12. 魔法と召喚
それからティアはフェンリルに、俺は走ったまま森を一周し師匠の家に戻った。
ティアは走ると頑なに固辞していたが、師匠は一週して来いと言っただけで走って来いとは言ってない。
屁理屈かもしれないが、今日のティアにはこれ以上走らせるのは無理だと思った。
夕方までかかり師匠の家に戻ると、一足先に師匠の元へ向かったスチュワードと師匠が庭に出て何やら準備をしている。
師匠は背後から近付く俺達に気付くと振り返って片手を挙げる。
「おかえり。今日はお庭で猪パーティーだよ」
超絶美形な師匠が嬉しそうに手を挙げてる師匠は、彼氏を待ってる彼女のようだ。
これがティアならいいのに180ある男性なのは寂しい。
「ただいま戻りました。師匠」
ティアはフェンリルから降りて師匠に駆け寄る。
師匠はティアの頭を撫でると「どうやらローランが余計な事を言ったせいで空っぽどころか一杯になってしまったみたいですね」と、困った顔をしていた。
視線だけ俺に向けて…正直怖い。
師匠の目は「この馬鹿は」と言っている。
俺は気付かないような振りをして隣に立っているフェンリルの首を撫でた。
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ティアの目の前には猪鍋、炭火焼などの美味しそうな料理が並んでいる。
準備したのがスチュワードだから全て美味しいのは間違いない。
そのスチュワードは俺以外の二人の給仕をしている。
俺の執事なんだが、この扱いは久しぶりに呼び出された当て付けだろう。あいつ本当に遠慮が無い。
「さて、食事をしながらだけど少し話をしようか」
師匠の言葉にティアは改めて背筋を伸ばすと頷いて師匠を見た。師匠はそれを見てから「少しだけ長くなります」と続けた。
「この世界にうまれた生命は全て、大なり小なり魔力が内包されています。またその魔力の質に違いはありません。ですので本来魔法も召喚も産まれた場所に関わらず使えるのです」
これは以前師匠から聞いた。この話の後に俺は魔法の訓練を始めたのだから。
「ではなぜセウェルスは召喚が使えず、クルドヴルムは魔法が使えないのか」
この話は俺は聞いていない。正直あまり興味なかったからもあるが、知ったところで余り意味が無いようにも思っていた。
「それはそう決められているから」
師匠はティアや俺の反応を気にせずに話を続ける。
遥か昔に有識者達が産まれた国に魔法と召喚は紐付いていると結論付けた事で戦争が始まった。
しかしその結論自体が誤りであったと。
「子供達が幼い頃から植え付けられた『出来ない』という言葉は潜在意識に深く根付く。潜在意識はその可能性すらも奪ってしまう」
師匠は細く長い人差し指で自分の頭を示した。
「案外真実は簡単なんです」そう言ってその指を口元へ移動する。
「ローランが魔法を使えたのもローランが素直だったから。私の言葉を信頼してくれたからです」
ふふっ、と俺をみて微笑む師匠。
素直って褒められているのか、子供みたいと馬鹿にされてるのか微妙な感じだ。
でも、間違いなく俺は師匠の言葉に驚いたが疑わなかった。師匠が言うなら出来るんだろうと思った。
それが俺が魔法を使えた理由か…そう思いながら俺は自分の両手を見る。
その考え方で言えば『魔法は詠唱して発動する』も同様の理論ではないか。
ティアもそれに気付いたようだ。食い入るように師匠の話を聞いている。
「魔法詠唱も同様です」
今度はティアを見ながら師匠は微笑んだ。
とはいえ難しいだろうな。
俺は魔法を知らなかった。
知らないから覚える事にあまり苦労はしなかった。
だがティアは魔法は詠唱が必要と深く根付いている。
知っているからこそ苦労する事もあるだろう。
「師匠、わたくしに出来ますか?」
ティアも同じ事を思ったのか、その瞳は不安気に揺れている。
俺が何とかしてやる!と言いたいが今は何も思いつかない。正直何もしてやれなくて悔しい。
「ティアが私の言葉を信じてくれればきっと」
そう言って師匠は両手を軽く合わせると俺達に笑いかける。
「さあ、スチュワードが作ってくれた料理が冷めてしまいますね。明日からもっと厳しい修行が待ってますから、今日は沢山食べて元気をつけましょうね!」




