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最強の敗北

「いやー、ァッハッハッハ! またまたまたまた勝ってしまったな!」


 背骨が折れそうなくらいに仰け反り、全力で高笑いをしている男がいた。


 彼の名はミルコフ・ロードバル。世界を牛耳る三大貴族の一つ、ロードバル家に生まれ、その美貌と戦闘の才覚から、その嫌味な立ち居振る舞いにも関わらず、多くの支持を集めている、花形冒険者であった。


『決まったァァァァ! 冒険者闘技大会、準決勝の勝者はァ! 前大会覇者! ミルコフ・ロードバルだぁぁあー!』


 そして、彼は今日もまたその力を振るい、民衆の熱狂の中心に立っていた。


「クソッ……つえぇ……」


 地面を叩き敗北を噛み締める対戦相手の前まで、ミルコフは歩みよる。


「そう悔しがることは無い、君は強かったさ」

「ミルコフ……」


 手を差しのべ、対戦相手を立ち上がらせた。


「これほどの力だ、君はきっと多くの努力を積み、この場に臨んだのだろう……」

「んだよ、慰めなんて……」

「が! それでも勝てなかったのはひとえに僕のせいだ! すまない……僕が才能に溢れ、美貌にも恵まれ、強すぎた故に……」


 ミルコフとしては本当に申し訳ないと思っての謝罪だったのだが、男は当然の事ながら敵意を剥き出しにして睨みつける。が、ミルコフは素知らぬ顔で微笑むだけだ。


「きゃー!! 流石はミルコフ様だわ!」

「こっち見てー!!」

「手ぇ振ってー!!」

「そう焦るな諸君!」


 ま、頑張りたまえ。ポンと対戦相手の肩を叩き、僕は両手をあげる。


「アッハッハッハッハッ! 人気者は辛いな!」


 会場全体に大仰に手を振りながら闘技場内をゆったりと歩いて回る。一戦終わったのに闘技場から出ないのは、このまま連続で決勝が始まるからである。次の対戦相手が現れるまでの空き時間を上手く扱うのも手馴れたものだった。


『さぁぁあ! 第二十三回冒険者闘技大会も、ついに決勝だ! 前回覇者のミルコフ・ロードバル様に挑むのは、今大会初出場にして圧倒的な力で勝ち上がってきた、無名の冒険者、レイ・ストラシュだ〜!!』


 熱烈なコールに迎えられ、会場に姿を現したのはうら若き少女だった。赤茶の長髪を馬の尾よろしく一本に纏め、前髪をぱっつりと切り揃えたあどけない少女。齢は、十五程度に見える。


「ほぉ、女の子」


 武闘大会には珍しい女、しかも未熟な子と来たものだ。普段は他の参加者なんて気にもならないのだが、流石に気になった。

 

「レイ・ストラシュくん、と言ったかな?」


 試合前の礼儀としての握手をする際、ミルコフは多くの女性を落としてきた笑顔で語り掛ける。


「そうよ」


 だがレイは、一つの動揺も覗かせない。自分の手に触れ、笑顔を向けられれば、どんな女性でも顔を朱に染める。そんな人生を送ってきた彼にとっては、そこそこの衝撃である。


「教えて欲しいのだが、ストラシュ家、というのはどの地方の貴族だい? 生憎、聞いたことがなくてね」


 多くの現役冒険者が参加しているこの大会でここまで勝ち上がってきたのだ、相当の大貴族の出に違いない。

 というミルコフの推測は、レイの次の一言で、あっさりと覆されてしまう。


「貴族じゃないわよ、ストラシュ家は。騎士爵はもらっているけれどね」

「騎士?」


 騎士爵というのは、名誉爵位である。平民の中でも国に目覚しい貢献をした家に対しての褒賞の一つとして、王家が与える爵位だ。ただ爵位と言ってもそれで貴族の仲間入りが出来るという訳ではなく、待遇は平民とほぼ変わらない。


「アッハッハ、なるほど平民。通りで僕が知らないわけだ」

「騎士よ」


 妙に食い下がるレイに、肩を竦める。飾りの爵位に何を拘っているのか。


「まぁ、お手柔らかにね」


 あまりここで長く話しても観客を冷めさせてしまうので、試合前の位置につく。

 レイは片足を半歩引き、両手を顔の近くに構えて半身の姿勢をとった。どうやら彼女は拳闘術の使い手らしい。


「なるほど、通りで」


 そこでミルコフは今まで彼女が勝ち上がってきた理由を察した。女の子が素手で向かってきては、確かに本気で叩きのめすなんて気が引ける。そういう皆の心意気でもって彼女は今ここに立っているのだろう。と。


 ——まぁ絶対の勝者たる僕は、負けてやる気はさらさらないがね。


 ただし、それと同じくらいに観客を盛り下げる行為はご法度だ。


「少しいいかい、レイくん!」

「なにかしら、手加減してくれとかは無しよ」

「はっ、僕が、そんな弱者の言葉を言うわけがないだろう!」


 随分と舐められたものだ。と鼻を鳴らす。


 三大貴族の出であるミルコフに敬語の一つも使わない上下関係を理解していない田舎娘には、教育が必要なようだ。


「むしろその反対だよ。君にハンデをあげようと言うのだ。一発、全力で僕に攻撃をしていい。その間、僕は抵抗をしない。安心して全力の一撃を僕に撃ち込むといい」


『おぉ〜っとこれは〜!! ミルコフ・ロードバル、余裕の構えだ! 戦いは既に始まっている!!』


 実況がミルコフの演出を理解し、盛り上げてくれる。だが、思いの外観客席の反応が悪い。盛り上がっていない訳では無いのだが、スタンディングオベーションとはいかないのだ。それどころか、観客には不安の陰が見える。


「いいのかしら、本当に」

「勿論。平民と貴族は立つステージが違うからね、相応のハンデは必要さ」

「騎士よ」


 流石に何度も言われると腹が立ってくるが、ミルコフは寛容な心持ちで受け流す。


「ああ……そうだったね。では、その騎士の力、存分に見せてくれたまえ」


 手を広げ、隙だらけの胴体をさらけだす。


 だがその実は、彼の体に無防備な部位など一つも存在していなかった。

 目には見えない盾と言われる防護魔法。彼の体全体には、超硬度のそれがに張り巡らされている。つまり厚い鎧を着込んでいるのと同義なのである。

 そしてこの鎧は、大岩を砕く巨人族の一撃さえも通さない。華奢なレイの攻撃では、どう足掻いても突破は不可能な、最強の盾なのである。


『両者準備が整ったようですね……。それでは、第二十三回闘技大会決勝戦! レディ〜〜、ファイッ!!』


 その宣言と共に。少女が消えた。


「消えっ……?」


 そんな疑問が口から出るのと同時に、凄まじい衝撃が顎から突き上げてきたかと思えば、空が見えた。謎の浮遊感と、視界の全てを支配する雲一つない晴天が合わさり、鳥になったらこういう気分なのか、などと、漠然と考えて。

 次の瞬間に、世界が暗転した。それが、ミルコフが最強でいられた、最後の瞬間だった。

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