76話 弱いが故の強さ
美羽は菜々子と真理奈に過去を打ち明けた。
* * * *
「っ…………」
美羽が話し終わった後、菜々子も真理奈も口を閉じていた。
「ねぇ……本当にこれが、聞きたかったの?」
美羽は落ち着いたように話した。味方が欲しいという感情は、過去を話すうちに黒く塗りつぶされてしまったようだ。
すっかり日が暮れ、三人が互いの表情も見れないほどに、空は暗くなっていた。
「……えっと、少し変なこと聞いてもいいかな」
真理奈の強ばった声が伝わる。「うん」と美羽が答えると、一呼吸おいて話す。
「美羽はさ、本当に……その、自分のせいで先生を殺めたって思ったの?」
美羽は質問の意図を理解していた。
「二人からしたら、変だと思うよね。だけど、『自分がその時いなかったら。もっと早く逃げていれば』って思ったあの日からずっと、罪悪感が抜けないんだ。こんな弱いところ、ホント、二人には見せたくなかったよ……」
美羽は、自分が人を殺めたという過去以上に、自分は弱いということ、何もできないということを知られたくなかったのだ。
美羽自身、それが『仕方がない』と理解している部分もある。しかし、過去を話して当時の感情を顕にすることは、どうしても恥ずかしかったのだ。
「……まず、あたしの見解を示すと──美羽、あんた馬鹿だなって感じ」
「菜々子!? 何言って……美羽だって──!」
「違ぇ違ぇ。それを話すのを、『本当の自分を知られたくないから』って理由で渋ってたのか?」
美羽はその言葉を聞いて、声を荒らげるように話す。
「そうだよ……! だって、人を殺したんだよ!? 災害とか関係なしに、私は先生の優しさを利用して生き残ったの! こんな汚い私、知りたくないでしょ!?」
「言い方を変えろよ! 『優しさを利用した』だぁ? 馬鹿言うな! お前は、利用したくてした訳じゃねぇだろ!? あくまで結果論だ、そんなもの!」
菜々子は静かに、大きく呼吸した。落ち着いたように「話すよ、あたしのこと」と呟いた。
「あたしはな……小さい頃、罪人に助けられたんだよ。遊んでたらボールが道路に出てよ、馬鹿なあたしはそのまま飛び出したんだ。するとトラックが来て、怖気ついてそのまま座り込んでた。死ぬかと思ったら、その罪人はすごい速さで駆け寄って、仁王立ちでトラックを止めたんだ。血が出てたから、もちろんその人は治療が必要だったけど、誰からも治療されずに死んだらしい」
美羽と真理奈は思わず目を見開いた。今まで、そんなことを言ってなかったから。初めて聞いたことだから。
「美羽、これを『利用』っていうのか? その人の優しさを利用したから、今のあたしがあるのか? あたしと美羽、状況は似てると思うけどな」
「それは…………」
言葉を詰まらせる美羽に、菜々子は一つため息をついて言う。
「『助けてもらった』でいいだろ。『利用』なんて、悪どい言葉使うなよ」
ふと、周囲の電灯が灯る。弱くもしっかりとした光が、暗闇を、三人の顔を照らした。
「その……美羽と菜々子に比べたら、私の過去なんてちっぽけだけどさ──私にも言えることなら、『どんな人間でも弱いところはある』ってことだよ。さっき美羽は『弱いところを知られたくない』って言ったけど、美羽にだって、菜々子にだって、私にだって、弱いところがあるのは当たり前だし、隠さなくたって関係がどうこうするものじゃないでしょ?」
真理奈の表情は、いつも以上に優しかった。
「私はトマトが食べられなくて、よく転んで、泣き虫で、高いところが苦手で……まあ多かれ少なかれ、大きい小さい関係なく弱いところがあるんだよ。そりゃ言うのは恥ずかしいし、いっそ隠したくもなるけど……ほら、弱いところを言っても私は私でしょ? だし、美羽は美羽、菜々子は菜々子。だから──」
真理奈はブランコから席を立って、美羽の両肩にポンと手を乗せる。そしてしゃがみこんで、美羽の目を下から覗く。
「これから先、例え美羽がどんなに落ち込もうと、苦しもうと、何回でもこう言うよ。『私達は親友。だから、相談して』って。私達は、何回でも美羽を励まして助けるから! だからもし、私や菜々子が落ち込んだり苦しんだ時は、何回でも励まして助けてね! それが、親友でしょ?」
美羽はゆっくりと頷いた。何だか、心の詰まりが全て取れたような気分だった。
「……ありがとう、二人とも」
その言葉を聞いて、菜々子と真理奈はニッと笑った。
美羽は、自分の弱いところを話して、なんだか強くなれた気がした。
* * * *
「おはようございます!」
美羽の声が執務室に響き渡る。聖華は少し驚いて、美羽の方を見る。
「なんだい、今日はいつにも増して元気じゃないか。何かあったのかい?」
「親友の菜々子と真理奈に話したら、心が軽くなりました!」
「……そうかい、そりゃよかった!」
話の意図をいまいち掴みきれなかった聖華は、とにかく『美羽にはいいことがあった』と認識することにした。
少し疲れ気味の椿も、その様子に笑みを浮かべた。
芽衣と和也も少しずつ仕事をこなせるようになってきており、今のところ罪人取締班の仕事は順調であった。
特に、戦争前と比べ、警察庁からの押しつけじみた書類も少なくなったり、罪人の取り締まりも件数が圧倒的に少なくなっている。
このような外的要因もあり、罪人取締班は平和を取り戻しつつある。
そんな矢先、罪人取締班に一つの電話が鳴り響いた。これが、更なる悲劇を生むことになる。
(今回は章の最後ということもあって、少し短めになってしまいました)
ご愛読ありがとうございました!
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