84話 異常
RDBからの被害があまりにも大きくなった。そんな中、東京罪人取締班は緊急会議を開くことを決めた。
マンションの倒壊から一週間。その事件を皮切りに、RDBの活動はますます強まった。
その活動とは、殺人、強盗、闇商いなどといった悪行ばかりだ。
全国各地の取締班員は身を粉にして対処しつづけた。ただでさえ戦争と同等、それ以上の慌ただしさであるのに相手も相手なので、命を落とす班員は少なくなかった。
それなのに狩魔の能力のせいで、RDBの確保件数は一つもなかった。一方的に取締班側が犠牲を払い続けているのだ。
*
そんな中、東京罪人取締班は対策を講ずる為に、緊急会議を行うことにした。
全員が腰を下ろすまで、班員らは口を開くことはなかった。
「では、これより会議を始めるよ」
普段は優しく聞こえる椿の温厚な話し方も、この場の空気の重さを変えることはなかった。
「……知っている通り、RDBによる被害の件数は今までの犯罪組織の比じゃない。言わば、過去最悪の事態だ」
彼は切迫とした面持ちで全員に話す。私語や体勢を崩す事もままならないほど、この会議室で緊張が緩やかに流れていた。
そんななか、美羽はまるで狂犬を撫でるような覚悟で手を挙げた。
「あの……! えっと、確認なんですが……その、優貴くんは……?」
「あ……優貴さんは、今日も休みです。──そういえば、あのマンションの倒壊から一週間……ずっとですね」
芽衣も、いつもよりは落ち着きがないように答える。この空気が邪魔をして、いつも通りに話せないのだ。
優貴の話題が出た途端、和也はバツが悪そうに俯く。
聖華はそんな和也を見る。
「さすがに一週間ともなると……些か妙だねぇ。和也、あいつは本当に体調不良なのかい?」
「…………え、あっ、ああ! 具合が悪そうだったぞ!」
和也も言葉に詰まった。
「……ま、和也くんは嘘つかなさそうだし、ひとまずは置いとこうよ。早く丁寧に会議を終わらせちゃお?」
天舞音はそう言って、和也を見続けている。
「優貴くんには、俺から後で連絡しておくよ」と、椿はその話題を一度切る。
そして全員の視線が椿に集中したのを確認して、話を進める。
「まずは敵メンバーの大まかな情報からだ。まず、相手には頼渡がいる。力を十倍にして跳ね返す能力。対処できるのは多分、俺と翔くんの『強要罪』ぐらいだろう」
「あたしの『往来妨害罪』も、確か抵抗できないんだっけねえ?」
「あいつの能力は反作用力も十倍にできる。障壁に跳ね返される力が出る限りは厳しいだろうね」
「厄介な奴が敵に回ったねぇ」と聖華は呟く。
「次に狩魔だ。彼女がいなければ事態はここまで拗れなかっただろうね。確か、美羽さんが一度接敵したよね?」
「は、はい。ただ、サイコロを振って発動するのは分かるんですけど……詳しい効果はわからないです」
椿は顎に手を当てる。
「これは罪人取締班の予測だけどね……サイコロと関係する能力は『賭博罪』ぐらいなんだ。そして、瞬間移動する事と何かを固定させる事ができるのは、今までの事件で分かってる。接敵する際はサイコロを振らせないようにしつつ、常に周囲を警戒するように」
「なんにせよ、あいつは異質だね。なんせ、全国の罪人取締班員を同時に瞬間移動させたんだからねえ。これからRDBと相手する時にゃ、あいつがいることを考えないといけなくなる」
少し呆れ気味で聖華は話す。
「後は、今年の夏に接敵したノワルとブランだね。京都取締班の情報によると、彼女らは爆弾をつけていたらしい。自分の命も厭わない、ある意味最も恐ろしい敵だよ」
「ボクが奪った情報だと、確か二人合わせて周囲の罪人の能力の利点を欠点にして、その欠点を増幅させるんだよね」
天舞音は思い出すように話す。
その直後に苦々しい顔をして、「その後、狩魔に止められたけど」とブツブツ言った。
「そして、一週間前に聖華さんが捕まえた、あの罪人の事だけど……」
「おっ、どうだい? 何か話し──」
「彼は療養中に、喉元から生えた謎の寄生体によって殺された」
聖華だけではなく、その場にいるほとんどがその言葉で想像してしまい、血の気を引かせた。
椿はこれ以上の発展はないと思い、もう一度口を開く。
「後は……いや、なんでもないよ」
椿は一瞬、サーシャやジョニーのことが過ぎったが、例のごとく口に出ることはなかった。
菫は、それを少し不思議そうに見つめた。
「それじゃ、次に──」
「おっと。次に移る前に、あたしから少し話していいかい?」
聖華は右肘から手の先を上げて、椿の話を遮った。
「最近あまりにも、RDBの対応が綺麗すぎると思ってね。まるで警察の行動を知ってるかのような……いや、これはあたしの直感だけどね」
聖華は珍しく、何かを言い淀んだ。まるで何かを躊躇っているように。
数拍おいて、再び口を開く。
「…………警察の中に、『内通者』がいるんじゃないか、ってね」
椿は必死に表情を隠した。いや、体が勝手に隠したのだ。
「あまり誰かを疑うってことはしたくないんだけど……例えば、ここ最近口を開かない奴が怪しかったり」
そう言った聖華の目線の先には、常に重々しい表情をしていた翔が居た。
翔も、疑わしいのは自分だと分かっているのだろう。しかし、ただ「否定する」としか言うことはなかった。
「決めつけはあまり良くない。その憶測は、もう少し情報が出てからにしよう」
椿は話題をすり替えるように、逃げるように次の話題に移る。
その行動は保身のためだけではなく、翔に濡れ衣を着せたくないからでもあった。
「次は、聖華が手に入れた『最終手段』についてだよ。この住所に、数名がかりで行くことにしよう。……まさか、わずか一週間で使うかの判断を迫られるとはね」
「ま、そこにはあたしも行くよ。あたしが持ってきたものだ、いざとなったらあたしが守ってやる」
「……分かった。ここは意思を汲んで、聖華さんを固定にしよう。あとは俺と……他に行きたい人はいるかい?」
「じゃ、ボクも。そこそこは戦えると思うよ」
*
最終手段の場所に行くメンバーは、椿と聖華、天舞音、そして和也に決まった。
その他には、警察としての今後の計画や、取締班としての巡回の強化、緊急の連絡手段の確保などを行うことになった。
そして、会議は二時間をもって終了した。
全員が執務室に戻ろうとした時、椿は何かに引っ張られて後ろによろめいた。
菫が苦しそうに、椿のスーツの袖を掴んでいたのだ。
「──お兄ちゃん。また、かも……」
椿は察して、菫と、誰にも見つからなさそうな所に向かった。
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人気のない所に着くや否や、菫の脚は力を失った。落ちるように崩れた彼女は、椿のスーツの袖を、さっきよりももっと強く掴む。
肌からは悲鳴を上げるように汗を出し、体中の脈は、中で人が走っているようにドクドクと音を鳴らして騒いでいる。
「はあっ、はあっ──っはあっ……!」
苦しそうな呼吸が、菫の口から何度も何度も流れ出る。息は震え、今にも泣きそうな表情で蹲っている。
椿は少し泣きそうな顔になりながらも、しゃがんで菫の頭をそっと撫でる。
無言で、撫でることしかできなかった。
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菫の動悸が何とか落ち着いた後、椿は話しかけた。
「ここ最近は酷いね。……まさか、会議が始まる前から?」
まだ落ち着きがないのか、菫は口で呼吸しながらぎこちなく首を振る。
「…………途中から」
「菫が苦しいなら、もう『変えよう』。俺はもう、菫の苦しそうな姿は──」
「だめ! ……ごめん、でも、私は──このままで大丈夫」
菫と椿はその場を後にした。
*
執務室での菫は、何事もなかったかのように振舞っていた。
椿は後ろめたさをずっと感じていた。菫の気持ちか体か……どちらを優先すべきかまだ迷っていた。
そんな執務室は、とても平和とは言えなかった。
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