87話 届称との対決 前編
四人は届称について行くことにした。
届称に促されるがまま、四人はその後をただついて行く。鉄でできた通路を、ただひたすら。
道中で彼の妻──眼音は、届称に聞こえないように言う。
「あの人がこうやって案内するのは滅多にないことなんです。大抵はすぐに追い返してしまうので」
「正義と悪を『面倒事』って言ってたけど……なんかそう思うわけでもあるの?」
天舞音も配慮して、小さい声で話す。遠くを歩く届称には聞こえていないようだ。
それに答える際、眼音は四人に顔を向けることはなかった。
「…………過去に、少し。──まあ、つまるところ、彼はいざこざが嫌なだけなんです」
「あんたはどう思ってるんだい? あん時のあの反応が気になるけどねえ」
聖華の言う反応とは、届称に対して、眼音が『ちょっと、あなた!』と異論を唱えたものだ。
眼音は顔だけ振り返って、気品のある笑みを浮かべる。
「困っている人がいるなら、その人を助けるのを率先するべきかと。──それが正義や悪に関係することだとしても」
「……ふーん、よくできた人だね」
少しつまらない様子で、天舞音は言葉を投げかける。
「……ちょっと待って、届称さんは?」
「あれ、さっきまで少し向こうにいたはずだよな? ワープしたのか?」
「安心してください。彼は先に着いただけですから」
眼音がそう言った途端、辺りの光が段々と強まり始めた。
四人が目をすぼめる中、眼音は和やかな笑みを崩さなかった。
「さて、もうすぐですよ。頑張ってくださいね」
辺りの光が完全に全員を包みこんだ。
*
眩しい体験の後、四人が視界を取り戻すと──。
「……ここは、公園かい? この家にはこんなのもあるみたいだねえ」
ブランコや雲梯、シーソーに鉄棒まである。天気が良ければ和やかなのだが、依然として紫色の空に赤い月が昇っている。
届称は「いい訓練所だろう?」と話す。声の方向は、四人の後方だった。
「ここは私が創ったんだ。ここにある遊具は、あらゆる衝撃に完全耐性を持っている。そして何より……君たちはここから出られない」
気になった天舞音が、届称と反対方向に向かう。公園の敷地を過ぎた辺りで、彼女の頭と透明の壁が反発しあった。
「空間を創るのかい? 随分とめちゃくちゃな能力だねえ」
痛がる天舞音を横目に、聖華は冷笑する。
「俺たちはどうやら、届称さんと戦うしかないみたいだね。みんな、準備はいい?」
「でも、4対1でいいのか? さすがに俺たちが勝つぞ?」
届称は真意が見えないよう、微笑む。
「ああ、本気で来てくれて構わないよ。むしろ、下手に手を抜いてたら殺してしまうかもしれない」
「ああそうかい。んじゃ、いかせてもらうよ!」
右足を踏み鳴らして、「《発動》! 【激昂・掌底】!」という聖華の掛け声が響く。障壁が一直線に、届称の元へ伸びる。
届称は舌で弾いて、コロッと音を鳴らす。「《発動》」と冷静に呟いた後、彼の立つ地の周辺は光を放ち始めた。
正確に言えば、地上から出た半透明の壁が筒状に天へと伸びて、守るように届称を覆っている。
聖華の障壁は、その壁に触れた瞬間に微動だにしなくなってしまった。
その障壁を解除すると、聖華は自分の額を確認しながら話す。
「……へぇ、空間を創るんじゃないのかい?」
「もちろん、創る能力だけどね。しかし、創った空間を守る能力でもあるのだよ。私の、『不動産侵奪罪』はね」
届称は続いて、立方体の形をした、手のひらほどの半透明の物体を椿に向かって投げる。
椿は嫌な予感がして、「全員退避!」と叫ぶ。残りの三人はそれに反応して、横へ体を飛ばす。
その物体が着地した途端、それが千倍にもなって膨れ上がった。
「危ないねえ。もし壁との間に居たら圧死する所だったよ」
「圧死はしないから安心していい。せいぜい身動きが取れない程度だと思うよ──少なくとも、それはね」
「ね、ねえあれさ……どんどん大きくなってない?」
天舞音がそう言って指さしたのは、届称の周りの壁だった。それが少しづつ大きくなることに気がついたのだ。
「鋭いね。このまま放っておけば、公園の壁と挟まって……次こそ死ぬだろうね」
「それまでに俺や天舞音さんの『窃盗罪』で能力を奪いたい──けど、今のままでは彼に触れられない……」
和也はしゃがんで足を触る。
「《発動》!! 俺があの壁壊してやる!」
そう言って、自慢の脚力で一瞬で届称に近づく。
前のめりの姿勢から攻撃を放つのか……と思ったが、届称を攻撃することなく、そのまま通り過ぎてしまった。
「な、何やって──」
天舞音はそう口走ったが、和也の進行方向には鉄棒があった。
和也は前のめりになった体でそれを掴む。そのまま二回転の大車輪をして、勢いを増していく。
そして、地面に正面を向けた状態で鉄棒を押すように飛ぶ。空中で、届称の壁に狙いを定めて、脚を引き絞った。
「【五蕾・難釘】!!」
和也は両足で、まるで注射器のように壁を刺す。その威力は、ライフル銃の15倍に相当した。
それでも──壁は壊れなかった。
「痛たたっ……くそ、壊れてないかぁー!」
「あの和也の攻撃──多分あたしの障壁5枚は壊せる威力なのに、それでも壊せないのかい……」
届称は少しだけ驚いた表情をすると、すぐに元に戻って話す。
「私のこれにも、完全破壊防止機能がある。……むしろ私の能力で覆っているからこそ、この遊具らは壊れないのだ」
「あたしの能力よりも、よっぽど強いねえ。こういうのを……なんて言うんだったっけ?」
「上位互換、だね。正直かなり厳しいけど……班長さんはいかがお考えで?」
椿はずっと俯いていたが、ゆっくりと顔を上げる。
「考えはある。けど、成功するかどうか──」
「やってみないと分からないだろ? あたしは任せるよ」
椿は手袋を外し、束を掴む。「《発動》」と言うと、彼は世界が歪むような錯覚を感じた。
一度片膝を地面につけ、ようやく酔いが収まる。
少しして、「……まだ、慣れないなぁ」と言いながら立ち上がる。そして、右目を隠して「《発動》」と言う。
「全員、一分間全ての能力を解除しろ!!」
翔の、『強要罪』だ。
届称は「それは……」と目を見開く。…………しかし、壁が消えることはなかった。
「全く……君たちといると、常に驚きの連続だな。──私の能力は、私自身にも制御できないんだよ。だから壁の拡大を阻止できないし、無くなることだってない。それが、君と私の能力の違いさ」
聖華を見ながら、届称は説明した。そして、続ける。
「私の壁には一定のプログラムを設定できる。例えば、この公園の壁には『半年間継続する』、私の周りの壁には『毎秒半径五センチ広がる』のようにね。あ、細かいプログラムは省いてるよ」
そうこうしている間にも、壁は迫り続けている。しかし、椿は焦らなかった。
「もう一つだけ、考えがある。……正直、こっちの方が成功率は低かったけど、やるしかないようだね」
和也が戻って来たのを見て、椿は作戦を話す。
「それは……できなくは、無さそうだねえ。よし、ここは少し張り切ってみるとするか!」
聖華の言葉に天舞音と和也はうなづいて、届称の方に向き直った。
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