82話 雀の恩返し
聖華は、あまりにも奇妙なRDBの男と接敵する。
聖華の攻撃は、その男には通じないようだ……。
「【激昂・掌底】!」
聖華の号令と共に、障壁が男に飛びかかる。
しかし聖華と男の距離が遠いため、男は余裕だと言わんばかりのにやけ顔をしている。
そしてその態度通り、彼は飛んでくる障壁に手で触れ、一瞬で破壊した。
「ああっ! ついにやっちゃった! 一度のみならず、二度までも余裕で破壊しちゃった! いさましいいさましい!」
「むやみやたらに破壊してくねぇ。そして、さっきから手で触れたがってるけど……手で触れないと発動しないのかい?」
よく分からない構文を話しながら、体をうねらせながら悶える男。
聖華はそんな男に生理的拒絶を感じつつも、少し強引に質問を投げかける。
「そそそ、そうだよおぉ! ぼぼぼ、僕の『建造物等損壊罪』は、ててて、手で触れないと発動しないんだあぁ!」
「存外、普通に話せるんだねぇ。それと、またあっさりと話すねぇ」
「ししし、しかも僕の能力は、ひひひ、人が作った物じゃないといけないんだあぁ! ああっ! また言っちゃった! 僕が不利になることを、こんなあっさりと教えちゃった! いたましいいたましい!」
こんな男に対してでも、聖華は感じる。
彼はきっと、強者の余裕をかましているのだと。彼は能力を教えても、絶対勝てると思っているのだと。
「あたしの障壁も、人が作った扱いになってるんだねぇ。でも、話すのはちと早計すぎたかもね──《発動》! 【憤懣・脚薙】!」
聖華はそう言うと、地を這う大蛇のように障壁を展開した。
先程よりも数段階速く展開されたその障壁は、男の反応速度を越えていた。
男は宙に投げ飛ばされ、そのまま障壁の上に倒れ込んだ。落ちた衝撃が体に響く。
しかし当然、これで解決できるはずもなく。
「いっってぇなあぁ!! 調子に乗んなカスが!!」
空気がひりつくほど、その男は豹変して激怒した。そしてすぐさま体勢を立て直し、下の障壁に手を添える。
瞬間、聖華は世界が崩落したような錯覚を感じた。正確に言えば──
「こいつ……アスファルトを!!」
彼は、聖華の周りにある地面のアスファルトを崩壊させたのだ。
体勢を崩した聖華に、彼は恐ろしい速度で駆け寄る。
「人もまた、人が作った物……」
彼はそう呟くと、聖華の顔に向かって手を伸ばした。
右足も地面に置けない聖華には、もはや為す術などなく──。
──何かが爆発した音、ひゅんと空気を切る音を聖華は聞く。
──飛び散る赤黒い液体、弾き飛ばされる男の右手を聖華は見る。
「…………は?」
男は、自分に何が起きたか理解できてなかった。
むしろ、聖華が先に理解していた。彼は、『何者かの銃に撃たれた』のだと。
数瞬後、男も状況を理解したかのように、銃弾が飛んできた方向を血眼で睨む。
「おい誰だ、クソ野郎!!」と彼が叫ぶと、その方向へと跳ぶ。
「お前か!? お前が撃ったんだな!! 壊してやるうぅ!!」
男はすぐ近くに銃を持った女を見つけると、左手でためらいもなく破壊した。
女を粉々に破壊すると、男は表情を綻ばせて楽しそうに笑う。
「ああっ! ついにやっちゃった! 不意打ちしようとしてきたやつの、希望を壊しちゃった! もどかしいもどかしい!」
──彼が得意気になったのもつかの間、次は二発の銃声が鳴り響く。
銃弾は彼の両肩を射抜く。彼が向かった方向とは真反対から飛んできたものだった。
「があっ……!? あの女がここに来る前に……増援を呼んだのか? とにかく、今は逃げないとおぉ……!!」
「逃がすもんかい!! 《発動》! 【苦艱・────」
両肩を負傷したため、男は腕を上げることはできない。そのため、聖華に背を向けて逃げ出したのだ。
しかしそれを逃さまいと、聖華は障壁をゆるい角度で斜めに展開し、それの上を駆け上がる。
男よりも足が速い聖華が男を捉えると、そのまま障壁から空中に身を投げた。
「──踵落】!!」
聖華は重力で生じる威力を全て右足に込めて、空中で体勢を変える。そして全身全霊で、背を向けている男の項に強烈な蹴りをお見舞した。
受け身も取れない男は、数メートル前へ吹き飛んで地面と顔を思い切り擦る。
*
気絶したその男に手錠をかける。
しかし、手錠だけでは破壊されてしまう恐れがあるので、念の為前腕を近くに落ちていた縄で縛り付けた。
聖華は任務を終えた脱力感と共に、大きな声で叫んだ。
「銃の腕が鈍ってるんじゃないのかい!?」
すると、物陰から一人の女性が姿を表した。
茶髪のロングテールに睨むような目つき、黒いスーツを着た女性が。
「鈍っているのではない。上達したからこそ、殺さずに生け捕りにできる範囲で無力化できたんだ。寧ろ、お前の方こそ腕が鈍ってるだろ……聖華」
「──久しいね、彩」
かつて、プロ・ノービスの幹部として働いた朱雀こと、彩が優しさを混じえた視線を聖華に送っていた。
聖華も思わず頬を上げて彩を見ていた。
「私にもした技を使うとは──何かの当て付けか?」
「いやぁ、ただの思いつきだね? ……なんだい、もしかして『自分だけ特別』なんて思ってたのかい?」
「ち、違う……!」
視線を逸らす彩を見て、聖華は吹き出して笑った。
「まぁ……なんにせよ、今回は本当に助かったよ。ありがとね、彩」
「──これで、貸し借りはなしだぞ」
彩は改めて聖華に視線を戻すと、すまし顔でそう言った。
*
それから間もなくして、他の警察官や芽衣と美羽が到着した。
「呼んでいたのか……!?」と彩は驚きを見せつつ、与太話もなくその場を後にした。
聖華は現場に行く途中で、既に菫に報告していたのだ。
聖華は警察官に、男の能力を説明して身柄を拘束させた。
*
被害は最小限とはいえ、高層マンションやアスファルトの崩壊での死傷者は、聖華の想定を上回った。
また取締班は、RDBへの過剰な対処は認められている。
そのため聖華は、男の気絶だけではなく銃痕までも責任に問われかけたが、回避することができた。
美羽は「聖華さんって銃使うんですね」と言った。
聖華は「いや、雀の恩返しだね」とだけ、美羽に話した。
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