Act 6
親方が入った部屋に踏み込もうとした途端、すさまじい衝撃を感じて、体が吹っ飛んだ。アルンは廊下の壁に激突する。
「なんだ?」
アルンのすぐ後についていたゲイスンは危ういところで踏みとどまる。
一目で土木作業用LSHロボットとわかる大きなボディが目の前にあった。振り払ったその太い腕にアルンは弾き飛ばされたのだとわかった。
「アルン、平気か!」
「いきなり、なにしやがる……」
廊下の樹脂製壁面に体をめり込ませたアルンは毒づく。
ゲイスンは両腕に取り付けたヒートガンで反撃する。高熱の粒子が土木作業用LSHロボットのボディを灼くが、アルンたちのような汎用LSHロボットの人工皮膚と違い、装甲のような分厚い金属で覆われた外装には傷ひとつつかない。
「こいつではだめだ」
ゲイスンは銃口を下ろす。強力な火器が必要になるとは想定していなかった。
「ワシェンゴ!」
アルンが叫んだ。さっきの一撃でのダメージはなかったが、反撃するのは無謀で、ここはもう一体の仲間に頼るほかない。
廊下への出入り口は、今のサイズのワシェンゴでは通り抜けられず、壁を破壊して廊下に出てきた。土木作業用LSHロボットと対峙する。三メートル半と二メートルで、体格ではワシェンゴがまさっている。勝てるだろうと期待して、アルンとゲイスンはワシェンゴの後方へと退避。
土木ロボが飛びかかってきた。見た目より素早い。
ワシェンゴはその動きを封じようと手をのばすが、土木ロボはそれをかいくぐって懐に飛び込んできた。衝撃に二、三歩退がった。
「ワシェンゴ!」
どうやら改造されているらしい。ノーマルの土木ロボにはあるまじき機動性だ。ただの土木ロボではないのは顧客の求めによるものなのだろうが、正規の販売店ではなく、怪しげな魔法術師から中古ロボットを買うわけだから、ブラックに近いグレーな用途なのだろう。
しかしワシェンゴも負けてはいない。グレーな改造ならお互い様であった。
側面に回り込んでの一撃でワシェンゴのバランスを崩そうとした相手に対し、炸薬の破裂力で打ち出すブレードで阻止した。直後、体勢を立て直そうとしたところを捉えた。
がっぷり四つに組む二体のロボット。廊下の真ん中で動きが止まった。力は拮抗していた。息を呑むほどの鍔迫り合いだ。金属どうしがぶつかり、軋む音が響く。
双方、腕と腕が互いに相手を押し込もうとするも、パワーが拮抗して動けない。
すると、ワシェンゴの腹が開いた。大型ロボを操作していたワシェンゴは、接続していた端子を引き抜くと、シートから飛び出す。その手にはバイブレーションソードが握られていた。超高速で振動する軽量合金の太刀は、触れるものすべてを粉砕した。
ワシェンゴはバイブレーションソードを土木ロボのボディに突き立てる。刀身は硬く分厚い外装を砕き、内部のメカを破壊した。上半身を支える骨組みや信号ケーブルが分断される。
土木ロボが倒れた。完全に機能を停止したわけではないが、動きは封じられた。もはや脅威はない。
「さすがワシェンゴ。ここってときに頼りになるぜ」
アルンは手をたたいて喜ぶ。
「浮かれている場合ではないぞ。早くやつを追わねば」
バイブレーションソードを倒れて動かなくなった土木ロボから引き抜いて、ワシェンゴは促す。
「そうだった。急ごう」
三人は通路を駆け出す。親方──というか、マネーカードを追って。
節電のために照明を灯さずにいる暗い廊下で、親方はなにかにけつまずいた。走っていたので勢いよく転んでしまう。
古く傷みの激しい集合住宅だったが、掃除はMM‐TZ48にさせていた。だからなにかにつまずくなどありえないはずなのだが。
足音がして目を上げると、MM‐TZ48がいた。
「おお、おまえか……」
いっしょに連れて行くべきかどうか迷ったが、こんな見てくれの悪いボロクタを側に従えずとも、最新型のLSHロボットを買えばよかろうと、MM‐TZ48への愛着などまるっきりなかった。
「わしはこれからここを離れるが、おまえはついてこなくていいぞ」
「はい、親方さま」
MM‐TZ48はうなずき、走り出す。親方が走ってきた方向へと──。
見送るように一瞥すると、親方は立ち上がる。走り出そうとして、またつまずいた。
(くそ、なんだってこんなに散らかってるんだ? しかも落ちているのはLSHロボットの部品ではないか……)
ハッとなにかの意図を感じ、親方は持っていたマネーカードを確認する。ない。
(おかしい。ない、どこにもない)
転んだ弾みで落としてしまったのだろうと、散らかった床を見るが暗すぎてよく見えない。もしやMM‐TZ48はマネーカードを奪うつもりで……?
だが親方は、家事ロボットがマネーカードをもってなにをする気なのか想像がつかなかった。そんなことはすまいと思う。
(そうだ、MM‐TZ48に探させよう)
オーナーの命令を聞くのがLSHロボットだ。MM‐TZ48がどう思考し行動しようと、最終的にはマネーカードは自分のものになる──。
焦ることはない。
親方は後戻りをする。土木ロボが今頃アルンどもを片付けているだろうと安心して。