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「sin・sense」 〜罪人共による異能力の闘争〜  作者: むかぜまる
8章 彼らが何もできない状態から行動を開始する行進譚
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98話 『ヒト』と『モノ』

 傷だらけのある男は、夢を見ていた。

 * * * *





 彼は夢を見た。自分が何者かを思い出させるための夢を。



   **



 ──僕は、つくづく幸せだと思う。このような父と母が居て、不自由もなくて。


 お父様とお母様は数々の企業の経営に携わる、素晴らしい方々だ。世界にも名を馳せ、さらに品行方正で容姿端麗。

 非の打ち所がないとは、この二人を表すために生まれた言葉だ、と思うほどに完璧だった。


 だから僕も、それにふさわしい立派な一人息子として振る舞わなくてはならない。彼らにとっての()()となってはいけないのだ。



   *



「お、お願いします……! 連日連夜で作業しっぱなしで、もう腕が……」


 涙で視界も塞がった男は、まともな衣服も着ずに羽毛のカーペットを這いずる。

 客観的に見れば、今の僕の顔は多分青ざめているだろう。


 その男はやせ細った手で僕の足首を掴もうと、小枝のような腕を伸ばす。まるで亡霊に恨まれたかのような感覚に、僕は全身を強ばらせた。


 近くにいた父が、突然男の腹を蹴りあげた。「ゴブッ」と断末魔を上げた男は、カーペットを転がるとそのまま気絶してしまった。

 父は蹴った方の靴を、新品のハンカチで拭くとそのままほおり投げた。



「汚らわしい……気安く息子に触らないで頂きたい。──お前たち! こいつを管理していたやつを呼べ! そして罰として、そいつから30点引け! このカーペットも買い換えさせろ!」


 父の怒号に近くにいた召使い同様、僕もさらに体を強ばらせる。亡霊よりも、ずっと恐かったからだ。

 しかしすぐに、父は僕の両肩を優しく掴む。そして何事も無かったかのように、笑顔で語りかける。



「いいかい、颯馬そうま。颯馬は『モノ』になってはいけないよ。『モノ』になればね、どんなに酷い仕打ちや命令を受けても反抗できないんだ。存在価値が『ヒト』から『モノ』になることは、一種の死を表しているんだよ」

「……では、あの男は『モノ』だったのですか?」

「その通り。『モノ』は人が使ってやらないと意味ないだろう? だから私が情けをかけて、彼を労働させているんだ。『モノ』は放置されるよりも使ってあげた方が喜ぶからね」


 僕は賛成だった。

 世界的に活躍している父が言うことだから、それはきっと人生を成功させる真理なのだろうと思っている。



   *



 少しして、父が呼んだ召使いがやってきた。



「もっ、申し訳ございませんでした! あれを手洗いに行かせたら逃げられてしまい……」


 その召使いは、人生の終わりのような顔で父を見ていた。

 恐怖と絶望。それが彼の表情だった。



「今回で30点引かれた訳だが……どうだ? まだ『ヒト』か?」

「はっ、はい! お恥ずかしながらあと7点だけ残っておりまして──」

「そうか、ではもう『ヒト』を辞めていいぞ」

「辞め……え? それは、一体何故ですか!? あと7点残っています! ここから挽回しますのでどうか──」

「口答えしたな、7点引く。こいつを()()()行け」


 「ただちに」と短くうけたまわった召使い達は、その男の両腕を掴む。



「まっ……お待ちください! それはあんまりですよ! おい、お前らもなんか言ってくれよ! 先輩の頼みだ!」

「黙れ、『モノ』風情が! 早く来い!」


 男の絶叫が遠くなっていく中、「失礼しました」と扉は閉まった。

 一瞬の出来事のように思えた。それと同時に、『ヒト』の管理方法を知れて良かったと感じた。



『存在価値が『ヒト』から『モノ』になることは、一種の死を表しているんだよ』


 父の言葉が本当ならば、先程の召使いの人生の終わりのような顔というのは、あながち間違いでなかったのかもしれない。



   *



 何故か僕の顔は世間的に公開されないらしい。父はこう言っていた。



『街中を歩く度に、周囲の人からもみくちゃにされてはたまったものではないだろう? 颯馬を守りたいだけなんだ』


 僕としては、はっきり言って公開されてもされなくてもよかった。

 学校では成績優秀スポーツ万能と褒められ、友達もできたりと、何一つ不自由なんて無かったから。



『これからもこの家に相応ふさわしく、善行をなせる息子になりなさい』


 そう言われ続けた僕は、ひたすら努力した。話し方やトレーニングを全て学び、実践した。勉学も途切れず続け、学年トップだけでなく全国でも10本の指に入っていた。

 それもこれも、父と母が僕に勧めてくれたからだ。


 だがある夏、僕は人生で最大の過ちを犯してしまったのだ。



   *



「あれ、ない。教室かなぁ」


 僕はカバンに入れてあったはずの筆箱を探していた。

 当然、忘れ物が最大の過ちではない。その後だった。


 僕が教室の扉を開けると、そこには同級生に暴行をする三人組の男子生徒が居た。『いじめ』だ。



「何やってるんだよ! 君たち!」

「何って、こいつムカつくからしつけてんだよ。そうだ、お前もやるか?」

「……は?」


 父の『善行をなせる息子になりなさい』という言葉を思い出し、僕は三人のうち二人を突き飛ばした。そして主犯と思われる生徒の頬に、思い切り拳を浴びせた。

 突然の事に、一瞬教室の時が止まった。そして、その生徒が泣き叫ぶのをきっかけに再び時が動き出す。



「こいつやべぇよ、早く逃げようぜ!」


 突き飛ばされた生徒は体勢を立て直して、主犯に呼びかける。

 主犯は殴られた頬に手を当てながら、涙の溜まった目でこちらを睨む。



「お前……後悔するぞ」


 そう吐き捨てて、三人は教室から出ていった。



「君、大丈夫? どこか怪我とかは……」

「だ、大丈夫……! 助けてくれてありがとう!」


 その言葉に、心が弾むような嬉しさを感じた。人を助けることがこんなにも嬉しいことなのだと知った。



   *



 その夜、父が見たことも無いような表情をしていた。視覚だけで分かる、嫌な予感。心臓が固まったような感覚。



「今、電話があった。突然、取引は中止と来た。何があったか知っているか、颯馬」


 まるで分からなかった。なぜ突然その話をしたのか、そしてどうして自分に怒っているのか。

 その真実は、父から直接言われた。



「お前が殴ったのが、一番の取引先のご子息だったんだよ! どうしてくれる!? 多大な利益の欠損を!」


 僕は負けじと反論した。



「彼が生徒をいじめているのを見ました! 『善行をなす息子』にとって、これが一番良い行動だったと思って──」

「お前、誰に口答えしてる?」


 体中から血液が消えた。それほどに、『ヒト』の恐怖を掻き立てるような声。

 自分が涙を流していることさえも気づかない。



「幸い、お前の顔は世間的に知られていない。利益をむしり取る欠陥だらけの『モノ』には、今更何の興味もない」

「『モノ』……?」

「もしかして今、なぜこの一件だけで『ヒト』から『モノ』になったんだ、と疑問に思ったか? その答えは簡単だ。それは、お前が最初から『モノ』だったからだよ」


 膝から崩れ落ちた。訳が分からなかったが、自分が『モノ』と言われたことに恐怖と絶望を感じたからだ。



「お前は、最初から私たちの子供じゃない。孤児院から貰ってきた『モノ』だ。やっとそれを『ヒト』に見立てて育ててきたというのに」


 僕は、やっと気がついた。

 僕に対していつも『善行をなせる息子になりなさい』と言ったのは、ただ『モノ』に命令していただけなんだと。僕は『モノ』として使われていたに過ぎなかったのだと。



「マスコミには、息子は不慮の事故で亡くなったとするか……いや、それとも新たに孤児院で同年代の『モノ』を拾ってもいいな」

「ご主人様、これはどうしましょう。()()()いきますか?」


 いつかの召使いを思い出した。結局、彼は重労働に耐えきれず自害したらしい。

 その時、父が言ったのが『()()()行け』だった。



「……せめてもの情けだ、こいつを孤児院に送り返す」


 父がそう言うと、僕を無理やり車に押し込んだ。僕にはもう、抵抗する気力もなかった。



   *



 運転席には父が、助手席には母が居た。母は昔から寡黙な人だったのでまだしも、父ですら無言だった。

 そして孤児院の入口に車を停めた父。そこにはエプロンをつけた数名の大人が居た。恐らく孤児院の先生だろう。


 父は何も言わず、僕を車から下ろす。そして大人達に預けると、また運転席に乗ろうとした。



 その瞬間だった。今までの記憶が一気に蘇ってくる。

 人を助けたことが嬉しかった記憶、父や母に褒められて嬉しかった記憶、父と母の子供でいられて誇らしかった記憶。


 気がついたら、父に向かって叫んでいた。



「お母様、お父様! どうして僕を置いていくのですか! 僕も一緒に──」


 『暮らしたいです』という言葉を言い切る前に、車は発進してしまった。

 ここで、()としての記憶の劇場は幕を閉じた。



 「…………()は、『モノ』なんかじゃない」


 気がついたら、そう呟いていた。



 ──俺は、つくづく不幸せだったと思う。あんな父と母が居て、自由もなくて。

 ご愛読ありがとうございました。


 次回も宜しくお願いします。

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