Act 5
カードの残高を表示するモバイル端末のディスプレイを見て、親方は笑みを浮かべる。
(これだけあれば、魔法術など使わずに暮らせる。こんなみすぼらしい住処から出て、華やかなリゾート惑星で遊べるではないか。いや、それとももっと堅実に運用するのもいいか)
魔法術師として日の当たらない暮らしを余儀なくされてきたが、それも今日でおしまいだ、と親方は欲にまみれた夢を見る。
そのとき、ぐらぐらと集合住宅が揺れた。親方は天井を見上げる。天井の化粧板はあちこちで剥がれ落ちていてわずかに残るのみだが、それがいっせいに落ちてくる。なにが起きたのかわからないまま、親方は両手で頭をかばう。
ばりばりと、なにかが破壊される音がして土煙が巻き起こった。風が吹き込み、土煙が拡散する。人工的な室内の明かりは消えてしまったが、代わりに陽の光が部屋に差し込んできた。
どうやら壁が破壊されたらしい。
「邪魔するぜ」
仁王立ちする三メートル半ほどの人型機械が、逆光にシルエットを浮かび上がらせている。その両肩には、人間サイズのロボットが二体──一方はアルンで、もう一方はクルマの外にいたゲイスンである。声を発したアルンが、拡張マシンの肩から飛び降りた。
「マネーカードを返してもらおうか」
親方はあわてて手に持っていたものを背後に隠した。
「なんの話だ。おれはおまえらのマネーカードがどこにあるかも知らんのだぞ。どうやって盗んだというんだ。言いがかりをつけるな」
「その手に持っているマネーカードには、二百九十三万MQR入っているはずだ。カードのシリアル番号は──」
親方の顔が引きゆがんだ。シラを切っても通じないと悟ると、
「これはだれにもわたさない!」
開き直った。
拡張マシンの肩にすわっていたゲイスンが飛び降り、両手を前に突き出した。腕に取り付けられたヒートガンの銃口がピタリと親方を捉えている。
「おれを撃つ気か? できないだろう、ロボットが人間に危害を加えることはできないはずだ」
「そうかな? 本当にそう思うかい?」
ゲイスンはロボットらしい冷たい口調で言い放つ。
壁を破った拡張マシンも、威圧的に両腕をあげ、すると天井がさらに崩れた。
「くそ……」
親方は背を向けて駆け出すと、部屋を出る。薄暗い廊下を逃げた。
LSHロボットは人間を攻撃できない──。それは基本的な法則だった。すべてのロボットには行動を抑制する機能が搭載されている。人間を攻撃できない機能を無効にしようとすると、自動的に電子脳が破壊されてしまうのだ。故に──といいたいとこだが、それはあのアルンとかいう野良ロボットにも有効だろうか……親方には「絶対に安心だ」という確信がもてない。家の壁を破壊し、銃口まで向けてきた。撃つなら撃ってみろと試す勇気は出ない。
親方は別の部屋に入る。そこには納品前のLSHロボットが置かれていた。試運転のあと、電源を切っておいてあるのだ。
数体あるなかで土木作業用のパワーLSHロボットを選び、電源を入れる。すぐに起動した。
「おい、家に侵入したLSHロボットを追い出せ。破壊してもかまわん」
いきなり命じた。
「オーケイ、ボス」
身長二メートルの、いかにも強力そうな太い四肢を持つ土木作業用ロボットは、両肩の黄色いパトライトを威嚇的に光らせながら部屋を出る。
(よし、今のうちに──)
親方は部屋の奥にあるドアから出て行った。こんなこともあろうかと、あちこち改装していたのが役に立った。もちろん勝手な改装だが、他の住民はおらず、やりたい放題である。
親方はガレージを目指した。クルマで逃走するつもりだった。カネさえあればこの家に未練はない。たいした私物があるわけでなし、棄ててしまっても惜しいものはなかった。