9.スチュワードとフェンリル
少し休もうと言ってもティアは嫌々首を振るだけで動かない。
恥ずかしいのは分かるが埒があかないので、俺は無理矢理ティアを抱き上げた。
少し抵抗されるが手は顔を隠したままだから抵抗にもならない。
「…わたくし…あんなお恥ずかしい姿をお見せするなんて…」
ティアは消え入るような小さな声で呟いた。
なんだそれ⁈
俺は無性に腹が立った。ただの貴族令嬢で終わるなら恥じ入るのは分かる。だがティアは違うだろうっ!!
「今のが恥ずかしくて修行にならないなら弟子入りなんて辞めてしまえ!あれはっ!今はそれに耐えうる体力が無いだけだ。誰でも経験する事で恥ずべき事ではない!!」
ティアの顔から両手が下され弾かれたように俺をみつめる。
間近にある栗毛色の瞳を見て、俺はようやく冷静になり、ティアを怒鳴りつけた自分自身を猛反した。
「〜っ!だからあれはティアが頑張った結果であって、恥ずかしいと思わなくて良いって事だ」
ティアの瞳が揺れ泣きそうになっているのが分かる。
「ローランの仰る通りです。初めての事で動揺してしまいました…ごめんなさい。そしてありがとう、ローラン」
ティアは涙が溢れないよう瞬きを何回か繰り返した後、安心したように柔らかく微笑んだ。
ティアの頬はやっぱり恥ずかしいのかほんのり赤い。
…が、絶対に今は俺の方が赤くなっている。
触れ合っているティアに心臓の音が気付かれないよう祈るばかりだ。
『ご令嬢も少しだけお元気になられたようですね。それでは景色の良い丘の上でティータイムと致しましょう』
ティアの注意がスチュワードに移ったので、俺はホッと息をつく。
良くやったスチュワード!いつも小姑のようだと言って済まなかった。
「スチュワード、妹弟子のティアだ」
『お初にお目にかかります、ティア様。使役精霊スチュワードと申します。ローラン・ヴェド・クルドヴルム第一王子殿下の執事を拝命しております』
俺がスチュワードを紹介すると、スチュワードはティアに向かい恭しく頭を下げた。
「よろしくお願い致します。スチュワード様」
『スチュワードとお呼び下さい、ティア様』
スチュワードはティアに向かい微笑む。
わかりました、とティアも微笑えんだ。
『それでは御主人様。丘の上までティア様をご案内願います。私はひと足先にお待ちしております』
そう言い終わるとスチュワードは一瞬で姿を消した。
景色の良い丘はここから1キロ程先にある。
ティアにはまだキツイだろうから、このまま行くしかないか。
…ああ、そうだ。俺は朝から忘れていた事を思い出した。
「ティア、昨日使役獣を紹介すると言ったろ」
「え?スチュワードでは??」
「あれは違う。ティアに紹介したら喜んで貰えそうなやつだ」
戸惑うティアに笑いかけながら俺は続けた。
「フェンリル」
魔法陣が出現し、俺達の目の前に馬ほどの大きさがある真っ白な犬が姿を現した。
ティアは驚いて固まっているが、気にせずフェンリルの前に立った。
俺はフェンリルの顔を撫でるとフェンリルは気持ち良さそうに目を細めた。
「ティアも触ってみる?」
ティアの顔がパッと輝き俺を見たあと、フェンリルを見つめて微笑んだ。
「きゃっ!」とフェンリルに自らの頭を擦り付けられたティアは驚きの声を発した。そして恐る恐る自らの腕を伸ばしてフェンリルの大きな頭を撫でてやる。
俺の腕に抱かれていたティアのからだが弛緩するのを感じた。きっとフェンリルのふわふわした毛並みに癒されているのだろう。
キラキラと幼い少女のような顔をしながら夢中でフェンリルを撫でているティアが可笑しくて、可愛くて、見ているだけで心が暖かくなるのを感じる。
だが少しだけ無防備なティアに撫でられているフェンリルが羨ましい。
何だこの気持ち…昨日から今まで感じた事がない感情が溢れて、俺の中で収集がつかない。
あの姉上でも婚約者とふわふわの動物には甘い笑顔を見せていたから、ティアもフェンリルの事は気に入ってくれると思っていた。
だからフェンリルを呼んだのにモヤモヤする。
ティアの無邪気に喜ぶ姿を見れたのは嬉しい。
だけどその笑顔を俺に向けて見せて欲しい、俺だけに向けて欲しい、そう考えてしまう。
…それって…俺は自分の感情に唖然としてしまった。
「俺、ティアに恋したのか?」
それは言葉になって口から漏れていた。




