88話 届称との対決 後編
椿は、届称を倒すための作戦を話した。
椿は作戦を話し終わった後、ゆっくりと目を閉じた。それは、心を落ち着かせるといった効果もある。
一方の届称は見定めるような顔で、筒状の壁の中に立っている。一分経ったタイミングを見計らうと、口を開く。
「みな、覚悟は決まったようだね。では……《発動》」
彼が舌を鳴らすと、再び人差し指の先に小さな立方体が浮かぶ。こちらに向けるように人差し指を振ると、その立方体は一直線に班員へと向かった。
「今だ!」
椿は合図すると同時に目を開く。優貴の能力の発動条件『目を3秒閉じる』をとっくにクリアしている。
その合図を聞いた聖華は、右足で地面を踏み鳴らし、和也も足の甲を触る。
「「「《発動》!」」」
三人の声が重なる。
その立方体が着地する前に、椿は右腕でそれを斜めに打ち上げた。
左腕が義手のためか上手くバランスが取れず、力も入らなかったがそれでも能力のおかげでそこそこ上へと飛んだ。
そして聖華が展開した障壁は緩やかな坂のようになっており、それを和也が全速力で駆け上がる。
和也は息切れなんて気にしなかった。足の痛みも気にしなかった。
「くらえぇぇっ!」
限界まで脚に力を溜め、空を飛ぶ鳥のように大きく跳ね上がる。その衝撃で、土台の障壁にヒビが入った。
そして椿が打ち上げた立方体を、届称目掛けて蹴り落とす。その立方体は、筒状の壁を貫通した。
わずか三秒で繰り広がる連携。素早いそれに届称は反応できず、ただその立方体が地面に突き刺さるのを黙って見ているだけだった。
立方体が着地した途端、先のように千倍の体積となって展開された。
「なるほど──」
筒の外に弾き出された届称は、少し嬉しそうだった。その安らかな笑顔のまま、背中を地面と浅い角度で衝突させる。
服と砂利が擦れ合うような音を鳴らしながら、届称は仰向けで寝そべった。しかし負けを認めたわけではない、と言いたげにゆっくりと立ち上がる。
刹那、長い呼吸音を響かせて近づいたのは──。
「《発動》。もう能力は使えないよー」
ウサギが跳ねるような言葉で話す、天舞音だ。彼女はどこに届称が飛ぶかを予測して、その近くまで走っていたのだ。
彼女の手の温もりを感じて、届称は両手を上げた。それは当然『負け』を意味していた。
彼の和やかな笑顔からは、負けたという悔しさが一切感じ取れない。むしろ、悔しさではなく嬉しさが滲んでいた。
*
四人が気がつくと、そこは先程まで届称と腰をかけて話していたリビングだった。
「さて──君たちが考案した作戦、私にも教えてくれないかね?」
椿は一つ頷いて、届称を見つめて話した。
「まず、あの公園があなたの創る壁で覆われており、そして同じくあなたの創る筒状の壁はその天井の壁を貫通しているのを確認した時に思いつきました」
「つまり私が創る立方体は、私が創る壁の影響を受けない──君はそう推測したのか?」
「はい。次に、あなたの言う『プログラム』はあの立方体にも反映されている……例えば『着地した時に体積が大きくなる』というように。なので、立方体を地面につけない限りは安全と判断しました」
その言葉に、届称は首を傾げた。
「そのプログラムが『衝撃が加わる』ものだと考慮はしたのかい? ならば、君が殴った時点で発動する物になるため、作戦は終わるはずだ」
「考慮はしました。しかし、あなたはそれで圧死はしないと言った。賭けてみる価値はあると思ったのです。──そもそもこの作戦の成功率は、かなり低いものでした」
神妙な面持ちをして話を聞いている届称を見て、椿は話を続けた。
「あなたが仰った通り『プログラム』が間違っている可能性も、あなたが攻撃せずに筒状の壁が広がりきるのを待つ可能性もありました。ですが、あなたが何かしらの行動をすると信じてました。戦う前、あなたが俺たちを試すと言ったから」
届称は息を吐くように笑うと、残りの三人と目を合わせる。
「君たちは? このような確証もない作戦に、なぜ従った?」
「あたしは何より──こいつを信じてるからね!」
「って!」
聖華は歯を見せる笑顔をしながら、椿の右肩を豪快にビシバシと叩く。
「こいつは何より班員を見てる。あの箱──いや立方体とやらを初めに触る役目を自分にしたくらい、お人好しだよ」
「痛いよ、聖華さん……」
そう言いながらも、椿は少し顔を赤くしていた。
「信頼されているんだね、椿班長は。君になら背中を預けられそうだ」
「届称さん、それは……」
上まぶたを持ち上げる椿に対して、届称は言う。
「私と眼音は、君たち罪人取締班に協力しよう」
*
椿は外しっぱなしだった手袋をつけて、「《発動》」と呟く。菫の『秘密漏示罪』で、届称と眼音の使用許可証を見るためだ。
┏ ┓
雷 届称 様
貴方は罪人となりました。
これは貴方の能力、『不動産侵奪罪』の
使用許可証です。
この能力の詳細は以下の通りです。
あなたの能力は発動条件達成後、性質を
設定可能の防護壁を生成することができ
る能力です。
『発動条件』:任意の方法で舌を弾く。
『発動中、あなたが有する利点』:判断
力の上昇。
『発動中、あなたが有する欠点』:体内
時計の誤差の拡大。
┗ ┛
┏ ┓
雷 眼音 様
貴方は罪人となりました。
これは貴方の能力、『文書偽造罪』の使
用許可証です。
この能力の詳細は以下の通りです。
あなたの能力は発動条件達成後、3分間
あらゆる情報を偽造できる能力です。
『発動条件』:瞬きを3回連続で行う。
『発動中、あなたが有する利点』:情報
処理能力の上昇。
『発動中、あなたが有する欠点』:嗜虐
心の増大。
┗ ┛
椿はその二つをよく観察する。
「『不動産侵奪罪』と『文書偽造罪』か……眼音さんの能力は、具体的にはどういったものですか?」
頭から紙が出たのを、不思議に思ったのか、眼音は頭を触りながら答える。
「そうですね──あっ、例えばここの家の周り、赤い月に紫の空が印象的ですよね? あれは私の能力で、皆さんの視覚情報を誤認させてるからなんですよ」
「それと先程私たちがいた公園の背景も、彼女がつけてくれたんだ」
「本当に、あらゆる情報を操作できるんですね……その情報操作もプログラムですか?」
「プログラムというよりは、元々の情報を偽造したまま放置してるんですよ。なので、今の私は能力を発動してません」
何のためらいもなさそうに眼音は語る。「ち、ちなみにさ」と天舞音はおずおずと手を挙げる。
「何で、そんな雰囲気の空にしたの?」
「そ、それは──」
「単純に眼音がホラーチックな映画が好きだからだよ」
届称は眼音の代わりに答えた。
眼音は顔を隠しながら、手の隙間から届称を睨んでいる。
行儀が悪いと思ったのか、顔を隠すのをやめてそっぽを向く。
「そ、そういうプライベートはいいんです! ──それよりも椿班長は、私たちの能力をこれから使う予定ですか?」
「え、ええ……」
苦笑いする椿に対して、届称は言う。
「君を貶すわけではないが、私たちの能力はかなり扱いづらい。君のその、まだ慣れていなさそうな能力では、私たちのを使わないほうがいい。……椿班長。純粋な質問だが、その能力は誰の能力だ?」
「この能力は、俺のです」
突然の質問に強ばる椿。それを見た届称は、深い意味を込めたような笑みを浮かべて、「そうか」と呟いた。
ご愛読ありがとうございました!
次回も宜しくお願いします!