Act 7
マネーカードを持った親方を追ってアルンたちが廊下を駆けていると、近づいてくる足音を認識した。──人間ではない。
「あのロボか」
ここで使われている旧型LSHロボット。アルンたちが親方からマネーカードを取り返そうと集合住宅内に踏み込む際に別れてから、どこへ行っていたかは知らない。どうやら別の入り口から集合住宅に入ったようだが……。
「アルン!」
通路の向こうからやってきたMM‐TZ48が合流する。そして手に持っていたものを差し出した。マネーカードだった。
「取り返してきたわ」
あの強欲な親方が返してくれるわけはなく、いったいどうやって取り返したのだろうか。
「わざわざ、すまねぇな」
アルンが受け取ろうとするが、MM‐TZ48は手首を返して、わたさない。
「その代わり、わたしも連れて行ってください」
「なんだと?」
ゲイスンが驚く。予想外の展開だった。
「きみも人間になりたいっていうのかい?」
アルンは確認する。確実に叶えられるとは限らない目的のために宇宙をかけずり回ってきたことは話した。これからもそうなるだろう。人間になれぬまま故障して機能停止してしまうかもしれない。危険な目に遭うことも、大いにある。
「ここにいても、わたしは故障したら、今度は部品取りされるだけです。魔法術で寿命を延ばしても、それは一時しのぎにすぎないんです。いつ故障してしまうか……」
「それを言うなら、おれたちだって、いつ人間になれるか……」
「アルンはそれでも希望を棄てないんですよね?」
「もちろんさ……」
断言した。それは信念だった。
「早くしないと親方さまが戻ってきますよ」
「アルン、我は先にクルマを外へ出しておく」
ワシェンゴは、通路に放置していた拡張マシンに変形したコンパクトカーの元へと走りだしていった。MM‐TZ48を仲間に入れるかどうかの判断はアルンに任せた。
「ゲイスン、どうしよ?」
アルンは残っていた仲間を振り返る。
「所有者がいるロボットだぞ、無断で連れて行くのは違法になる」
ゲイスンは合理的な意見を述べたつもりだった。これまでの旅を思い返せば、今さら違法もクソもないのだが、MM‐TZ48が役に立たないのではないかと疑っていて、暗に断りの意思を示したのだ。
「親方さまは言いました、ついてこなくていい、と。だからだいじょうぶです」
MM‐TZ48は明るく言った。
「だとよ」
アルンの口ぶりに、ゲイスンはケッと小さく吐き捨てた。
「じゃ、急ごう。親方さまとやらの来ないうちに」
アルンは、ポンとメイドロボの肩をたたくと、駆け出す。
「ありがとうございます!」
MM‐TZ48は元気よく返事し、アルンのあとに続いた。
「ちぇ、しょうがねぇ」
ゲイスンは後方を確認し、しんがりを務めた。
外に出ると、すでにコンパクトカーはクルマの形態に戻って待っていた。ワシェンゴが運転席に乗っている。すでに自動運転システムに接続していた。
ゲイスンがワシェンゴの隣のナビシートに、アルンとMM‐TZ48が後部座席に収まると、急発進。ひび割れの目立つアスファルトを激走する。
「これからどこへ?」
MM‐TZ48は訊いた。成り行きでついてきたものの、まだなにも聞いていない。
「その前に、あんたの名前は?」
アルンは後方を確認し、追跡られていないことに安堵する。
「わたしは名前をもらっていません。個体識別という意味でなら、MM‐TZ48という型番でしょうか」
「それじゃ人間らしくない。おれたちは人間になろうとしてるんだ、だったら名前も人間らしくしておかないとな。人間になったとき、どんな名で呼ばれたい?」
「そんなこと、考えたこともなかったから、わからないわ」
「でも名前がないと不便だからな。そうだな……MM‐TZ48、頭文字はМ……マーヤってのはどうだろ」
「マーヤ……」
MM‐TZ48は、口の中で吟味するかのようにつぶやく。マーヤ。
「いい名前です! わたし、それにします!」
目を見開いて、MM‐TZ48──マーヤは言った。
「よし、じゃ、これからきみはマーヤだ。いいな?」
アルンは微笑する。
「はい! よろしくお願いします」
「それじゃ、これからどこへ行くのか説明しよう」
陽気に言葉を交わす後部座席の二人に比してナビシートではゲイスンがつぶやいていた。
「ケッ、調子のいい野郎だぜ……」
「アルンのことだ、なにか考えあってのことだろう」
ワシェンゴは寛容だった。というより、アルンへの信頼が揺るがないのだ。
「そう願いたいね」
そう言うゲイスンだったが、内心ではアルンを認めていた。