勇者パーティーの道具袋になった転生村娘は薬局を開く
村娘であるエリスには前世の記憶がある。思い出したのは六歳の時。きっかけは、幼馴染の男友達──レオンと駆けっこをしていて盛大にすっ転び。丁度落ちていた大きめの石と額が衝突して視界がスパークした瞬間だった。
目の前で散らばる火花と共に前世の記憶──松本清美としての生涯が頭の中へと雪崩込み。結果、その膨大な情報量にやられて、エリスは三日三晩バタンキューと寝込むこととなった。
三日が経ち、目を覚ましたエリスは起き抜け開口一番に「異世界転生キタアアアア!!」と諸手を掲げて雄叫びを上げ。お見舞いに来ていた幼馴染のレオンは不思議そうに首を傾げた。
それから九年の月日が経ち、十五歳になったエリスは異世界転生チートを──何一つできずにいた。
そもそも享年十六歳だった前世のエリスはごく普通の女子高生。こんな村人全員が顔見知り程度の農村で活用できる知識など持ち合わせてはいなかった。
農村なのでカブとクローバーを用いた輪栽式農法で農業チート! ──とか一瞬考えたものの。あれは大人数で多大な手間暇を掛けて狭い土地の生産性を底上げするものだったはずで。こんな土地だけならいくらでもある辺境の地ではなんの意味もなく。その上、農具に困っているわけでもないし。詳しい専門知識も無いしで。
結局、エリスの異世界チートは、誰にも理解されないジョークが時たま炸裂して、村人全員から首を傾げられるに留まり。
結果、傷心のエリスは体育座りをしたままチベットスナギツネの顔で中央広場の隅で拗ね続けて。幼馴染のレオンがそれを懸命に慰め続ける羽目に至った。
そんな長らく燻り続けたエリスであったが、十五歳となり迎えた今日はウキウキワクワクしていた。何故なら今日は、
「レオン、今日は〝職業開花の儀〟で街に行く日よ! 早く起きて!」
バンと大きな音を立てて勢いよく扉を開けたのは、胸まで伸びた赤髪を靡かせる活発な雰囲気の美少女──エリスである。
部屋の主である金髪碧眼の美少年──レオンは気怠そうに体を起こすと、口に手を当てて大きく欠伸をして、
「エリス、朝からうっさい」
と、ローテンションでエリスのハイテンションを一蹴。しかし、その程度でエリスのハイテンションが留まるわけがなく。エリスは胸に手を当てて、鼻息荒くフンスと踏ん反り返ると、
「今日こそ私の異世界転生チートが判明する輝かしい日になるのよ! そんなやる気がない調子でどうするの! そんなだと折角のチートが逃げちゃうわよ!」
「あー、はいはい……」
エリスのこのような発言に慣れているレオンは、気にした様子もなくボリボリを頭を掻いて起き上がる。露わになったレオンの姿を見たエリスは、
「うひゃあ!? なんでパンツしか履いてないのよ!」
「ここは俺の部屋だから、俺の勝手」
ベッドから降りたレオンはパンツしか履いておらず、それを見たエリスは赤面した顔を手で覆って大絶叫。しかし、その指はしっかりと開かれており、目を一切覆うことなくレオンの裸体をガン見していた。
そんな様子を横目にしつつ、レオンはクローゼットを開いて服を選びながら、
「エリスは相変わらず変わらないね」
「……レオンは変わったわね。昔は私の後をちょこちょこ付いて来て、あんなに可愛らしかったのに。まさか、こんな無愛想に育つだなんて……。どこで教育を間違えたのかしら?」
溜め息混じりなレオンに対し、エリスは顎に手を当てながら首を傾げての真剣な思案顔。その様子を見たレオンを眉根を寄せて、
「……別にエリスに育てられてない」
「何を言っているの! 私は貴方の第二のお母さん兼お姉さんなのよ!」
「……うっさい。出てけ」
「うわっぷ!?」
レオンに何かを投げつけられて、エリスの視界は闇に覆われた。手に取って確認すると、それは、
「パ、パンツッ……」
ゴクリと喉を鳴らしたエリスは暫しの逡巡の後、チラリとレオンに視線を向ける。するとそこには、
「いや、履いてたパンツを投げるわけないでしょ?」
「レオンのバカーーーー!!」
レオンは普通に服を着ており、恥ずかしさからエリスは遠吠えの残響だけを残して部屋を走り去っていった。
*
「ここが街の教会ね! 行くわよ、レオン!」
「はいはい」
今朝方自らが犯した痴態などすっかり忘れ、エリスは意気揚々とレオンを引き連れ、教会の中へと足を踏み入れる。
中はステンドグラスから差し込む日差しに包まれて荘厳な雰囲気を醸し出しており、そんな中で百人以上はいるだろう少年少女が、儀式が始まるのをそこらかしこで今か今かと待ちわびていた。
奥にある一段上がった教壇には、豪奢な神官服の老人を中心に、左右に一人ずつ普通の神官服の人達が立ち並んでおり。見るからに偉そうな中央の老人が儀式を取り仕切るのだろうとエリスは優に当たりをつける。
これから行われる〝職業開花の儀〟とは、神官の職業で覚えられるスキル『祝福』『鑑定』を用いて、十五歳になった少年少女の『職業』を開花させて確認するものである。
もしそこで剣聖や賢者のような激レア職業でも得ようものなら、王宮勤めも狙える一世一代のドリームチャンスなのがこの場であった。ただし、大抵の者は剣士や槍使いのような下級職を得て、このまま街に留まって冒険者になるか、故郷に帰ることを余儀なくされる。
エリスとしては血生臭い冒険者になる気などさらさらなく、もし下級職だったら帰郷一択の心持ち。しかし、今度こそ転生チートに違いない、と期待に胸を膨らませているのが今のエリスだった。
「これより〝職業開花の儀〟を執り行う!」
中央に位置する煌びやかな神官服の老人が高らかにそう宣言をして、ついに儀式の幕が上がる。周りにいる少年少女達からは緊張や歓喜の声が発せられ。
エリスも、ついに自身の異世界転生チート人生が幕を開けるのだ──と、今までになく胸を高鳴らせており、握る手には自然と力が篭っていた。
*
「おお、貴女は『薬師』ですね。おめでとうございます」
「はは……ありがとうございます……」
喜ばしそうに笑いかける若い神官に、赤髪の美少女──エリスは引きつった笑みを返す。
儀式を受ける人数の多さから、三人の神官が総出で見ており。エリスは老人の隣にいた若い神官に見てもらっていた。
その結果、薬師という職業を得たエリスなわけだが。端的に言って、不本意な結果であった。
薬師とは冒険者に必須な消耗品であるポーションなどが作れる職業だ。そのため余程のことがない限り食い扶持に困ることはないし。頑張れば自分のお店だって持てるかもしれない──が、それだけである。無難な職業ではあるものの、全くもって転生チートと称することなどできない代物だった。
でも、まあ、手に職持てるわけだし、下級職よりマシだし──と内心で己を慰めながら、エリスがスゴスゴと神官の前を立ち去ろうと背を向けると、神官はエリスを見ながら「おや?」と驚いて、
「貴女はユニークスキル持ちなんですね」
「────ッ、ユニークスキル!?」
聞き捨てならない単語に、先ほどまで頭を垂れて覇気を失っていたエリスは、ぐりんと勢いよく振り向きながら顔を振り上げ、ズイッと神官の眼前に詰め寄った。
星が煌めくエリスの瞳の輝きっぷりと鼻息荒い興奮っぷりに、かなりドン引きな神官は、手でどうどうとエリスを制しながら、
「ええ、貴女にはユニークスキル『空間収納・特大』がありますよ」
「『空間収納・特大』ッ……!」
噛みしめるように頬を緩めるエリス。その握りしめる手は歓喜に震えていた。
それもそのはずで。
この十五年間、異世界転生したにもかかわらず、エリスは滑るギャグが得意なだけの、ただの村娘でしかなかった。
それが遂に念願のチートっぽいスキルを手に入れたのだ。これを喜ばずにいつ喜ぶというのか。
この喜びを分かち合おうと、意気揚々とレオンが並ぶ列に目を向けるエリス。すると時を同じくして、
「お主の職業は──『勇者』である!」
先ほど開式宣言をした煌びやかな老人神官はシャランと手持ちの杖を掲げ鳴らしながら、高らかにそう宣言した。その老人の目の前でキョトンとしている勇者の職業を得た人物こそ、
「レ、レオンッ……!?」
あまりの事態に瞠目しながら絶句するエリス。レオンは事態の重要さを全く理解していないのか、エリスを見やって、肩をすくめるばかり。
──俺、何かやっちゃいました?
的な事を、転生者な自分ではなく、現地民な幼馴染にされたエリスは、
「レオンのバカーーーー!!」
本日二度目の遠吠えの残響だけを残して、大号泣しながら教会を走り去っていった。
*
その後、街の中央広場の屋台でやけ食いしていたエリスは、レオンに捕獲されて村への帰路に着いた。村に着くまでの間、エリスはずっと「私だって『空間収納・特大』持ちなのよ? ねえ、分かる? 特大よ? 大じゃないのよ? 特大なのよ? その二つには大きな隔たりがあってね──」と、自身の鬱憤を晴らすためにレオンにウザ絡みし続けた。ちなみにエリスはその二つにどのような隔たりがあるのか知らない。
村に着くと、エリスの話を聞いた村人達は大層驚き。その日の夜には村人総出で大宴会が催された。もちろんその主役は、
「村から出た輝かしき未来の英雄──勇者レオンにカンパーイ!!」
『カンパーイ!!』
──レオンである。
無頓着なレオンが説明を面倒臭がったため、渋々エリスが皆にレオンのことを伝えたのだ。
なんで自分がレオンの小間使いみたいなことをしなければならないんだ──とブチブチ愚痴を零しながら、広場の端に座ってチビチビ果実酒を飲んで拗ねるエリス。
視線の先には皆に囲まれるレオンの姿。
その様子を見ながら、エリスは、「私だって『空間収納・特大』持ってるんですよー」と小さく本日三度目の遠吠えをする。しかし、その主張は誰の耳に届くでもなく、パチパチと火の粉を散らす広場中央のキャンプファイヤーの中に消えていった。
*
それからの一ヶ月はあっという間だった。
レオンが村娘達に囲まれているのを見たエリスがヒューヒューと冷やかして、レオンから拳骨を食らったり。
職業を得て増大した勇者なレオンの腕力を惜しみなく使い、畑を耕したり、木を切り倒したりして、村人達が「流石、勇者!」と大絶賛して。それを遠目に見たエリスが「勇者の無駄使いが過ぎてやしませんかね?」と白い目で拗ねたり。
と、そんな日々を過ごしていると。遂に王宮から、レオンを迎えに使者が訪れた。
この一ヶ月間はこれから過酷な魔王討伐の旅に出立するレオンに対する村人達とのお別れを惜しむ猶予期間であった。
煌びやかな鎧に包まれた騎士達の中でも一際豪奢な鎧を纏った隊長らしき人物は、声を張り上げて高らかに、
「勇者レオン殿はこちらへ」
村人達は総出で広場に集まっており、その視線は中心にいる人物──レオンに注がれた。皆に注目される中、レオンは足を一歩踏み出──さないので、エリスが背中を押しやって、騎士団長の前に差し出した。
不機嫌そうな面構えをレオンから向けられるエリスであったが、そんなのは知ったことではない。
これでようやくレオンがいなくなり、自分が主人公の物語がスタートするのだ。エリスは誰よりも大手を振ってレオンを見送る気満々だった。
一仕事を終えたエリスは村人達の輪に戻り、事の成り行きを見守る。
一言二言話して、とっとと旅立つだろうと思っていたエリスであったが、何故だかレオンと騎士団長は暫く言葉を交わした後、レオンがエリスを指差した。
ものすごーく嫌な予感がしたエリスは、冷や汗ダラダラで一歩後ずさる。しかし、喜色満面な強面の騎士団長はエリスの前に立つと肩を強く叩いて、
「お前は『空間収納・特大』持ちなんだってな! ぜひ、勇者殿の旅に同行してくれ!」
「──────は?」
ガハハと豪快に笑いながらそう言われ、エリスは予想外過ぎる事態に瞠目しながら絶句するのみ。暫くして、ようやく事態を飲み込んだエリスはレオンに視線を向ける。すると、そこにあるのは──ニヤリと嗤うレオンの姿。
──アイツ、やりやがったなッ!!
この事態がレオンによってもたらされたのだと気づいたエリスは内心で盛大に毒づく。
ようやくレオンという主人公がいなくなり、準主人公だった自分が繰り上がって輝くはずが、まさかレオンの旅に同行して、これから先もレオンの影に潜み続ける羽目になるなんて。
むしろ、エリスの職業は薬師なので、戦闘など一切できない。つまり、魔王討伐に参加したところで出来る事は荷物持ちだけ──つまり、エリスは道具袋扱いなわけで、準主人公から裏方に格下げである。
──きっとキラキラしい聖女様とか居て場違いなんだろうなぁ。
と、そんなことを思うエリスだが、国からの要請を断るなど出来るわけもなく。死んだ目をしながら騎士団長に「はい、よろしくお願いします」と返事をした。
*
「うっわ、帰りたーい……」
引きつった笑みを浮かべながら、そう零すエリスがいるのは王宮にある謁見の間。
部屋には玉座に座る王様と、その他諸々の王侯貴族が壁際に立ち並んでおり、エリスに対して不躾な目を向けてきていた。
それもそのはずで。
勇者なレオンを一目見ようと来てみたら、何処の馬の骨かも分からない小娘が隣にチョコンといるのだから。
これが聖女とかならいざ知らず。実際はただの道具袋である。皆が不審がるのも仕方がない──とは思いつつも、エリスは既に村に帰りたい気持ちでいっぱいだった。
このような事態を引き起こした当の本人に目を向けても、素知らぬ顔で部屋の中の装飾品などを眺めるばかり。大物すぎて蹴りたい気持ちのエリスであったが、この場でそんな事をしたら自身の首が飛びそうなので、グッとそれは我慢する。
「お主が勇者レオンで相違ないな」
「はい」
王様に問われ、端的に応えるレオン。隣にいるエリスは冷や汗をかきながら、「もっとちゃんと敬いなさいよ!」と内心で大絶叫。しかし、王様は気にした様子もなく「うむ」と頷くと、
「では、お主には半年間で鍛錬を積んでもらい。その後、仲間と共に魔王討伐へと赴いてもらう! 必要な物は全てこちらで用意する故、遺憾なくその真価を発揮するがよい!」
「はい」
玉座から腰を上げた王様は、右手を振り上げてマントを翻すと、そう高らかに宣言する。対してレオンはまた端的に頷くだけの応答に留まり。隣にいるエリスは冷や汗ダラダラで「今のは恭しく跪く場面でしょ!」と内心でレオンを罵倒するも。王様は少し悲しそうに眉根を寄せただけで、「では、頼んだぞ」と言い残して、玉座の奥の扉へと消えていった。
優しい王様で本当によかった──とエリスは胸を撫で下ろすと共に、後でレオンを説教しようと心に決めた。
*
それからの半年は、エリスにとって二つの意味で美味しかった。
一つはもちろん料理である。村では見たこともない料理が振舞われるのだ。見た目が良ければ味も良い。良い良い尽くしで、流石は王宮料理人だと大絶賛のエリス。
そんなエリスの調子だったので、気づけば料理人達と仲良くなっており、料理を教えてもらったり、お菓子を分けて貰ったりと、食べ過ぎた結果。レオンから「ちょっと太った?」とド直球に言われて、全力でレオンの鳩尾を殴ったところ、レオンの腹筋はバキバキのシックスパックになっていたため、エリスの手がダメージを受けるだけに終わった。
手を痛めたエリスはお詫びをしろとレオンに逆ギレして、腹筋を直にベタベタと触ってキャーキャー騒いで堪能した後、次の日から王宮の訓練場の端でランニングしてダイエットに励んだ。
そんな感じで、一つ目だけでも色々とあったエリスだが。実は二つ目が重要で──なんとエリスは王宮薬師からの指南を受けれたのだ。
職業が薬師のエリスであるが、良い物や珍しい物を作れるようになるには、やはり書物を読んだり、教えを乞うなどして、知識や技術を磨く必要がある。
その師匠とも呼べる存在が王宮薬師という最上位の存在で。しかも、勇者の役に立つならと、惜しみなく全ての技術を叩き込んでもらったエリスは、全薬師から羨望の的や嫉妬の嵐な存在となっていた。
そんな訳でポーション作りのエキスパートとなった今、エリスは道具袋兼ポーション製造機へと進化を遂げたのだ。
ここで実は相性がいいと判明したのが、空間収納とポーションの関係である。
ポーションは経年劣化する上にガラス瓶に入れる必要があるため取り扱いには注意が必要だ。が、空間収納に仕舞ってしまえば、劣化しないし、どんなに動いても瓶が割れないしで、良い事尽くめで万々歳なのだ。
今更ながらエリスは、意外と自分には薬師が合っていたのでは──と考えを改め始めていた。
そんな訳で二つの美味しさを堪能したエリスは、心もお腹も技術も空間収納も満たされてホクホク顔で日々を過ごしていた。
出来ればずっとこのままでいたいエリスだったが、レオンの鍛錬が済んだため、いよいよ冒険に出ることとなり、謁見の間へと呼び出された。
「この者達がお主の旅に同行する仲間である。皆、勇者に名乗りをあげよ」
王様に促されて、三人は一人一人名乗っていく。
一人目は前にも見た強面の騎士団長。中途半端な実力者を連れて行っても意味がないので、エリスとしても納得の人選だ。ちなみに職業は剣聖だった。
二人目はボンキュッボンで蠱惑的な美貌のお姉さん。しかも、職業は賢者とのことで。賢い上にエロいとか最高かよ! ──と内心で大絶賛のエリス。
三人目は清楚で可憐な王女様。聖女なだけあって、つい崇めたくなるほどの清廉さを漂わせている美少女で。その上、ローブを押し上げるほど立派な胸の持ち主。清楚な上にエロいとか最高かよ! ──とこれまた内心で大絶賛のエリス。
そんなわけで最強メンバー四名+道具袋の冒険がこれを以って幕を開けた。
*
王都を出立してから半年が過ぎた現在。エリスが所属する勇者パーティーは、二年はかかると言われていた魔王城までの道程の既に半分を踏破するという超ハイペースで進んでいた。
途中途中で四天王やらドラゴンゾンビやらとお約束イベントが盛りだくさんだったものの。王宮で半年間、みっちり鍛えたレオンや最強メンバーの敵ではなく、サクサク解決して、ものすごーく順調な道のりを歩んでいた。
鍛錬も積ませずにいきなり放り出すどこぞの小説の王国とは違い、しっかり勇者を鍛錬してケアもしてくれるホワイト企業さながらの王国に好印象のエリス。
そんな四天王さえサクサク倒してしまう凄い仲間に囲まれているエリスだが。物は運べても戦闘では全く役立たずなため、皆からは嫌味を言われたり、冷たくあしらわれたり、軽々しくレオンに近づいて生意気なのよ──とか言われることもなく、
「はぁ、エリスさんのお料理は相変わらず最高ですね。おかわりをお願いします」
「はいはーい。どうぞ」
「わあ、ありがとうございます!」
エリスから野菜スープのおかわりを受け取って、満面の笑みを浮かべるのは清楚可憐な聖女アリアちゃん。
「エリスちゃん、もう一本だけお酒お願い、ね? いいでしょー?」
「もー、今日はホントにこれで最後ですからね」
「ありがとー、エリスちゃん! 愛してるー!」
「うわッ! お酒臭いからくっつかないでくださいよー」
エリスからお酒を受け取り、嬉しそうに頬ずりしてくるのは妖艶な色気漂う賢者バネッサさん。
「俺も肉のおかわりをくれ」
「はーい、丁度焼けましたよ。ただし、先に野菜を食べてくださいね」
「おう、わかってるよ」
少しの野菜と大量の肉が乗った皿をエリスから嬉しそうに受け取るのは強面な騎士団長の剣聖ギルベルトさん。
「お前ら、エリスに甘え過ぎ」
「もー、皆んな頑張ってるんだから、そんな事言わないの。はい、レオンもお肉、もっと食べるでしょ?」
「食べる……」
不満そうにしながらもエリスから肉が盛られた皿を受け取るのは勇者兼幼馴染のレオン。
とまあ、こんな感じで、エリスは馴染みに馴染んでおり。むしろ戦闘以外では全員を支える完全な中心人物──支柱と化していた。
旅に慣れていない聖女アリアちゃんに寄り添いながら諭し。賢者バネッサさんが酒を飲み過ぎないように調整し。剣聖ギルベルトさんに野菜を食べるように促し。勇者レオンに仲間と仲良くするように叱る。もうほとんどオカンの域。
ちなみに、こんなにまったりしているが、今は野営の真っ最中である。しかし、アリアちゃんが聖結界を張っているため、魔物は一切入ってこれず、このようにアットホームな空間が広がっていた。
本来であればそこまで聖女の力を無駄遣いできないのだが、エリスが作る特別な料理──薬膳料理によってそれがカバーされていた。
遡ること少し前。王宮料理人が作った料理を大量に蓄えていたエリスであったが、流石に半年もすれば底が尽きる。
そのため、エリスが料理をすることになるのだが。宮廷料理人に教わったとはいえ、エリスはあくまでも薬師である。どうしても職業が料理人の人が作った物より味が劣ってしまう。
そんなわけで、清楚可憐でありながら、食べることを何よりも愛するアリアちゃんのテンションがだだ下がりして、次第に旅に支障が出始めたのである。
それはこの旅が始まって以降、初めて訪れた未曾有の危機であった。
なんとかしなければ──と奮起したエリスは、前世の知識の薬膳料理を思い出し、それを意識しながら料理を作ったところ。なんと、味が美味しくなった上に、薬の効能も上がるという、二度美味しい素晴らしい成果を叩き出したのだ。
それはエリスがこの世界に来てから初めて行った知識チートであった。
しかも薬膳料理の味そのものも彼女の味覚によく合い、アリアちゃんは咽び泣きながらエリスに感謝し続けて。終いには、エリスを第二の女神様として崇めたいと言い出した。が、エリスはそれを全力を以って拒否した。聖女から女神様とか崇められたら、ガチ感が凄すぎて、周りから向けられる奇異の目で精神が死んでしまうのは必至だったからだ。
そんなわけで、問題児ばかりの勇者パーティーであるが、エリスというたまたま参加した道具袋によって今日も今日とて順調に旅を続けるに至っていた。
*
しかし、どれだけ順調だったとしても、この旅はやはり危険を伴うものであり。暫く経ったある日、エリスは初めて魔物からの攻撃を受けて負傷した。深くはあったが腕だったので命に別状は無く、それでも結構な血が流れたため、暫くはベッドで安静にするように、と皆から言われてしまい、今もエリスはベッドで暇を持て余していた。
するとそんなエリスの元に、沈痛な面持ちのレオンが訪れてきたので、エリスは上半身を起こして対応する。
「エリス、ホントにごめん……」
ベッド脇の椅子に座り、眉根を寄せて悔しそうに謝罪するレオン。いつもと違い殊勝な態度を可笑しく思い、エリスはクスクスと笑いながら、
「大した怪我じゃないんだから、気にしないで。レオン達の方がいっつも大変なんだから。それに、傷だってホラ、アリアちゃんが治してくれたから、傷跡だって残ってないのよ?」
カラカラと笑いながら、袖をまくって怪我をした二の腕を見せるエリス。そこには傷一つなく、深く抉られたのが嘘のようでさえあった。けれど、納得していない様子のレオンは、
「でも、怪我をさせてしまったことに変わりない……」
そう言って悔しそうに俯く。それを見たエリスは呆れるように肩を竦めて、
「全くレオンは、昔っから心配性なんだから。そんなんじゃ、いざ彼女なんてできた日には心労で倒れちゃうわ──」
「──ッ、うっさいッ」
「きゃッ!?」
急にレオンに肩を押されたエリスはベッドに倒れこむ。
驚いて瞑ってしまった目を開くと、そこにあるのはエリスを見下ろすレオンの顔で。それでようやくエリスは、自身がレオンに押し倒されたのだと理解する。けれど、向けられるその瞳の真剣さにゴクリと喉を鳴らすことしか出来ず。
覆いかぶさるような姿勢のレオンは、瞳に熱を宿しながらエリスに顔を近づけて、
「俺が心配するのはエリスだけ。それにエリス、気づいてる? 俺もう十六歳なんだよ?」
「十六歳……」
その言葉を聞いた瞬間、エリスはレオンの言わんとしている事を理解した。
転生者であるエリスは常日頃、「私はお姉さんだから子供になんて興味ないの!」とレオンに言い続けてきた。そう、前世で死んだ歳──十六歳より下は、と。
気づけば前世とも同い年になっていたレオン。そんな彼から向けられる熱を帯びた視線を受けて、エリスの頬も自然と赤くなる。けれど、ずっと弟として見てきたレオンに対して急にそんな目で見れるはずもなく。レオンから顔を逸らしたエリスは、
「レオン、貴方は私にとって大切な弟であって──」
「エリス……ちゃんと俺を見て……」
エリスの頬に手を添えて、レオンは自身を見るようにと力を込める。顔の向きを変えられたエリスは、視界に映る切なげなレオンの瞳を見て、キュッと胸が締め付けられた。
──ああ、これダメなやつだ。
ドクドクと高鳴る心音を感じながら、顔が赤くなったエリスはただレオンを見つめる。その変化を感じたのか、レオンはそっと顔を近づけ始めた。
このままだとキス、されちゃうな──そう思うエリスであったが、逃げるでもなく、自然と瞳を閉じてしまう。
レオンもそのまま顔を近づけていき、唇が触れようとした瞬間、
「レオンさん、エリスさんに何してるんですか」
「────ッ、うきゃあッ!?」
地の底から響くような、淡々とした鈴の音がエリスの耳朶を震わせた。すると、まるで魔法が解けたかのように甘い雰囲気が霧散して、硬直から解放されたエリスは悲鳴を上げて後ずさる。
扉に目を向けると闇堕ちしたヒロインの目をした聖女──アリアちゃんが、扉の隙間からエリス達を覗き見ていて。
あれ? アリアちゃんってそんな目だったっけ? ──と不思議に思ったエリスは自身の目をゴシゴシと擦る。
すると、次に目に入ったアリアちゃんは開け放たれた扉にいつもの清廉さを持って佇んでおり、エリスは自身が見間違ったのだと理解した。
「レオンさん! エリスさんは病人なんですから変な事はしないでください!」
そのまま中に入ってきたアリアちゃんはエリスに抱きつくと、レオンをプンスコと怒る。その姿はいつもの清楚可憐なアリアちゃんそのもので、エリスはやはり自身が見間違ったのだと確信する。
一方、アリアちゃんに叱られたレオンは拗ねたように、
「変な事なんてしてない」
「恋人でもないんですから、あんな事したらダメですよ。恋人でもないんですから」
「…………」
まるで大切な事のように、二度そう繰り返す真面目なアリアちゃん。エリスも、「まあ、確かにそうよね」と跳ねたままの心臓を手で抑えつつ、内心でそう納得する。ただし、レオンだけは納得できないようで不満そうに視線を逸らして、ただ拗ねていた。
そんなレオンに、アリアちゃんは可憐な笑顔を向けると、
「これからエリスさんの体を拭くので、レオンさんはとっとと出て行ってください」
「…………」
何故だかその言葉にトゲトゲしさを感じるエリスだったが、慈愛に満ちた聖女なアリアちゃんに限ってそんな事は有り得ないので、その考えはすぐさま放棄した。
レオンが渋々といった様子で部屋を後にすると、アリアちゃんはエリスに向かって朗らかに、
「さあ、エリスさん。服を脱いでくださいね」
「いつもありがとう、アリアちゃん」
服を脱いだエリスはアリアちゃんに背中を向ける。アリアちゃんはいつものように一生懸命な様子で少し息を荒げながら背中を拭いてくれて。
アリアちゃんってホントに健気だなぁ──と、そんな事を思いつつ、体がサッパリしていく感覚を堪能しながら、今回の一幕を終えた。
*
そんなわけで、遂に魔王を討伐した勇者パーティーは王都への帰還を果たしていた。
あれ? 魔王を倒す描写とかないの?
と思われる方もいるかもしれないが、エリスは非戦闘要員なので、その現場を一切見ていない。
ただひたすら魔王城の近くの森で隠れていただけであり。帰ってきたレオンから淡々と「魔王を討伐した」と結果を告げられたのみである。
しかも、全員が全員、飄々とした態度だったので、ここまで結構頑張って来たはずなのに、「へー、そうなんだー」程度の実感しか湧いていないのがエリスの実情だった。
ちなみに、魔王城までの旅路ではあの後も色々な事があった。
船に乗っているところを四天王が率いるクラーケン部隊に襲われて、船が沈められそうになったり。
魔王軍に火を放たれたエルフの里の救助に向かい、人間とのわだかまりをなくして協力関係を結んだり。
事ある毎にエリスと二人きりになろうとするレオンに対して、アリアちゃんは鉄壁のブロックを以ってそれを阻止し続けたり。
その様子がむしろ仲良く見えたエリスが「いっそ二人が付き合っちゃえば?」と言ったら、二人から同時に「は?」と冷たい瞳を向けられて、背中に冷たいものを感じたエリスが「ナンデモナイデス」と言って、その場をそそくさと退散したり。
その様子を妖艶賢者なバネッサさんと、強面剣聖なギルベルトさんが酒を飲みながら微笑ましく見守っていたり。
そんなアットホームな雰囲気で緊張感が皆無の勇者パーティーにサックリと倒されたのが、全人類に絶望をもたらしていた歴代最強最悪と謳われた今回の魔王であったり。
そんな訳で、全ての旅路を終えてエリス達が現在いるのは王宮の謁見の間である。
魔王討伐を終えたエリス達に待っているのはもちろん労働による対価──つまりは討伐報酬という名のご褒美タイムである。
薬師であるエリスが求めるのは勿論、自身の店を持つための開業資金ただ一択。所詮は道具袋だった自分がいくら貰えるかは不明だが、行き帰り合わせて一年半以上も働き通しだったのだ。労働条件の良いこの国が無碍なことはすまい、とエリスは予想していた。
そんな中、式典の話題は遂に報酬へと移った。
「それではお主達に対する報酬であるが。まずは勇者レオン、聖女アリア、賢者バネッサ、剣聖ギルベルトの四名にはそれぞれ金貨一万枚ずつ授ける」
『おおッ……!』
王様が告げた金額を聞いて、会場からは感嘆の声が漏れる。
それもそのはずで。
金貨一枚は日本円に換算して約十万円程。つまり金貨一万枚とは、約十億円相当であり。それは如何に貴族といえども、多くの者にとっては中々お目にかかれない金額であった。
それを聞いたエリスも期待からゴクリと喉を鳴らす。
ただの荷物持ちでしかなかったエリスへの報酬はレオン達には遠く及ばないのは分かっている。それでもここまでの金額を聞いてしまうと、百分の一、つまり金貨百枚くらいは貰えるのでは──と、つい期待してしまうわけで。
それだけでも貰えれば開業資金には十分。王都とまではいかなくとも、中規模の街で店を開くには事足りる。
浮つく気持ちを必死に抑えながら王様からの沙汰を待つエリス。そしてついに、
「そして、皆のサポート役であった薬師エリスには──金貨千枚を授ける!」
「…………せん……まい?」
理解が及ばぬエリスは、ポカンと口を開けてただ惚ける。
自身が想像していた金貨百枚でさえ、日本円で約一千万円。つまり、その十倍である金貨千枚とは、
「い、一億円ッ……!」
つい頬が緩みそうになったエリスは手で頬を抑える。これだけの金額があれば、王都で店を持つことさえ可能で、むしろ暫くの間の運営資金さえ賄えてしまう。
つまり薬師としての技術力が王宮薬師並であるエリスの輝かしい未来は約束されたも同然で。エリスの頭の中は幸せな今後のライフプランの構築に大童。周囲の声など聞こえない状態に陥っていく。
*
しかし、式典はまだ途中であり、エリスを置き去りにして進行される。
「次に、此度の討伐に最も貢献した勇者レオンには伯爵位を授けると共に、我が娘──聖女アリアとの婚姻を認めるものとする!」
『おおおおおおッ!!』
勇者レオンのサクセスストーリーに会場は大いに沸いた。
ただの村民だったレオンが勇者に選ばれ、聖女と共に過酷な旅をして恋仲となり、力を合わせて歴代最強の魔王を討ち滅ぼし、凱旋の後、爵位を得て、国王公認の元、王女と結ばれる。
それは非の打ち所のない王道のサクセスストーリーであった。
そのため、ここにいる貴族の多くは既に、お抱えの劇団に早速舞台化を進めさせなければと急く者や、どうレオンに取り入るか画策する者で溢れていた。
──ただ、その物語には一つだけ重大な欠点があった。
会場中が沸き立つ中、当の本人である勇者レオンと聖女アリアは黙って手を挙げた。
すると、先ほどまで歓声に包まれていた会場は静まり返り、国王が発言許可を出すのを皆、今か今かと待ち侘びる。それを理解している国王は「両名の発言を許可する」と声高に告げた。すると二人は順番に、
「俺はこんな女と結婚したくない」
「私はこんな男と結婚したくありません」
ザワリ──と会場がどよめいた。
完璧だったはずのそれは、そもそも二人が恋仲ではないという事実を以って脆くも崩れ去り、会場は混乱を極め出す。
先ほどまで忙しなく謀略を巡らせていた者はあり得ぬ事態に思考を停止し、ただ成り行きを見守るしか術がなくなり。国王ですら理解が及ばず、威厳を保つのも忘れて、ただただ瞠目するばかり。そんな中に二人は更なる爆弾を投下する。
「俺は薬師のエリスと結婚する」
「私は薬師のエリスさんと結婚します」
ピキリ──と会場が凍りついた。
その事実に誰もが理解が追いつかない。恋仲だと思った二人がよもや恋敵だったなどと想像できるわけもなく。そもそもアリアは女性なのでエリスと同性である。
混乱が混乱を呼び、もはや会場は混乱の坩堝と化していた。誰もが思考を放棄して、その中で唯一理性を残している二人は視線を交わしてバチバチと火花を散らすのみ。そして、この場を抑えられるだろう人物は、未来を夢見て、未だ夢うつつ。
このまま収集がつかなくなりそうな中、最初に動いたのは──アリアだった。
「エリスさんは私のことが一番大好きですよね?」
「──え? ええ、アリアちゃんのことは大好きよ」
アリアに腕を抱きつかれて、ようやく思考を中断したエリスは、訳もわからず咄嗟にそう答え。先を越されたレオンは舌打ちをすると、
「エリスは俺の方が好きだよな?」
「え? ええ、もちろんレオンも大好きよ」
反対側の腕をレオンに掴まれたエリスは未だに鈍る思考のままに咄嗟にそう答える。それを聞いたレオンはニヤリとアリアに嗤いかけて、
「ほら、見ろ。やっぱり俺の方が好きなんだ」
「違いますー。私のことが一番好きって言ってくれましたー」
「ふざけんな! 俺の方が好きだって言ったぞ!」
「残念でしたー。一番より上なんて存在しませんー」
「なら、お前は二番なんだろ!」
「私は一番ですー」
「いや、俺が一番だ!」
「「ぐぬぬぬぬ……」」
額をつけあってゼロ距離で睨み合いながら、言い争うレオンとアリア。
──もはや子供の喧嘩である。
こんな者達に世界は救われたのかと皆の背筋には冷たいものが伝う。そんな中、いつものように喧嘩を始めた二人を見たエリスはぷぅと頬を膨らませて、
「喧嘩する人はご飯抜きです!」
「「ごめんなさい……」」
エリスに一喝された途端、ピタリと喧嘩を止めたレオンとアリア。それを見た全員が全員、今回の偉業を成し得た真の功労者が誰であったのかを理解した。
そんな中、賢者のバネッサと剣聖のギルベルトは、顔を見合いながら微笑ましそうに肩をすくめて呆れていた。
*
半年後、王都のとある一角に薬屋がオープンした。その店の看板娘は聖女の如き神々しさの美少女で。店番の男は勇者の如き凛々しさの美少年だという。ただ、その二人は大層仲が悪く、よく喧嘩をするものの。しかし、女主人である赤髪の勝気な美少女には頭が上がらず、一喝されてスゴスゴと業務に戻る姿は、もはやその店の名物ですらあった。その店の名前は、
──ドラッグストア・マツモトキヨミ。
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