77話 割とあっけなく
美羽の心が軽くなると同時に、執務室に電話が鳴り響いた。
菫は、鳴り止まない受話器をそっと取り、スピーカーボタンを押した。
『やあ、こんにちは。それとも、初めまして──と言うのが正しいのかな? まあ、それはどちらでもいいか』
回りくどくて癪に障る挨拶。声変わりもしていなさそうなその声は、こちらの返答を聞くことなく話し続けた。
『予め伝えておくと、この電話を聞く者は君たちだけではない。なのでそちらの音声は、こちらには聞こえないことを注意してくれると嬉しいよ』
彼は続ける。
『ああ、まだ自己紹介をしてなかったね。僕はRDBのボスをやらせてもらっている者だよ。その前に、RDBとは何かを知らない地域も多いだろうから、軽く手短に説明しよう』
「地域っていうことは、これは全ての罪人取締班に連絡してるのかもね」
椿はそう推測した。それに同意するように、優貴は頷く。
それもやはり聞こえていないのか、電話越しの彼は無視して話を続ける。
『まず、僕らは世界中のヘイワを求めている罪人組織だ。君たちの言う平和とは、同音異義語だけれどね。そんな僕らは今回、この日本という国で活動をしていきたいと思う。なぜこの国なのかはおいおい分かるだろうから今は伏せておくよ。ちなみに、今回のこの会話の核は、僕らの活動についてだ』
彼は一拍おいて、再び話し始めた。
『これは伏せずに言うと、僕らはこれからしばらく、悪としてロールプレイしていくつもりだ。当然、全国で、なんの躊躇いもなく。世間的に見たらそれは間違っていることだから、君たちは当然僕らを止めなければいけない。だからと言って、いきなり活動を始めるのも野暮だからね、こうして連絡したわけさ』
要は、RDBは犯罪組織として日本で活動することを予告するために電話したらしい。
その電話の内容に、いまいち伝わらないような話を並べているのだ。
『ちなみに、僕らは前みたいな戦争はこりごりだからね。僕らをただの犯罪組織と思ってくれても構わないが、くれぐれも根絶しようとしないこと。まあ、これからも仲良く共存して生きていこうじゃないか。では、またいつか…………うん、留守電も入っているね。さて、夕食の時間に──』
『ボス。それ……まだ切れていないのでは?』
『ん? ……ああ、そうだね。ここに受話器を置かなければいけないんだった』
途中、抑揚がなく少し幼さの残る女性の声が聞こえた後、電話は断続的に機械音を鳴らした。
*
「何だか、あっちのボスは掴めないというか、話すと疲れるというか……」
聖華はそう言うと、背もたれに体重を乗せて腰を少々浮かべるようにして、思い切り背中を伸ばした。
東京の罪人取締班は、RDBが敵に回ることは薄々勘づいていたため、大した驚きはなかった。
ただ、和也と芽衣は何が起きたのか掴みきれていないようだ。この二人はまだ、RDBという組織を詳しく知らないらしい。
「えっと、RDBっていうのはね──」
──美羽は二人に、今まで罪人取締班とRDBに何があったかを話しつつ、RDBという組織を説明した。
「ほえー、じゃあ悪いやつってことか?」
「ですが、最後の青龍との戦いでは味方に回った……? 本当に、悪と決めつけて良いのでしょうか?」
「今のところは悪いやつっていう解釈でもいい。俺たちも、RDBの善悪が分からないからな」
和也と芽衣に、優貴が答えた。椿はゆっくりと立ち上がる。
「RDBの次の行動が全く予測できない以上、こちらから具体的な行動をするのはやめよう。だけどいつ現れてもいいように、万全の状態をキープし続けるのが今の目標かな」
「万全の状態か……よし! 優貴と美羽、和也、そして芽衣! これから毎日特訓を始めるよ!」
聖華の提案に、優貴と和也は頷いた。一方の美羽はというと──。
「筋肉痛にならないか心配だなぁ……」
そう言いながらもやる意思を見せた。
芽衣は正直、自分が役に立てるのかどうか分からなかったが、少しの望みに賭けて意気込んだ。
*
この騒動は、椿の思うよりも早く対処が行われた。なんと、全国各地の罪人取締班長が緊急招集されたのだ。
警察庁長官をはじめ、組織犯罪対策部長なども招集され、五十人以上による大会議が行われた。
もちろんこれに呼ばれた椿は、これがいかに大事であるかを改めて実感したと同時に、前回の戦争から日本警察は学んでいる箇所もあるのか、と少し感心した。
会議では、RDBの戦力や次の行動の分析、全国の避難誘導先の増設、対処時の注意や対処後の収監先の指定など、具体的かつ現実的な議論が進められた。
「以上で会議を終了します。皆様、長時間の会議、お疲れ様で──」
終わりのアナウンスと同時に、司会役の警官の首がこちら側に転がった。その後ろには、二人の女性がいた。
「わぉ、大胆だねぇー」
「どうせバレるし、いいかなって思った」
当然、周囲はパニックになった。甲高い悲鳴をあげる者、慌てて辺りを見回す者と、様々居た。
「皆さん落ち着きましょう。長がそれでどうします」
物腰柔らかな男性の声、京都の罪人取締班長の長谷川徳人だ。
「それに……あなた方は、ここが今何をしていたか分かりますか?」
よく見ると、その女性の一人は狩魔だった。
「知ってるよぉ。班長たちが会議してるんでしょぉー?」
ここには──北海道には三つの取締班があるため──四十九名の罪人がいるのだ。
「ま、確かにこっちは僅か二人だもんね」
もう一人の女性がそう言った。彼女はまだ大学生くらいの見た目をしていて、白髪に青いメッシュのボブに白と青のオッドアイが特徴的だ。
左手には血まみれのナイフが握られていることから、先程の警官の首をはねたのは彼女だろう。
そんな彼女は怯むことなく、椿達の方へ足を進める。
「でもいくら対策しても、これは分析できなかったでしょ。分析は所詮、一つの可能性だもんね」
徳人は少し声を低くして頭を抱える。
「《発動》。お二人方とも立ち止まってください……!」
徳人は脅迫罪を発動したようだ。これで止まらなければ、幻覚とはいえ大きな傷を与えられる。
しかし、彼女は「いいよ」とあっけなく止まった。しかし──。
「じゃあ代わりにみんな……死んで」
彼女がそう言った瞬間、彼女と狩魔除く全員の口から血が流れた。
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