8話 初めての訓練は突然に
優貴が泣いて、立ち直るところから始まります!
ようやく涙が乾いた。まだ目の下が赤い気もするが、泣いたことがバレてもいいだろう。格別、自分を隠す必要がないからな。
そんなくだらないことを思っては、それを振り払ってこの部屋を出た。
*
疑問を解消するためにも、最初に自己紹介した部屋に入る。
「あっ、帰ってきたね」
部屋に足を一歩踏み出せば、彼はどこか愛敬のある笑顔で俺を出迎える。
俺は彼の目を真っ直ぐ見ながら、彼の元へ歩んでいく。
「すみません、少し聞きたいことが……」
そう聞きながら。そうすると彼は一つ頷く。まるで俺に寄り添うかのような笑顔を見せている。
……改めて、あれを拷問と言って踵を返さなくて本当に良かったと安堵する。
実は、彼の笑顔の裏にどんなに辛い過去があったのか気になっているからだ。
いつの間にか、ここの人達をもっと知りたいとまで思っている。
……少し考えすぎてしまった。本題に入ろうと思い、彼に使用許可証を提示する。
「この『発動条件』とか、『発動中、あなたが有する利点と欠点』について少し……」
ここにいる以上、自分の能力を知らないことには始まらない。まずは自分を知らなければ……。
「そうだね」
彼の声で、再び視線を彼に戻す。
俺は考え事をすると下を向きがちだ。直そうとも思ってない癖の一つだ。
逆に座っている彼は、上目遣いでこちらをじっと見ていた。目が合う形になってしまって少し気恥ずかしくなる。ただ、『目を逸らそう』とは思わない。
「まず、世界には同じ能力者がいるって話は聞いたよね?」
彼は気にしない様子で話を続ける。その間の俺は言葉を発さずに、相槌で首を動かしているだけだ。
「もちろん能力の効果も同じだ。代わりに、同じ能力者同士で違うものは君が今聞いた三つだ。『発動条件』は正しく、能力を発動できる条件。『利点』は君にしか持ってない、能力発動中に起こるメリットだ。『欠点』はその逆だね」
彼に原稿があるのではないか、というほどに淀みなく説明した。
そこまでは理解できたが、その代わり俺には一つ取っ掛りがあった。
「さっき、発動条件を満たしても発動できませんでした」
「ああ、それは条件を満たした状態で《発動》と言わなければいけないんだ。確か、菫もそうだったろう?」
記憶を蘇らせると、そんなことを言っていたような気がしなくもない。あの時は気が気でなかったからなぁ……。
「まあ説明すると、菫の能力である『秘密漏示罪』の発動条件は『手袋をはめる』ってことだね」
「……確かに、手袋をはめてた気がする」
後ろを見ると、菫さんが目をいっそう鋭くしてパソコンで作業している姿が見えた。
その彼女の机には黒いビニールの手袋が無造作に置かれている。……あれか。
「えっと、君の発動条件は……『目を3秒瞑る』だね」
班長は俺の許可証を白い手袋越しの指でなぞって話す。
また視線を彼に戻しつつ、寝るときに発動するのは避けれて良かった、と呑気なことを考える。
そんな時、突然彼からとんでもないことを告げられる。
「そうだ優貴くん、物は試しだ。……勝負しよう」
「……はい!?」
鏡で見たわけではないが、今は確実に目が点になっているだろう。
彼はそんな俺を置いてけぼりにするように、
「じゃあ、聖華さん。相手してくれるかい?」
と聖華さんに話した。
突然話を振られた彼女も俺と同様、最初は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をする。しかしすぐに目を輝かせて「いいのかい!?」と言う。
……何故だ。どうして新人の俺をいじめるのに抵抗がないのだろう、この二人は。
「聖華さんは……その、戦闘が好きなんですか?」
俺は興味半分、嫌味半分で彼女に聞く。それを受けた彼女は俺に向き直る。
「ああいや、すまないねぇ。……忘れておくれよ」
一体どうしてか、彼女はそっぽを向いて答えた。彼女の赤く光る目には霞がかかっている。
「……うんじゃあ、練習場へ行こうか。外にあるんだ」
班長は場が暗くなる前に、とそう思ったのか俺たちに二人に促した。俺と彼女は素直に従うことにした。
*
取締所の外に出たときに新鮮な空気が鼻を通る。実を言うと、先程から少し酸欠気味だったから助かった。
しかし煙たい空気が肺に落ちてむせる。これは……。
周りを見ると、二名の男性が煙草を吸っていた。まさか、あれが小説とかでよく見る刑事という人だろうか。
「あれって刑事の方ですか?」
興味が抑えきれずに、俺は班長と聖華さんに向かって聞いてみた。
「うん。……いいかい、あまり話さないようにね」
班長はなんとも形容しがたい顔をして話した。
なぜ話してはいけないのだろう。同じ組織の一種の仲間なのに……。
とりあえず、彼の言う通りここは口を噤んで歩みを進める。その時だった。
「おいおい、犯罪者がどっか行こうとしてるぜ?」
「はっ、本当だな。おい! 捕まえてやろうか?」
「おいおいやめとけって! 殺されちまうよぉ!」
頭を金槌打ったのだろうか、笑いながらそんなことを発言した。そして、まるで潰れた昆虫を見るかのような目をしている。
「あの! いきなりそんな……」
突発的に声が出た。驚いたりすると感情的になる、これは直したい癖の一つだ。
しかし、俺は『また』それ以上の声が出なかった。今回は精神的ではなく、物理的に。
班長の手袋の温度がほんのりと口に伝わってきた。そして彼は二人組を見据えて話す。
「同じ組織の新人くんに、随分物騒な物言いだね。せめて、彼には優しくお願いするよ」
「新人? おいおい、むしろそんなの増えない方がいいんじゃないのか?」
刑事の一人は嘲笑した。小説での刑事は事件を解決するかっこいい人だったが……現実では誰かを罵倒をする仕事なのだろうか。
とん、と肩に重みが乗る。それは聖華さんの手だった。
落ち着けという意味だろうが、当の本人はぎこちない笑顔で言う。
「いや、そうでもないさ。あたし達がいた方が戦力的に有利なのは確かだろ?」
「何ほざいてんだ! いいか、いくら犯罪者が更生したとしても結局お前らは……」
口の温もりが耳へと移る。班長に耳を塞がれたようだ。
二人が一歩前に進むものだから、俺もそれに合わせる。それの速い繰り返しでその場を後にした。
*
班長の手が俺の耳から離れる。どうやら、先程の場所と結構離れたみたいだ。
彼は無理やり口角を吊り上げて話す。
「ごめんね。気分、悪くしたよね?」
確かに気分を害された。ただ、それ以上に不思議だった。
「なぜ、あの人たちは俺たちを貶してきたのでしょうか?」
先程は俺の質問に難なく答えてくれた彼も今回は吃っている。そんな彼の代わりに聖華さんが答える。
「当然だろ。なんたって罪人は、『世界から忌み嫌われてる』存在なんだからねえ」
「忌み嫌われてる存在?」
聖華さんは「知らないのかい?」と首を傾げる。
対して俺は「はい」と簡潔に答えたあと、理由を説明した。
「孤児院では罪人のことすら聞いたことなくて……」
「……そうだったね。あそこは罪人とか都合の悪いものは、徹底的に排除してるからねぇ」
彼女の話し方に違和感を感じた。それだとまるで彼女が……
「じゃあ説明するよ」
彼女の言葉で思考が中断された。……まあ、いつかは本人の口から聞けるだろう。
彼女はどこか遠くを見るような様子で話す。
「罪人は人を殺した意識からなるもの。それが捻れに捻れて、『罪人は殺人鬼』っていう阿呆みたいな偏見が広まったんだ。直接、殺してなくてもねぇ……」
完全な偏見だ。さすがに、全世界中の一般人がそうは思ってないと信じたい。
……プロ・ノービスが国立の孤児院を経営できているのは、総理大臣などの首脳ですら彼らを恐れ従っているからかもしれないな。
むしろそうじゃないと合点がいかない。
そんな考えを、踏み出す足に乗せながら歩を進めた。
*
それは市街地と隔離されて、周りが金網で囲われたものだった。少し神妙な雰囲気を漂わせている。
「これが……練習場か」
「うん。罪人取締所の五倍程の大きさを持つ。ちなみに、罪人取締所は少し立派って程度の一軒家位の大きさだね」
一軒家の説明は俺が孤児院だから分からないと思ったのだろうか。……彼には悪いが、さすがに一軒家の大きさは知っている。
「じゃあ中に入ろうか」
彼はそこの鍵を開けて俺達を誘導する。扉の向こうには広々とした空間が広がっている。その空間に吸い込まれるように、中に入っていった。
*
練習場の中を見渡す限り、これといった特徴が無かった。ただ、周りが鉄のような……
「じゃあ、勝敗は俺が判断する。ルールはなし!」
彼の言葉で意識が戻される。
気がついたように目の前を見ると、既に聖華さんは戦闘態勢をとっていた。そんな彼女は、ゲームの強敵のような笑みを浮かべる。
「これは練習だ、なんて思わないでおくれよ。あたしを敵側の罪人だと思っておくれ」
罪人について把握したその日に戦闘とは誰が予想できただろうか?
少なくとも俺は予想できなかった。
ただ、彼女を敵とみなした瞬間、気が勝手に引き締まる。
目を閉じて、ゲーム感覚で考えた。
パワー系の俺の能力だと速攻で決めにいったほうがいい、始まったら即特攻だ、と。
「行くよ! じゃあ……」
班長の声が、3人の鼓動しか聞こえそうにないこの場にこだまする。
今か今か、と構える俺に答えるように彼は言った。
「始め!」
「《発動》!」
目を瞑って3秒経過したことを確認してそう言った。
その瞬間、自分の体の奥底から力が湧いてくる。身体能力を5倍に……これが『暴行罪』か。
そんな悠長な感想を述べている場合では無かった。そう思うと俺はすぐに『敵』へと突撃した。
「はあぁぁっ!!」
自転車よりも速いと思われるスピードで間合いを詰める。利き手の右腕を振りかぶり、殴る手前まで来た。
それに対して彼女は片方の口角だけを上げ、『右足で地面を踏み鳴らした』。
「《発動》!」
彼女は確かにそう言った。『それ』は目の前に広がって、俺の拳をいとも容易く防ぐ。それは半透明で少し緑がかっている。
ゲームでは定番。間違いない、これは……『障壁』だ。
「くっ!」
相性が悪いことを悔やみながら、一度手を引く。遠くからその障壁の様子を見た。
「どうした! もう終わりかい?」
堂々とした笑みをみせる彼女だが、攻撃する素振りはない。恐らく防御系の能力だ。攻撃してこないなら助かる。
だからと言って、障壁に穴がある訳でもない。それは、この広い空間の壁の端と端を容赦なく繋いでいる。
俺は一体どうすれば、と絶望する。
しかし諦めるにはまだ早い、と言いたげに『一つの光』が視覚的にも精神的にも見えた。
ふと班長の言葉を思い出す。罪人には必ずあるもの……。そうか、『あれ』はそういうことか!
俺は戦闘態勢を整えて、障壁越しに敵をきっと睨んだ。絶対倒してやる、という意志のもとに。
もし宜しければ、次回もよろしくお願いします!