23. 聖剣カラドボルグ
“うむ。確かに我が竜王の血をひく子供だ。我が名はグングニル。我を求めるか、竜の子よ“
“待ちなさいグングニル。貴方では無いやもしれません。この子供は聖王の血もひいているようです。目的はカラドボルグでは?“
“だがのう、カルンウェナン。この子供が持つ聖王の血は薄い。“
“フラッゼイの言う通り、我が聖王の血は薄い“
(英雄達の武器が目の前に浮いていて話してる⁈)
信じられない状況にローランは呆気にとられて武器達のやり取りを聞いていた。
『説得しろ』とシリルは言った。つまり聖王達の武器が言葉を発するのを全て知っていた事になる。
年齢不詳で謎が多いシリルの謎が益々深まったところで、ローランは我に返った。
ずぶ濡れで礼は欠くが仕方ないと、ローランは尚もやり取りを続けている聖剣達に向かい膝を折り低頭する。
「私はローラン・ヴェド・クルドヴルム。聖剣カラドボルグ!!聖王の血を引く者の為に私に力を貸して頂きたい」
ローランは聖剣カラドボルグに乞うた。
ローランの願いに繊細な文様を描いた柄を持つ長剣がユラリと揺れる。
“…断る”
カラドボルグの答えにローランは言葉を失った。
“竜王の子よ。我であれば力を貸そうぞ”
そう言ってグングニルがローランに近づくが、ローランは首を振る。
「聖槍と呼ばれる貴方と会えたのは嬉しく思います。しかし、セウェルスの為…何よりも聖王の血を引く王女の為、カラドボルグに力を貸して頂きたいのです」
グングニルの表情は見えないが残念そうにしているのは何となくわかった。しかしカラドボルグは先程と同様にフワフワ浮いたまま。
“其方は聖王では無い。私の力が必要であるなら尚更。聖王の血を濃く引く子が来れば良いだろう”
“カラドボルグ。その子供は僅かだが聖王の血も流れておる。力を貸すくらい良いのではないか?”
曲刀カルンウェナンが助け舟を出すが、カラドボルグは沈黙している。
このままではシリルの指示が達成出来ないだけでなく、ティアの助けになれない。
(それだけはごめんだ)
ローランは立ち上がるとカラドボルグを真っ直ぐ見据えた。
「どうすれば力を貸してくれる?」
そう言ったローランは違和感を覚えた。
いや違う。師匠はカラドボルグを『説得しろ』と言った。『願え』とは言っていない。
ローランは目を閉じながらシリルの言葉を反芻する。
「…違う。これは願いでは無い。これは命令だカラドボルグ。僅かでも聖王の血をひく俺にはその権利がある」
ゆっくりと目蓋を開き、目の前に怒りのオーラを発するカラドボルグを見つめた。
“私を愚弄するか…竜王の子よ”
「そんなつもりは無いが、俺は俺の願いを叶える為にこの場に居る。あまり駄々を捏ねるようなら無理矢理にでも連れていく」
“竜王の子は愉快じゃの”など他の聖剣達が囁き合う声が聞こえるが、ローランはそれどころではない。
カラドボルグと対峙するだけで、背中から冷や汗が流れている。ずぶ濡れじゃなければ気付かれていた。
少しでも気を抜けば切られる。ローランはビリビリとした覇気を全身で受けながら、逃げ出したくなる気持ちを叱咤激励して無理矢理立っているだけだ。
“…面白い。やってみよ小童”
カラドボルグがそう言った次の瞬間。聖剣達の周りに覆われていたドーム型の膜がひしゃげた。ゴポリと音がするとローランの顔だけが空気がある空間から水の中に戻っている。膜の中に戻ろうとするが何故か膜を通り抜ける事が出来なかった。
事前に準備した訳ではない為、水中で耐えられる時間は先程より短い。
(焦るな!何か手がないか冷静に考えろ)
ローランが周りを見回すと、優雅に泳いでいた七色の魚達が一点に集まっている。
大量の泡が吐き出され、魚達が融合していく。その姿はやがて巨大な蛇の形に変化し、ローランに向かって大きな口を広げながら襲いかかってきた。
水中で言葉を発せられないため使役獣を召喚できない。このままでは食われる、その時
『イメージしなさい』
師匠であるシリルの言葉が蘇った。
ローランは巨大な蛇を睨みつけると、言葉を別の媒体。両目に置き換える。契約書代わりの言霊を、両目に書き込む事を『創造』する。
歯を食いしばったローランの口から空気が漏れるが気にしない。
この蛇を使役する!ローランは強く意識する。
“ユルルングルだ!竜王の子よ”
頭は水中にあるのにグングニルの声が聞こえる。
『従え!ユルルングル!!!』
ユルルングルと呼ばれた大蛇の牙がローランに届かんとする直前。
ローランの目の前に魔法陣が発現し、ユルルングルを包み込んだ。
魔法陣に抗おうとするが、まるで鎖のようにユルルングルに絡みつく。
『ユルルングル。俺の名はローラン・ヴェド・クルドヴルム。俺に従い、手足となれ!!』
眩い光が魔法陣から発せられるとユルルングルは抵抗を止め、大人しくなった。
(成功した!!)
無詠唱召喚が成功してもユルルングルに叶うかは分からない。ならばローランの暴発寸前の魔力を対価に使役すれば良いと考えた。後はもう創造力でしかない。
後はもう一つ。ローラン自身は見た事しか無いが、シリルが修行の時に放っていた魔法。
ローランはドーム内にある腕をカラドボルグへ向けると、指先へ意識を集中する。
空から落ちる神の怒り。音や光、そして放電を創造する。
『神鳴』
ローランが頭の中で叫んだ瞬間。ローランの指先から雷が発せられ、カラドボルグを直撃した。
土魔法しか使えないローランが見様見真似で放った雷の、その効果を見る事なくローランは意識を失った。




