96話 恨み
美羽は急いで、芽衣と白虎の容態を見に行った。
(芽衣の過去については、閲覧注意です)
美羽が病室についた頃には、既に芽衣は意識を取り戻していた。
ベッドで長座になっている彼女は、これといった反応もなく開いた扉の方角に顔を向けた。
「芽衣ちゃん! どこか体に変な所とかない!?」
「だ、大丈夫ですよ。なにせ、ただ泣き疲れてしまっただけなので……」
芽衣は彼女の焦りように動揺する。
どうやら芽衣は、自分が触手に拘束されていたことを覚えてない様子だった。
何がともあれ、体の異常がないのはいい事だと、美羽は「そっか、良かった」と顔を綻ばせる。
対して芽衣は、美羽のように笑うことができなかった。その代わり、彼女の笑顔に感化された。
「私──私たちは、今までお母さんとお父さんが居なくとも暮らしていけてました。ただ、『居ない』と『会えない』は別なんです。弟や妹も、毎回刑務所に行ってお母さんとお父さんに会えることを楽しみにしてたんです……! もうすぐでまた面会する日だったんです!」
「……芽衣、ちゃん」
「どうして──こうなったんですか? 罪人は悪いから、こうなったんですか?」
彼女の目から出た涙が、脚にかかっていた布団を濡らす。
美羽はその涙を見ないように、視線を逸らした。その後、ろ過のように不純な言葉を取り除いて話す。
「──私じゃ、完全に芽衣ちゃんの悲しみを共有できない。だから、その気持ちを分かるだなんて言えないよ。だけど、芽衣ちゃんと芽衣ちゃんのお父さんお母さんが罪人じゃなければ、会えなかったんじゃない?」
「それは……」
「『罪人だから』こうなったのは、正直そうだと思う。だけど、芽衣ちゃんが二人にあって幸せになれたのも『罪人だから』だよね」
──芽衣は再び顔を伏せる。
「芽衣ちゃんがどういう経緯で罪人になって、両親に会ったのか分からない。けど、取締班の皆のような、いい罪人もいることは忘れないで欲しい。もちろん、芽衣ちゃんもいい罪人だよ。だから──」
「だから罪人を恨まないでって!? そんなの無理ですよ! お母さんやお父さんを殺したのは、間違いないなく罪人なんですから! そして罪人を恨む一般人も同罪です! 全員の悪意が混ざって組み合わさって、凶器になって殺したんです!」
「私が言いたいのは違うよ。芽衣ちゃんが『罪人』として今を生きてること、自分で後悔しないでほしいんだ」
「……えっ?」
芽衣は虚をつかれ、美羽の顔を見る。
「だって病室に入ってきて芽衣ちゃんの顔を見たとき……今にも死にたがってたように見えたから」
芽衣は口を閉ざした。その気があったことは否定しきれなかったからだ。
「罪人を恨んでも、一般人を恨んでもいいと思う。だけど、恨む相手は芽衣ちゃんが決めて欲しいんだ。例えば……RDBとかね」
「罪人や一般人を、一括りにすべきでない……と?」
──美羽は頷く。
「だって一括りにしちゃったら、芽衣ちゃん自身も、芽衣ちゃんの両親も、弟くんも妹ちゃんも恨むことになっちゃうでしょ? それに、私の友だ──親友はね、私が罪人って知っても親交を続けてくれたんだ。そんな一般人もいるんだよ。だから恨んでいいのは、そんないい人達以外の全員だよ」
芽衣は美羽と目を合わせる。美羽の目は優しくて見ていて安心する目だった。
彼女は呼吸を穏やかにして、小さく笑う。
「……うん、そうですね。私は両親のため、そして私のために、今はRDBを全力で恨みます!」
「その調子だよ! 一緒に頑張ろうね!」
*
美羽はその病室を後にした。
そこは、先程の苦しくて憂鬱な部屋と同じだと思えないほど、静かで和やかな部屋になった。
「恨むなんて……いつぶりだろ。口に出すの」
それがいつなのか、芽衣はとっくに知っていた。
* * * *
彼女の両親は、典型的な『最低』だった。いや、最低じゃ済まされないほど、非人徳的で自己中心的だった。
実際にはありえない、そんなことを芽衣は経験した。
**
私がそれに気がついたときは、私もよく覚えてない。ただ気がついたら知っていた。
それとは、両親は金稼ぎのためだけに子作りをしていた事だ。
子どもが産まれてはある程度育て、頃合いになったら殺して、臓器や人肉を売る。これがコレクターや人食主義者にある程度人気らしい。
あの人たちの会話から、私が六人目の被害者だと知った。そして、知った頃には遅かった。
遅かったと気づいたのは、私が中学三年生になるであろう歳の時だった。
*
母という立ち位置にいた彼女は、私の面倒をある程度はしてくれてたが、そこに愛情はなかった。
『あんたを仕方なく育ててる』、『あんたと話すことは無い』と常に言われ続けた。
父という立ち位置にいた彼は、昼間は一般の仕事で働いて、夜になれば私に暴力を振るった。跡が残りにくい箇所や残っても問題ない箇所に。
彼のストレスが最高頂の日には、犯された。実の娘であろうに。それで機能が壊れることがなかったのはたった一つの救いだった。
そのことについて彼女は彼を叱った。『これで品質が下がったらどうなる』と。彼は『じゃあ食用にすればいい』と。
そんな気が狂いそうな会話が、私が布団に潜る度に聞こえてきた。
*
そんなある日だった。一番、記憶が曖昧になった、そんな日。
陽の光を反射した包丁の刃が、昼までで唯一覚えていた。
二人の帰りを、タンスに隠れて待ったことが、夕暮れで唯一覚えていた。
二人が滅多刺しに刺されて、血を流して床に伏していることが、夜で唯一覚えていた。
その日で私が出した声は、たった一言だけだった。
「恨んでたから、仕方ないよね?」
*
次の朝、私はテレビを見て、罪人という存在を知った。それと同時に、自分が罪人ということも知った。
私は急いでその家を逃げた。どうすれば良いか分からなかった私は、周囲にこう言ってしまった。
「私は罪人です! 誰か助けて!」
*
当然、誰も助けてくれなかった。誰も、助けてくれる人なんて来なかった。
そのまま四日ほど経過して、胃袋が助けを求めた声を出し切る。
そのまま道路に倒れ、全てを諦めた時だった。
私は、『お母さん』と『お父さん』に会った。
「大丈夫!? 急いで連れていきましょう!」
「ああ、俺が運ぶ! お前はありったけの食材を!」
焦ってて、危機に陥ってて、それでいて優しくて、温かい声色だった。
ご愛読ありがとうございました。
次回も宜しくお願いします。