「何言ってんのよ! こんな数相手に……」
反駁するレイは無視して、魔力の出力を更に上げた。体の周りで炎は轟轟と燃え盛り、炎の同士がぶつかり、逆巻く。
「動くと死ぬぞ、黙って見ていろ」
そしてその炎を、気配を感じる先々に叩き付けた。
「ギィッ!?」
「ガァァゥ……!」
魔物達の断末魔が洞窟内にこだまし、次から次へと魔物の気配は消えゆく。妙な魔物だと思ったが、気配を隠すのが上手い程度で大したことは無い。薄暗い洞窟は燃え盛る炎に照らされ、明るさが増す毎に魔物の悲鳴が重なり大きくなっていく。燃やし尽くすまで絶えることの無い炎は、悪しき魔物を捉えて離さない。逃亡も、反撃も彼らには許されなかった。
やがて、気配の全ては消滅し、洞窟にはまたも静寂が訪れた。
「すご……」
小さな呟きだったが、それを聞き逃す僕ではない。
「見たか女! これが僕の力だ。強いだろう、僕は! 君よりも!」
「まぁ、確かになかなかやるわね。口だけの性格の悪いお坊ちゃんだと思ってたけれど、見直したわ」
「二言三言多いな君は、もっと素直になれ」
「素直に言ってるわよ」
素っ気なくそう言い切る。
「まぁもうすぐおさらば出来るのだから、多少の無礼は許そう。さ、あと少しだ。さっさと奥まで行って残りを滅ぼすぞ」
「ねぇ、次はあたしに任せなさいよ」
「嫌だ、僕の方が早い」
軽口の応酬を繰り広げながら、早足で最奥部に向かう。今の敵は大した相手ではなかったが、新種の魔物に、初めて見る行動。妙な予感がするのは今も変わらないし、多少は警戒した方がいいというのに、レイは呑気なものだ。
洞窟の最奥部まで来ると、異様な光景が目に入った。岩肌ばかりの洞窟の中に金属製の大扉が現れたのだ。色こそ岩肌と同じ黒だが、自然の中に唐突に現れた人工物の違和感は拭いきれない。
「どうなってる。依頼書にこのことは書いてあったか?」
「いいえ、そんなことは一言も」
「なるほど」
ミルコフは頷いて扉を検分し始める。巨人族でも余裕で入れそうな巨大な扉、というかほぼ門という体裁だ。ただそれが扉であるとは分かるものの、鍵穴等は見付けられない。
多くの冒険者が失踪し、洞窟の中には妙な魔物たちが蔓延っている。そしてこの扉だ。
「この先に何かあるのは間違いない、が……どうやって開けたものか」
「ちょっとどいて!」
声に振り向くと、レイが何故か拳を顔の前に上げ、構えをとっていた。
「ふんっ!」
そして左足を軸足に半回転し、その勢いを乗せた蹴りを扉にあびせる。蹴りを受けた扉は金属音の悲鳴を上げ、洞窟の最奥部へと吹き飛んだ。
「何をやっている!?」
「開いたわよ」
「開いたけども!」
なんという力技だ。確かにミルコフも炎で溶かしてやろうかとか考え始めてはいたが、ここまでの思い切りの良さは発揮出来なかった。蹴りって。
「……華奢な肉体の何処からそんな力が出てるのやら」
「日頃の鍛錬よ」
ふふんと胸を張る。引き締まったいい身体をしてはいるが、正直そこは人並みで、あの超威力の説明としては弱い。
ミルコフのように魔力量が桁外れなのか? そうだとしても、肉弾戦をする意味が分からない。
「何よこっちじっと見ちゃって。かわいいレイちゃんに惚れちゃった?」
「馬鹿言え、そんな訳が……」
ミルコフが言い切るより先に、扉の奥から何かが飛来した。
「……ッ!?」
ミルコフに目掛けて飛んでくる何かに対し、咄嗟に防護魔法の強度を高め、弾き落とそうとする。
「馬鹿ッ!」
が、レイは必死の形相でミルコフを蹴り飛ばした。蹴りの衝撃と壁に激突した二段階衝撃に、ダメージさえ無いとはいえ、一瞬呆ける。
「何をするんだ、貴様——」
防護魔法があるのだから大丈夫だ! そんな言葉をぶつけてやるつもりだった。だが、左腕に走る鋭い痛みに気付いて言葉は喉の奥に落ちていった。
「血……?」
何かを弾き落とそうとした左腕の上腕に切り傷が付いていた。真一文字に開いた傷から、すぅっと鮮血が滴り落ちる。
「うっ……」
そして、その血を見た途端、忌々しい過去が僕の脳裏に蘇った。
血と、悲鳴と、笑顔が、あたかもその場で起きていることのように鮮明に蘇ってくる。
「ハッ……く、くそ……!」
動機が激しくなり、浅くしか息が出来なくなる。
正体不明の攻撃を受けた。つまり敵はまだどこかに潜んでいるのだ。こんな状態になっている場合じゃない。それは分かる。なのに、喉の奥に大きな塊が出来たように、まともな呼吸が出来ない。
少しの血を見ただけでこの体たらく。情けないことこの上ない。
「ミルコフ、あなた……!」
レイは怪訝そうに僕を見た。吹き飛ばされたまま動けないミルコフに、心配そうな声音で叫ぶ。
「な、なんでもない」
威嚇するように声を絞り出す。大貴族たるミルコフが平民に心配されるなんてあってはならない。貴族は平民よりも強い。
だから、そんな顔でこっちを見るな。
「キィーー!!」
そんな雄叫びと共に、先の攻撃の主だろう魔物が、扉の奥から飛び出してくる。好機とばかりに弱ったミルコフに直進してくる何かに、腸が煮えくり返る。
「舐めるなっ!」
そう何度も同じ手を食うものか。
瞬時に炎を練り、魔物に放射する。
「ギッ!」
威力も精度も悪いなんとも不細工な炎だったが、牽制にはなったらしく、魔物は直進をやめて距離を取った。
「グルル……」
そこにいたのは先の蜥蜴モドキ似た風貌をした魔物だった。だが、奇妙なことにそいつは二足で大地に立っていて、最早それは蜥蜴モドキというより、蜥蜴が人を模したヒトモドキという感じだ。
「ガァッ!」
「くっ……!」
ヒトモドキが飛び出した。人の形をしていようと、ぬるりと地を這うような滑らかな動きはやはりトカゲのそれで、反応が遅れる。
本調子ならばこんな相手……! 歯噛みするも、炎は上手く出せず、迎撃も間に合わない。
懐にまで瞬時に到達したヒトモドキは、無数の棘が生えた尾を僕に向けて突き出す。
「させない!」
が、そこにレイが割って入った。棘の無い尾の付け根をむんずと鷲掴みにして、全力で放り投げる。そして、空中に投げ出したヒトモドキを追い越すように跳び上がり、渾身の一撃で地面に叩きつけた。
「ギィ!」
ヒトモドキは、叩きつけるための一撃で上半身が吹き飛び、叩きつけられたことで下半身がバラバラになった。
「大丈夫!?」
颯爽と魔物を処理した女が、血相を変えて駆け寄ってきた。そして蹲ったままのミルコフに手を差し伸べる。
「は、余計なことを。僕一人でも倒せた」
手を払い除け、一人で立ち上がる。
「……顔色が悪いわよ。ちゃんと診てもらった方がいいわ」
もう大丈夫だという意味も込めて一人で立って見せたのに、レイは尚も心配そうに声をかけてきた。
ミルコフは目を逸らし、吐き捨てる。
「余計なお世話だと言っている、僕は大丈夫だ!」
「毒があったらどうするのよ!?」
「うるさい! 平民が僕に指図するな——」
頭に血が上って、レイの方を振り向いた時。
レイの後ろに、忽然と現れた何者かが目に入った。
「——女……!」
咄嗟に声を掛けたが。
飛び散った女の血が、ミルコフの服を染める方が早かった。