Act 1
両手で抱えた樹脂製箱のなかには切断された手足が入っていた。湿っぽい空気がよどむ金臭い廊下は薄暗く、重い箱を運ぶ足どりは慎重だった。
「親方さま、持ってきました」
彼女は開け放ったドアから目の覚めるほどに明るく灯された部屋へと入ると、会議机ほどの大きさの作業台に向かっている男の背中に声をかけた。
「おう、ここへ置け」
振り向きもせず、一人で作業に集中する小柄な男は横柄な口調で命じる。あちこち擦り切れて垢じみた灰色の作業服を着た浅黒い顔。五十代ぐらいだろうか。神経質そうな眼つきで工具を動かしている。
「はい、親方さま」
華奢な体躯に似合わぬ動作で、言われたとおりに箱を作業台の上に置く。まだあどけなさの残る顔立ちは少女といってもよかったが、彼女は人間ではない。
ロボットだった。労働代行用人型ロボット。よくできた人工皮膚の下は軽量合金のメカトロニクスなのである。家事手伝い用として量産された古い型のLSHロボットで、MM‐TZ48という型番がついていた。が、一般的なオーナーなら名前をつけるところ、ここではそれ以外の名は付けられていなかった。
MM‐TZ48は作業台の上をそっとのぞき込んだ。
そこにもLSHロボットがいた。何体もの壊れたロボットから規格の合う部品を集めて一体のLSHロボットが組み立てられているところだった。それはさながらロボットのフランケンシュタインだ。
そう──MM‐TZ48が箱に入れて持ってきた手足がそれに使われる部品なのである。
男はロボット技師であった。だがロボットメーカーやメンテナンス会社には勤務しておらず、こんな地下牢のような薄汚い建屋に一人で引きこもっていた。一人でいなければならない理由があった。
「なにを見てるんだ? 用が済んだなら、さっさとメシの準備をしな」
手元を見つめる視線を気にしてか、『親方』はすごんだ。
「あ、はい──」
弾かれたようにMM‐TZ48は背筋を伸ばし、そそくさと部屋を出て行った。
(自分もここで修理されたけれど、いつかは部品取りにされるのだろうな)
冷静にそう思った。
MM‐TZ48は故障して棄てられていたところを、ほかのLSHロボットとともに親方に拾われた。ジャンク屋の裏手で野ざらしにされ、金属回収業者に売られる直前だったのを、格安でゆずってもらった〝資源ゴミ〟のうちのひとつだった。
そんな資源ゴミのなかでMM‐TZ48は一番まともな状態ではあったが、それでも修理するにはかなりの電子回路やメカニカル部品の交換が必要で、高い費用を払ってパーツを入手するより、完動するロボットを購入するほうがまだ安価につくぐらいだった。にもかかわらず、親方は修理した。
正確には修理したのではなく、〝魔法術〟を使った。魔法術によって、パーツが持つ〝記憶〟を思い出させ、その機能を蘇らせたのである。
魔法術師は、天の川銀河のアンダーグラウンドに存在する特異体質者であった。技が伝承者によって太古から代々つたえられてきたわけではなく、本人が望まなくともその能力がなにかの拍子で開花すれば魔法術師となった。が、魔法術師は、その能力故、堂々と日の当たる場所での活動ができない。親方が一人で中古LSHロボット業を営んでいるのも、その能力のためだった。
清掃はされていたが、雨漏りの修繕までは手がまわらない染みだらけの廊下から、MM‐TZ48は親方の食事の支度をするために簡素なキッチンに入る。
ニーヴン星系第六惑星、ニーヴン・ゼータのスラム都市、カームシティの一郭にあるこの古びた集合住宅に、親方は勝手に住んでいた。築年数不明のこの建物はあちこち傷んでいて、使えそうな部屋を選んで自己のテリトリーとしていたが、文句を言う人間はいなかった。それほど多くの人間はこの集合住宅……この都市には暮らしていないのだ。資源枯渇によって人々から見捨てられた街──それがカームシティであった。
MM‐TZ48は、化石燃料から作られたレーションのパッケージをあける。
食材は近くの商店から買ってくるが、品揃えは悪く、そんななかで工夫しながら日々の食事をつくっていた。新鮮な天然の食材などという贅沢なものは手に入らない。家畜のエサのような出所不明の加工食材を組み合わせ、いろんなレシピを工夫してなんとか料理らしきものをこしらえていく。ときどき味見をして、酸味や塩分を確認した。LSHロボットなので成分濃度の分析はできるのだ。が、味わうことができなかった。美味しい、という感覚はわからない。わからないが、センサーがなんとか動作している限り料理は作れた。
ただ、魔法術でもってパーツの寿命をのばしても、やはりいつかは故障する。
さきほど倉庫で機能停止したLSHロボットから部品取りしたが、MM‐TZ48もいつかは部品を取られる立場となるだろう。なぜなら、MM‐TZ48の以前に親方の身の回りの世話をしていたLSHロボットは、今や壊れて倉庫に放り込まれ、部品取りされるのを待っているからだ。
だからといってMM‐TZ48はここから逃げ出せはしなかった。
LSHロボットが単独で社会を生きていくことはできない。必ず人間の保護が要った。オーナーがいなくては活動できないし、世間はLSHロボットにそこまで寛容ではない。ところどころ人工皮膚が破れてみすぼらしくなった中古LSHロボットを使ってくれる人間などどこにいようか──。
故障はいつか突然、訪れる。いつかはわからないが、そんなに遠くない未来だ。実際、MM‐TZ48の左腕は最近調子が悪い。肘の関節がときどき動かなくなって異音もする。ここの部品ももうすでに限界をこえている。他の部品も早晩不具合を起こすだろう。魔法術といえども万能ではないのだ。
料理ができあがった。湯気のたつ皿をトレーに載せ、さきほどの部屋へと持って行こう通路に出て歩いていると、人の気配を感じた。
(LSHロボットを買いに来たお客様だろうか?)
それぐらいしか思いつかない。友人など来たことがなかったし、血縁関係者となるともっとありそうになかった。
(いや、ちがう──)
MM‐TZ48のセンサーが、生体反応を捉えていない。ということは……LSHロボット!
親方といっしょにいる。
足音を忍ばせて、MM‐TZ48は親方の作業部屋の前まで至る。
会話が聞こえてきた。