83話 錯綜と困惑
聖華は彩と協力し、男を捕まえた。芽衣と美羽の出る幕もなく、事件はひとまず幕を閉じた。
聖華たちは罪人取締班へと戻り、椿に状況を報告した。
「対処お疲れ様。RDBも、かなり派手に行動してきたね」
「まったくだよ──ああ、忘れる前にこれを渡しとこう」
聖華はそう言って、白虎からのメモをそのまま椿に渡した。
「これは……どこの住所なの?」
「そこに、あたし達の戦力になるかもしれない人がいるらしいよ。あたしがどこで知ったかとかは……ま、あまり重要じゃないね」
「その人の素性は?」
聖華はあっさりと首を振る。
「いや、あたしにもさっぱりだね。ただ──唯一知ってるのは、機嫌を損ねたら命を取られるかもしれないってことだ」
「それは……どうなんだ?」
椿が困ったように苦笑いする。
「まあ、最後の手段としてもいいかもね。──そういや、優貴はどこにいるんだい? 今日はトレーニングの日のはずだけど……」
聖華は辺りを見回す。しかし、普段椅子に座っているはずの優貴の姿はなかった。
菫はジトジトとした目で優貴のデスクを見ると、左腕に顔を乗せて口を開く。
「優貴は朝に出たっきり。心配だからって、和也もどっか行った」
「──そうかい。確かに少し心配だね」
「どうせまた、くだらないことでもしてるんでしょ」
菫はそう言いつつ、右足でパタパタと床を叩いていた。
彼女の──本人は自覚していないが──不安なことや相談事がある時の癖だ。
聖華はそれに気付かぬフリをして、「冷たいねぇ」と言って、ソファーに腰掛けた。
彼女もまた、少々不安ではあるものの、任務後で和也のような行動力はなかった。
*
夕飯前に、和也は帰ってきた。少しくたびれていて、混乱してるかのように眉をひそめていた。
天舞音は、不思議そうに彼を見つめて話す。
「遅かったねー。どうしたの?」
「いや、少し変なことになって……まあ、でも、きっと大丈夫だ!」
無理やり造った笑顔。『不可解』が彼を襲っていた。
「……ああ、優貴は先に帰ったぞ! なんか、少し気分が悪そうだった!」
「ま、トレーニングは明日に先延ばしするか! 和也も覚悟しとくんだね」
「うげ」と和也は明らかに嫌な顔をした。その様子を、芽衣はクスッと笑っていた。
* * * *
「やっと見つけた! おーい、優貴!」
和也は優貴の方に駆け寄る。
一方の優貴は、振り向きもしなかった。
地平線に足をつけた太陽を、公園の手すりに腕を乗せて眺めていた。
「ここで何してんだ? もう飯の時間だぞ?」
「…………和也」
優貴は夕日を見たまま和也に話しかけた。
赤い目が、夕日に照らされていた。
和也は首を傾げながら、「ど、どうした?」と応える。
「この物語の外の……主人公は誰だと思う?」
「主人、公? 急に何を──」
「この物語の外で……活躍しなければいけないのは、誰だと思う?」
優貴は和也の顔を見た。
「お前……目が赤いぞ? それ、確かジュウケツって言うんだぞ?」
「今まで、俺が活躍してきた。……してきたと思っていた」
「確か、ジュウケツの時は休んだほうが──」
「でも、作られたシナリオだとしたら? 俺が絡むと、全てが上手くいくようなシナリオだと」
「お、おい──」
「シナリオを欺く奴こそが、本当の主人公だと──」
レモンを落としたような音。和也が、優貴の頭を叩き下ろした音だ。
「どうしたんだよ! 俺が『難しいことは分からない』ってこと忘れたのか!? お前の言うこと、何も分かんねぇよ!」
「…………俺は?」
優貴はふと、我に返る。
彼は朝の一件以来、意識がスイッチのON/OFFのように変わり続けていた。そのため、優貴はどうしてここに居たのか、自分が何を話していたのか思い出せなかった。
ただ一つ分かったのは、優貴が和也を怒らせてしまったということだ。
「……すまん、ちょっとだけ変になってた。今日はもう帰る、他のみんなにもそう伝えてくれ」
「あ……ああ。分かった」
優貴は足取り怪しく帰っていった。
和也は迷いを一度振りほどいて、優貴とは反対方向へと足を出す。
何が起きたのか、分からないまま。
* * * *
サーシャは近くにあった机を、ドンと叩く。それは、ローランの机だった。
「説明願えるかな? 東京の高層マンション、その倒壊のことをさぁ!」
「クハハ、そうカリカリすんなって。なんだ、お前にとって不都合だったか? サーシャ」
「不都合ではないさ、ただ、マイケルを行かせた理由を知りたいだけだよ?」
ローランは椅子から立ち上がり、サーシャの頭をワシャワシャと撫でる。
「あいつが行きたがってたから行かせた……こんな理由じゃ不満か?」
「やめろって……! ──もしそれが理由だとしたら、軍師らしくないんじゃないか?」
サーシャは、ローランの手を振りほどきながら藩論する。
「俺様にだって感情はある。今回は、あいつの意思を尊重しただけだ。まあ多分、今頃マイケルは捕まっただろうがな」
「尋問や拷問をされたら? 情報があっちに流れるじゃないか……!」
「なんだお前……妙に焦ってるが?」
ローランの言う通り、サーシャは少し焦っていた。
普段、ローランの計画通りにRDBの大半は動く。言わば、ローランはRDBのブレインなのだ。
そんな彼から何も聞かされていないサーシャは、自分がレジスタンスとバレているかもしれない、と焦っているのだ。
「ボク個人の意見だけど……君の計画は少し信用できない。取締班の班長たちを襲ったのも、何か裏があるんじゃないかと探ってしまいそうだ」
「クハハ、例え裏があったとしても、お前にはどうにもできない。お互い、妙な詮索はやめにしようぜ? 仲間だろ?」
少し冷静になるべきだ、とサーシャ自身に言い聞かせた。
「とにかく、仲間だと言うなら計画を入念に教えてほしいね。今回のようなイレギュラーが起きたら、こちらも驚いちゃうよ」
「ああ、すまなかったな。詫びてやる」
サーシャはわざとらしく呼吸をすると、ローランの部屋から退出した。
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