32. 画策する
セウェルスは想像以上に危機的な状況だったらしい。
まず、セウェルスには3つの派閥がある。
ひとつが反対派と呼ばれる現王の退位を望む派閥。
ひとつが中立派と呼ばれどちらにも付かず機会を伺っている派閥。
そしてオスカーの父であり宰相でもあるフランドル公爵を筆頭とする最大派閥、フランドル公爵派。
「反対派の貴族は既に抑えている。彼らはティターニア殿下が即位するのを望んでいたからな。だが反対派故に閑職に就いている者が多い。唯一、国境に面している辺境伯の力が大きいのが救いか」
セウェルスの組織図を指差しながら丁寧に説明するオスカーにローランは若干引き気味だ。他国の、それも未だ戦争中の王子にそんな事まで話して大丈夫なのか。
ローランの事をチラリと見たオスカーはまた視線を組織図に戻す。
「ローランは信用に足ると判断した。もしそうで無かったとしても足元を掬われるような俺ではない」
あの短時間でオスカーはローランの事をそう判断したらしい。オスカーの洞察力に感服すると共に、オスカー自身の事は嫌いになれそうにない。むしろ良い友人になれるだろう…と、ローランは思う。
ローランの思考を無視してオスカーは話を続ける。
貴族や役人の横領が始まったのはイーサンが即位する以前から。たまたまイーサンの代で顕著になっただけだとオスカーは言う。
城下を見る限りクルドヴルムと同様に栄えているようだが、実際地方へ行けば行くほど悲惨な状態だそうだ。魔法でどうにかならないのかローランは尋ねるが、選民意識の負の遺産か、魔法が使える人間は限られており、国民全てが学べるものでは無いという事だった。
そんな中、オスカー達はこの2年間で革命の準備、不正の洗い出し、また地方への援助など様々な活動を行なっていたらしい。
「さて、此方側が優位に立つために…」
とん、とオスカーが指差すそこには”ネヴァン”と書かれている。
「中立派の筆頭、ネヴァン公爵家だ」
「セウェルス聖王国の騎士団長か!」
勇猛果敢で名高いセウェルス聖騎士団を率いる騎士団長の名はローランも知っていた。15年前の大戦でクルドヴルムに大きな傷を残した騎士団。
ローランの言葉にオスカーは頷く。
「ここが厄介で俺が宰相の息子という事もあって取り付く島もない。ネヴァンの跡取りと殿下を婚姻させるなら考えても良いと言われているが、俺は公爵派を纏める為に殿下の夫になる必要がある」
ネヴァン家もそれが分かっているから断る理由をつけているだけだと、忌々しそうに組織図に書かれている家名を指先でトントン叩く。
ネヴァン公爵家…代々騎士団長を輩出する一族。
「俺に…考えがある」
ローランはオスカーに自分の考えを伝えた。
ーーーーーーーー
夕食の席にローランとオスカーは共に表れ、ティアを驚かせた。
「僅かな時間でしたがお互いを知る事が出来ました」
オスカーからの報告で複雑そうな顔をして「それは良かったですね」と言葉を返す。結婚相手のオスカーとローランの想像以上に気安い様子を見て内心複雑なのだろう。
「ティア、オスカーは全部知ってる」
ローランはティアを見ないまま目の前にある肉をナイフで切りながら伝えた。ティアは目を見開いてローランとオスカーを行ったり来たりし、真っ赤になる顔を隠すように俯いた。
「私は殿下の忠実なる僕にございます故」
「…感謝します。オスカー」
「何の事です?お兄様??」
ティアの言葉にオスカーが少し頭を下げると、同席していたエブリンは訳が分からないという風にオスカーへ詰めよる。オスカーは若干面倒臭そうにした後「後で説明する」とあしらった。
尚も食い下がろうとするエブリンを無視して、オスカーはローランに顔を寄せ耳打ちする。ローランはチラッとティアを見てからオスカーを少し睨みつけると息をひとつ吐き、エブリンへ視線をうつした。
「エブリン嬢。この話は内密に」
エブリンに微笑みながらローランが人差し指を唇の辺りに持っていく。ね、と少し首を傾げれば、エブリンは全身が真っ赤になり固まった。
その様子を見たオスカーは肩を震わせているが、ティアの視線が痛い。半眼で目が座っているようにも見える。
「後で時間を作ってやる」と、ティアの様子に気付いたオスカーがまだ肩を震わせ笑いながらローランに言った。
ティアはまだ不機嫌なのか一言も話さず黙々と食事を続け、エブリンは機械のような動きで真っ赤になりながら食べ物を口に運んでいる。
唯一平静に食事をしていたオスカーだったが、デザートが運ばれてた頃合いをみてティアに話しかけた。
「殿下。明後日ネヴァン公爵家との面会を取り付けました。ネヴァン公爵家をこちらに取り入れなければ計画は成功しません。ローランと共にネヴァン公爵家に赴き、公爵を説得して頂きたく存じます」
「分かりました。ですがローランも、ですか?」
オスカーは頷く。
「恐らくネヴァン公爵を説得出来る最後の鍵はローランだと、そう考えております」
力強く言うオスカーに、ティアは反論することなく
「貴方がそう言うのでしたら間違いないのでしょう。ローラン、明後日は宜しくお願いいたします」
と言ってから、ローランに頭を下げた。




