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「sin・sense」 〜罪人共による異能力の闘争〜  作者: むかぜまる
8章 彼らが何もできない状態から行動を開始する行進譚
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89話 その時とは

 届称に勝利した椿、聖華、天舞音、和也の四人は、彼と協力関係を築いた。

 取締班の四人は、届称かいしょう眼音まおの協力を得たあと、その場を後にした。

 館には一抹の寂しさがただよっている。届称は糸が切れたように、椅子に腰掛けた。


 そんな夫の様子を見て、彼の一番のお気に入りであるダージリンティーを用意する眼音。

 茶葉もあるが、今回はティーバッグにすることにした。それをふちが金色なこと以外は何も特徴のないティーカップに入れ、そこに──彼が猫舌であるのを加味して──普通よりも少しぬるいお湯を注ぐ。



「あなたがそんなに疲れている様子、初めて見たわ」

「……むしろ、君が疲れないのが不思議でしょうがないね」


 金属が金属を叩く音と共に、ダージリンのほのかな香りがテーブルの上から流れてくる。


 シンプルなティーカップ、そのハンドルを届称はつまむようにして持ち上げ、中身を口に運ぶ。

 柔らかい温度を持つ液体が腹まで落ちるのを確認するように、鼻で大きく空気を抜いた。



「それにまさか、私たちが再び()()相見あいまみえなければならないとはね。決断の時はいつか来ると思ってはいたが、まさか今日とは」


 眼音は自分の紅茶を用意しないまま、ゆっくりと届称の隣に腰を下ろす。

 自分の膝の上に頬杖をついて、届称の表情を見る。



「嫌そうな顔してるけど、それでも協力したのは和也かずやが来たから?」

「それは当然のことだ。和也が生きているということは、どこかでエラーが起きているということだからね」


 眼音は意地が悪そうに笑みを浮かべる。



「素直に嬉しいから協力したって言えばいいのに」

「ふっ、実際そうかもしれない。私にも、この複雑な気持ちを処理できないさ。ただ、彼らのあの態度を見ていたら、ふと若い頃の私を思い出してね」


 届称は、小さな水面に映る自分の顔を見た。ふと、前向きで勇敢な過去の自分が脳裏によみがえる。今の自分と比べると、彼はもはや別人であった。

 思いにふけるのをやめ、彼は話を続ける。



「特に椿班長は、自らの怒りを押し殺して協力を懇願した。そしてそんな彼をしたっている証として、他の班員方も彼にならった。それもまた、協力した理由かもしれないね」


 届称はそう言うと、もう一度ハンドルをつまんだ。





 * * * *





 立ち上る煙に悲鳴と足音。視界はかすみ、鼓膜は疲労し、体は床下の震えを感知した。

 皆がみな煙の根源から遠ざかる中、彼は根源へ近づくように歩く。


 そこは冬にしては暑かった。それもこの、大規模な火事が原因である。

 しかもその犯人はどこかへ消えた。まさに、典型的なRDBの手口だ。



「相変わらず、派手にやるな」


 彼はそう呟く。本当は彼もその場を後にするつもりだったが、体が拒絶反応を示した。

 どうやっても性格は変われないのか、と彼が嘆いた時だった。



「どなたか助けてください! 私の子どもが瓦礫がれきに!」

「痛いよママぁ……」


 声の主は、低学年の女子生徒とその母親のように見受けられる。

 どうやら倒壊したビルの瓦礫が、彼女の足を掴んでいるらしい。



「伏せててくれ」


 彼はそう話すと、とっさに彼女の母親は彼女を優しく抑え込む。


 彼の右拳と瓦礫が衝突した途端、瓦礫は一斉に浮かび上がった。

 その隙に彼は一瞬で、彼女とその母親を安全地帯まで運ぶ。


 瓦礫が再度地面に落ちる中、彼は怯える二人に話す。



「早く行け。左に避難所がある」

「あ、ありがとうございます……」


 母親はその子を連れてその場から逃げた。果たして燃え盛る炎からか、命を救った罪人からか──彼には分からない。

 しかしそれが、どうでもいいことであるのは間違いなかった。


 彼はただ、右拳を見ている。



「俺もいつか、これを瓦礫じゃないものに使う時が来るのか」


 目を閉じ、己のしたことを反芻はんすうする。

 思い返せば返すほど、彼女らを助けた行為が自分の性に合っていると感じてしまう。まさに、過去の自分がしていたように。

 今の自分と比べると、彼は別人とは言えなかった。



「そのいつかが来た時、俺に、できるのか?」


 彼は考えることを停止するように歩き始める。しかし、首元の違和感に気がつくとすぐに立ち止まった。いつの間にかなくなっていたのだ。


 彼が落としたのは青いマフラーだった。どうやら助けた際に首から落ちてしまったのだろう。

 彼はそれをつまむようにして持ち上げ、それをはたく。そうして汚れをある程度落とすと、それを再び首にかけた。



「……そろそろ、来る頃か」


 そういうと彼は、すっかり焦げ臭くなったその場を後にした。

ご愛読ありがとうございました。


次回も宜しくお願いします。

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