93話 痛覚
美羽は触手と向き合うことを決めた。白虎も私利私欲の元で触手と相見える。
「さっきも言ったが、邪魔はすんなよ」
「だけど協力しないと倒せないでしょ? それとも何か助ける算段でもあるの?」
白虎は「さあな」と、首を傾げてとぼけながら美羽を見る。彼女がまだ右ふくらはぎの痛みを気にしていたのを見て、弱い女だと嫌った。
かく言う白虎も、先程の左脇腹への衝撃はかなり肉体的に来るものがあった。そこは美羽に一度刺されたところであり、そこに更なる衝撃が加わったからだ。
「というよりもだ。協力したとしてもこいつの能力が分からない以上、無闇な行動は控えるべきだな」
「……本当はあるんじゃないの? どうにかする手段が」
白虎は鋭い女だと嫌った。白虎はこの状況を打破する手段はあるのだが、自分にそれを実行するメリットがなかった。
他に手段があるかを探るため、白虎は磔にされている芽衣の後ろ側に回る。
「ピンク髪! お前も怪しい所を探せ!」
「わ、分かった!」
二人はくまなく、触手の手がかりを探した。触手の根元、青く光る瞬間、芽衣と触手の接続部分などを観察する。
しかし、これといった結果を得られなかった。
なぜかその間、触手側から攻撃することはなかった。
「例えそっちが攻撃する気がなくても、芽衣ちゃんは返してもらうから!」
「……だとよ。逆に言えば、そいつを返せば俺と闘わなくて良くなるんだぞ?」
「荒ソいは、菌止でス」
白虎は呆れたようにため息をつく。
「だから、そいつを返せば──」
「荒ソいは、菌止でス」
「……争いを止めたいなら、そいつを解放してくれれば──」
「荒ソいは、菌止でス」
白虎は舌打ちをして、頭を思い切り掻きむしる。
「ああぁ、やめだやめ! こんな奴と話すとイライラしてくんな! あとは美羽がどうにかしろ!」
白虎はそう言うと、ぶっきらぼうなまでに、出口へ足を向ける。血が逆流してしまうほどに、白虎はイラついていた。
そんな白虎の服の裾を、美羽はギュッと掴む。
「待ってよ! 闘うんじゃないの!?」
「うるせぇな、黙れ!」
白虎は掴まれた裾の方の腕を荒々しく動かす。美羽の指と手のひらの間から、裾が引き抜かれてしまった。
「じゃあな。もう会うこともないだろうから、これが最後の別れだ」
白虎が通路へ足を踏み出した瞬間だった。
「待ってよ。お母さん、お父さんっ、置いてかないで……?」
白虎は目を見開いた。
『お母様、お父様! どうして僕を置いていくのですか! 僕も一緒に──』
それはかつての白虎──颯馬の声だった。
当然、そこに颯馬は居ない。居るのはその副産物の白虎だけだ。
白虎は歯を食いしばった。もし芽衣のそれを聞いてもその場を後にしようものなら、自分の元両親と同じことをしてしまう。
それが許せなく、悔しく、もどかしくあった。
「俺は芽衣の親じゃねぇ。だが、モノでもねぇ。ふざけんな、なんでそんなこと言いやがる。逃げても逃げなくても、どっちに転んでも俺は縛られて──」
「ねえ白虎、芽衣ちゃんを助けてよ! あなたが何者だろうと、今のその決断ができるのはあなただけなんだよ!」
『あなたが何者だろうと』、その言葉が白虎の脳裏で何度も反復する。モノでも人間でも、決断できる意志を持っているのは彼だけなのだ。
「おい、ピンク髪。ナイフは持ってるか? 持ってなかったらまきびしでもいい」
「ナ、ナイフはないよ。だけど茨星ならあるよ」
白虎は踵を返して、差し出された茨星を強引に奪い取る。
突然のことに戸惑う美羽に、白虎は面倒くさそうに口を開く。
「芽衣に張り付いてる触手を、茨星で引き剥がす」
「で、でもあなたが──」
「芽衣の能力でつれぇ思いするってか? んなもん知ってる。てめぇにも覚悟があるんなら、俺を邪魔しようとする奴を阻止しろ」
白虎はゆっくりと磔になっている芽衣に近づく。作業しやすいようにしゃがみこんで、茨星を芽衣の足に当たらないように突き刺す。
首の後ろに伝わる鋭い痛み。それだけでも今まで感じたことの無い痛さだが、白虎は何とか意識を保った。
さらに、触手を引き裂くように茨星をスライドしていく。
首の後ろから背中に至るまで、まるで神経一本一本を念入りに引きちぎられているような感覚が白虎を襲う。
しかし、白虎も予期せぬ事が起きた。
「ったぁい……!」
芽衣が苦しむ声。その声は、苦痛と憎悪が滲んでいた。
そこで、白虎はようやく気づいた。
「……違ぇ。芽衣の能力を自分に使ってんじゃねぇ」
「ど、どういうこと?」
「触手野郎、芽衣に能力を強制的に発動させて、触手全体に芽衣の神経を繋げてやがる」
芽衣の神経と触手の神経とが繋がっているという事実に、美羽は顔を青ざめさせた。
「じゃあ、さっき私が刺した痛みは、触手の痛覚じゃなくて、芽衣ちゃんそのものの痛覚……?」
「そういうことだ……だが、俺が素早く切っちまえば問題はねえ。芽衣の神経への負担は激しいが、死には至らねぇはずだ」
白虎は振り向いて、美羽を見る。
「お前の協力が必要不可欠だ、ピンク髪!」
「……分かった、芽衣ちゃんを頼むよ!」
「荒ソいは、菌止でス。どれだけ菌止か、それはあまりに喜険でス! 世界が終わりそうな菌止、そんなオマえでもなぜ白なイ!?」
白虎を取り抑えようとする触手の根元に、美羽は茨星を投げて刺す。
「痛い──けど、絶対に邪魔させないよ! ごめん芽衣ちゃん、もうすぐだから!」
「良くやった、こっちもすぐ……終わらせてやる!」
触手は弱ったように壁へと引っ込む。美羽は白虎に襲いかかる触手へ茨星を、痛みに悶えながら的確に刺していく。
*
その後も白虎は足の触手を切除し、次に芽衣の手に絡まる触手を刺しちぎる。
白虎の意識はすでに朦朧としていた。しかし、手を止めない。それもこれも、過去の両親のようになりたくないからだ。
「くそ触手が、これで終わりだボケがぁ!」
白虎は痛覚が最高潮になる前に、触手を芽衣から完全に切除した。
「はあっ、はあっ……」
今まで苦しんだのが滑稽な嘘のように、身体中から苦痛が取り除かれた。これ以上続いていたら、
芽衣の手足はまだ触手の残りがあるが、もうすでに機能していなかった。
芽衣を保護し、急いでその場を後にしようとしたその時だ。
「おめでとう、実に見事だ」
拍手の音と共に、子どもの声が響き渡った。
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