Act 2
アルン、とそのLSHロボットは名乗った。だれにつけられた名前がわからない。こざっぱりとしたジャケットを着たこのLSHロボットには所有者がいないのだ。
親方は、わざわざやって来たこの古いタイプの汎用型LSHロボットを利用できるのではないかと、すぐに皮算用を始めてしまう。だから「あなたが魔法術を使えると聞いた」というセリフをうっかり聞き逃すところだった。
「どこでそれを聞いた?」
眼光するどく目の前のLSHロボットを見つめる。アポイントもとらずいきなり訪ねてきて何事かと興味をそそられて部屋に入れたが、応対したのはまずかったかもしれないと警戒した。
魔法術は人々から不気味な存在として偏見をもたれている。テクノロジーが進めば進むほど差別の度合いはひどくなった。だからこんな辺境の惑星のスラム都市に身を潜めるように居を構えているのだ。
「どこで聞いたかといえば、いろいろと答えるしかないが……そうだな……不確かなウワサと言えばいいのかな。おれにとっちゃ、そんなことはどうでもいいのだが」
ふん、と親方は鼻を鳴らす。
「もし、わしが魔法術師だとして、だったらどうだというんだ?」
「本当に魔法術師なのか!」
アルンの声が弾んだ。その様子から、魔法術師を求めてほうぼう探し回っているようだと知れた。
(だったらこっちが主導権をとれそうだ)
親方は内心ほくそ笑む。うまくすれば一儲けできそうだ。
「頼みを聞いてほしい」
「頼み……ロボットの頼みなぞ、聞けると思うのか?」
「カネは払うさ。おれたちLSHロボットは銀行口座を持てないから、マネーカードで払う。MQRクレジットで三百万ある」
「なにっ?」
マネーカードにそれだけの大金をチャージするなど普通ではない。裏世界の匂いがした。
願い事がなにかはまだ聞いていないが、おそらく自分の魔法術ではかなえられないだろうと親方は思い、しかし一方で三百万MQRもの大金は魅力的でどうにか手に入れたいとの欲が膨らんだ。
(ここはひとつ、だまくらかしてそのカネをせしめてやろう)
LSHロボット相手にまともに交渉するやつなどいない──それが世間の風潮だった。
「わかった」
親方は大きくうなずく。
「で、おまえさんの望みを一応確認しておこう」
「おれも念のために確認しておきたい。あんたは本当に魔法術師で、LSHロボットを人間に変えられるんだな?」
「はっ!」
想像していなかったことを聞いて驚いてしまった。思わず声が出てしまい、あわてて口を閉じた。
(LSHロボットを人間にだと? そんなことを望むLSHロボットがいるとはな)
親方はあきれた。いくら魔法術でも、そんなことができるなどとは聞いたこともないし、できるとは思えなかった。
(どんなウワサを聞きつけてきたのか知らないが、おめでたい野郎だ)
LSHロボットを人間に変えるなど、そんな魔法術が存在するなど考えられない。魔法術師である親方は、魔法術の限界もわかっていた。どれほど稀有な才能に恵まれたとしても、そんな魔法、難しすぎて会得するのは不可能だ。
もちろん、ここでその事実を教えるつもりはない。こいつをここで解体し、持っているマネーカードを横取りするのだ──。
「LSHロボットの寿命は長くても十五年だ。製造会社が部品のサポートを打ち切ってしまうし、ソフトウェアの更新も実施しなくなる。人間のように百三十年も生きられない。それだけじゃない、人間にはLSHロボットにはない感覚を持っている。おれたちには永遠にわからない感覚をな。だからおれたちは人間になりたいんだ」
親方が思案していると、アルンは語っていた。
「じゃ、その作業台に乗ってくれ。今から人間にしてやるから」
「ずいぶん簡単に引き受けてくれるもんなんだな。断っておくが、おれが人間にならない限り、三百万MQRは支払えないぜ。マネーカードは外にいるおれの仲間が持っているんだ。おれが人間になってここから出てきたら、仲間がマネーカードをわたすという段取りだ。むろん、おれの仲間も人間にしてくれよな」
親方は小さく舌打ちする。
(LSHロボットのくせに用心深いやつだ。しかし困ったぞ。なにか手はないかな……)
「ああ、三百万MQRも出してくれるんなら、こちらとしてもやる気になるわい。だが、ちょっと待っていてくれ。この魔法術には準備がいるんだ」
親方は身を翻すと、風を残してさっと部屋の外へと出ていった。