Act 3
MM‐TZ48は親方と鉢合わせないよう、素早く隣の空き部屋に身を隠した。話はすべて聞いていたから、立ち聞きしていると知れるとコトだ。
今の親方は、三百万MQRしか頭になく、MM‐TZ48に頼んだ食事のことなぞ忘れてしまっているようだった。トレーに乗せた料理はすっかり冷めてしまっていて温めなおさないといけないが、親方はそれどころではない。
それどころではないといえば、親方の作業部屋で待たされている来客もだ。
MM‐TZ48は開け放たれた入口から作業部屋に入った。トレーを隅のデスクに置く。
「おや、きみは……?」
アルンは声をかけた。そのスマートなフォルムは、汎用型LSHロボットで少し前に流行したスタイルだ。
「わたしはここで働いている家事ロボットです」
MM‐TZ48はアルンに歩み寄り、一度、部屋の入口を振り返ると、
「親方さまは嘘をついています。LSHロボットを人間に変えるなんて魔法術は使えません。親方さまができるのは、機械部品の寿命を延ばすぐらい。わたしもその魔法術で動いています。親方さまは魔法術で壊れたLSHロボットを動けるようにして、中古LSHロボット業を営んでいます。きっと、あなたを解体して部品取りに使うつもりです。今のうちに、早くここから逃げたほうがいいです。残念ですが、あなたの願いは……」
一気に言った。
アルンはやれやれと、かぶりを振り、
「今回もムダ足だったか」
そうつぶやいた。
「おれの話を聞いていたんなら、もう説明しなくてもいいだろうが、おれたちはここへたどり着く前にも何人もの魔法術師を訪ねた。だがすべて空振りだった。今さらがっかりはしないさ」
「本当に、LSHロボットを人間にしてくれる魔法術師がいるんですか?」
「いると信じているから探しているのさ。ともかく、もうここには用はない。退散するよ。教えてくれてありがとう」
「あの……」
MM‐TZ48は、部屋を出て行こうとするアルンを呼び止めた。
「なんだい?」
「親方さまに見つかるといけないわ。わたしが先に歩いて、外へ案内します」
「それもそうだな。じゃあ、頼むよ」
建物の外には、たしかにアルンの仲間とおぼしきLSHロボットが待っていた。象牙色の見慣れないコンパクトカーが路肩に停車しており、その脇に立ってジッと建物をうかがっているのが一体、クルマのなかにもう一体いた。
(なかなか用心深い)
親方は、見つからないよう建物の出入口付近から観察して、そう思う。
一体ならなんとかなりそうだが、二体だと簡単にはいかないだろう。相手がLSHロボットだと人間よりタフな分、よけいに厄介であるかもしれない──まともに組みすれば、の話であるが。当然、親方にそのつもりはない。護身用の武器は所有していたが、それでどうにかなるとは思っていない。
親方はもうどうするべきか決めていた。
ハンディ投影機を取り出すと、三〇メートルほど離れた位置にある、アルンの仲間のコンパクトカーに向けて投影した。車体に魔法陣が現れる。二重の円に挟まれた外周部にはびっしりとどこの国のものか知れない文字が刻まれ、内側にはいくつもの図形が規則正しく配された家紋のような幾何学模様が描かれていた。魔法術を増幅させるためのものであった。
それを確認すると、親方は呪文を唱え始めた。
何語ともわからぬ言葉による詠唱。まるで経のようであった。
魔法術はもって生まれた特性であるが、それだけでは魔法術師としての能力は弱かった。それを高めるにはある程度の修練が必要で、親方は独学でこの魔方陣と詠唱を会得し、魔法術を「使える」レベルにまで引き上げた。
(あそこか……)
詠唱を中断する。マネーカードの隠し場所がわかった。
魔法術師が使える魔法術は一種類だけとは限らない。幾種類かの魔法術を使えるのが普通だった。親方も「機械の寿命をのばす」以外の魔法術を使えた。魔法術には難易度のレベルがあり、上級魔法術師になればなるほど、使用できる魔法術の種類が増えるという道理なのである。親方の場合も、他に「頭でイメージするものの在処を知る魔法術」が使えた。
どんな魔法術を使えるかは個人の資質による。覚醒した魔法術師は、なんとなくなにが使えそうなのかがわかった。ただ、それをどうするかは個人の考え方ひとつにかかってくる。覚悟を決めて魔法術師になるか、それともそれ以外の人生を歩むか……。
(クルマに乗っているロボットがマネーカードを持っているわけか……)
それがわかったとして、次はカードそのものを移動させるのだ。物体の空中移動は、比較的簡単な魔法術だった。
親方はハンディ投影機を切り替える。使用する魔法術が違えば魔法陣も異なる。小さなジョグダイヤルを指先で回すと、投射されている魔法陣の図柄が次々とかわっていった。目当てのものが現れると、親方はほくそ笑む。もう大金を手に入れた気でいた。
意識を集中した。口の中でぶつぶつと唱える呪文は、さきほどのものと同じ言語だ。魔法術だけに用いる特別な言語が、いつどこで創られたのか知る者はいない。それを調べるのは簡単ではなかったが、生きる上で必要だと親方は努力した。
気合いを発して呪文を唱え終わったとき、親方の手のなかには一枚のマネーカードがあった。
(ちょろいもんだ)
最近はあまり見かけなくなったマネーカード。なにかの事情で銀行口座のない人、あるいは持てない人用としての用途があって廃止はされないが、目にすることはあまりない。流通しているマネーカードの半数以上が犯罪にからんでいる、という統計もあり、胡蝶蘭の花柄が印刷された派手なデザインは逆に胡散臭く映った。
だがともかく大金が手に入ったのだと、親方はこみ上げてくる汚らしい笑みを抑えられない。
むろん、アルンと名乗ったLSHロボットたちはマネーカードの紛失に気づくだろう。しかし盗まれたという証拠がなければ、親方がいくら怪しかろうと手は出せない。あきらめてロボットたちが去ったあとでゆっくり使い道を考えられるというわけである。
カードをポケットにねじ込み、親方はきびすを返すと、建物の中へと引っ込んでいった。