14.ティアの目的
ベッドに寝かせる前に土まみれで汚れていたティアの為、俺はまたブラウニーを呼び出しティアの破れた服も含め補修、浄化してもらった。
師匠が浄化魔法を使ってくれれば苦労しないのに、絶対お仕置きだ…。
そう肩を落としながら、ベッドで眠るティアを見つめた。
「なんであんな無茶をしてまで…」
貴族令嬢ならあんなにボロボロになるまで頑張る必要は無いだろう。騎士や魔法士に任せればいい筈だ。
ティアが無詠唱で発動したい「切断魔法」だって初期魔法のひとつ。
実際初日に見たが、詠唱しても僅か数秒…大した時間ではない。
そうなると理由はただひとつ。
詠唱するところを見られたくない…いや見せられないのだろう。
俺は膝に置いた拳を握りしめ、自分を落ち着かせる為大きく息を吐く。
15年前の大戦で双方大きな被害が出て以降、小康状態が続いているが戦が終わった訳ではない。
では狙いはクルドヴルムか?
…いや違う。
ティアからはクルドヴルムへの敵意は感じられなかった。知りたいという理由も好意的に聞こえた。
それに「切断魔法」では竜王の庇護を持つ国王や王太子を弑する事は不可能だ。
師匠だってその為の弟子入りは許さないだろう。
そうなるとティアの目的はセウェルス国内にある。
15年前の大戦で前王が崩御した後、神の啓示を受けた少年王が即位した。
10歳で即位した王に権限は無く、傀儡政治だと聞いている。だが全くの傀儡ではないのか、周りに優秀な側近が居るのか、内政が崩壊しているとは聞いていない。
実際師匠についてセウェルス城下を訪れた事もある。
クルドヴルムと同様に充分に栄えた王都だと感じた。
では何故…。
目的は分からない、だが「切断魔法」が手段である事は容易に理解できる。
「切断魔法」の攻撃範囲、その威力…。
「切断魔法」の対象範囲は精々人ひとり。
狙いを定め矢のように放つティアの姿を見ている。
そうするとティアが狙うのはひとつ。
そろそろと片腕を上げ指で自分の首に触れた後、ギュッと唇を噛んだ。
口の中にジワリと広がる血の味。
まだ16の少女だぞ。いや俺だって1歳しか違わないが…俺は王族として、騎士として覚悟は出来ている。
無詠唱で切り裂く必要があるもの…そんな…
「そんな残酷な事をティアに背負わせるなよ…」
「…ローラン?」
ギュッと目を瞑り、唇を噛みながら叫び出したい気持ちを抑えていた俺は、ティアの声で我に返った。
「ティア、具合はどうだ?師匠が治癒魔法をかけてはくれたが、大丈夫か?」
わざと明るく振る舞う俺に対し、返事を返す事なくジッと俺を見つめている。
「…美しい召喚獣でした」
「え?」
「虹色の鱗がキラキラ輝いて、護ってもらえると安心したら…気が抜けたのか…気を失ってしまいました」
困ったように両眉をさげてティアは苦笑した。
「ガルグイユが聞いたら喜ぶよ」
「今度きちんとお礼をお伝えしたいです。また会わせて下さいね」
「うん」
「それと師匠の魔法は世界一なので私は大丈夫です」
そう言いながらティアは未だに握りしめている俺の拳にそっと手を重ねた。
俺の半分もあるのだろうか…小さく柔らかい手の温もりに泣きそうになる。
ティアはそんな俺に気付かないフリをしてくれているのか、俺の顔から視線を逸らすと拳を優しく撫でながら囁くように紡いだ。
「…護ってくれてありがとう。ローラン」
嗚呼、俺が護れたら…護る事が出来るなら…。
彼女に待つ未来への負担を少しでも軽く出来るのなら…。
「ティアの為なら…ティアが望むなら…これからも全力で護るよ」
ティアの目が大きく見開かれ、瞳が揺れた。
一筋、涙が頬を伝う。それを皮切りにティアの瞳からは大粒の涙が溢れて止まらなかった。




