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「sin・sense」 〜罪人共による異能力の闘争〜  作者: むかぜまる
6章 彼らが悪夢の余韻から明るい未来を作り上げるまでの努力譚
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75話 美羽は罪人

遅れてごめんなさい!


その代わり、今回は文章多めです!

 日が暮れる。今日は時間が経つのがやけに早かった。

 そう美羽みうは感じた。


 講義が完全に終了し、三人が立ち寄ったのは素朴な公園だった。

 錆び付いた鉄棒、色あせたシーソー、きしむ音がするブランコ。その遊具の全てを、太陽の去り際の光が橙色だいだいいろに染め上げる。



「懐かしいな、ここ。そういや、あたしらが高校に入った時、よくここに来てたな」


 菜々子(ななこ)はそう言って、歯を見せて笑う。一番低い鉄棒に腰掛ける姿は、高校の時と何も変わらなかった。



「確か、菜々子が私たちに声をかけてくれたんだよね。大学に比べたら、その時の美羽は凄く暗かったね……。もしかして、その時にはもうなってたの?」


 真理奈まりなは美羽に、会話の切り口を与えた。真理奈の座るブランコからはいでもいないのに、断続的に甲高い金属の音が聞こえた。

 その隣のブランコに座る美羽は、地面を擦る自分の靴を見ていた。砂がれた音を聞きながら話した。



「……私のは、中学の時からだよ。客観的に見たら、『仕方がない』って言われた。だけど、罪人になった途端に、お父さんとお母さんは私を置いていった」

「はぁ……!? なんでだよ、例え罪人になっても我が子だろ!? 捨てるだなんて……」

「お父さんとお母さんはね……昔、罪人に拷問されてたらしいの」


 あまりに聞きなれない『拷問』という言葉を、真理奈は反芻はんすうするように「拷、問……?」とこぼす。



「正確に言えば、お父さんとお母さん含めた十数名の人達が、一人の罪人の趣味ごうもんに強制参加させられてたの」

「だから、お父さんとお母さんは罪人にトラウマがあるっていうこと?」


 美羽は真理奈に頷く。

 菜々子が眉間にシワを寄せて、口を開こうとした。それを阻止するように、美羽は声を少し大きくして言った。



「た、ただね! その罪人は捕まって、その事件をきっかけにお父さんとお母さんは結婚したの! それに、完全に捨てられた訳じゃなくて、養育費みたいなのは毎月もらってるよ!」


 美羽は胸に手を当てる。



「だからね、きっと──世界で罪人が認められれば、きっと分かってくれると思うの!」


 美羽の言葉に、菜々子と真理奈は口を閉じた。

 何を言えば正解なのか、安易に同意しても良いのか迷っていたからだ。


 黙りこくった二人に、美羽は不思議そうに首を傾げる。それを見た菜々子は沈黙を作らまいと、重たい口を開いた。



「……ま、どうして美羽を置いていったかは分かった。けどまだ、肝心なことを話してないよな?」

「肝心な、こと?」


 はぐらかそうとする美羽に、菜々子は逃げ道を塞ぐように直接言った。



()()()()()()()()()()()だよ。中学の時に、何があった?」

「それは……」


 目を泳がせる美羽に、真理奈は穏やかにこう言った。



「その、お昼はつい感情的になったけど、無理に話したくないならそれでもいいよ」

「ま、あたしも美羽の過去がどうであれ、これからもいつも通り付き合うけどな」


 真理奈は美羽の目を覗き込む。紫色の瞳の中心を、じっと見るように。

 美羽も真理奈を見つめ返す中、真理奈は声を出した。



「だけど……過去を話したいのは、本当の美羽を話したいのは、美羽自身なんじゃないの?」


 美羽は目を逸らした。この『知ってほしい、味方が欲しい』という気持ちを言い当てられたことに動揺したからだ。

 苦悩の末、美羽は下を向きながら、「分かった」と発した。





 * * * *





 私が中学生の時だった。その時は、何も気負わず、笑顔を毎日と言っていいほどに浮かべていた。

 そんな私には、ある()()があった。



「もうすぐチャイム鳴るからねー! 座って座ってー! みんな、宿題はやってきたよね?」

「やってませーん!」

「こらこら、田中くん! じゃあ、宿題やる時間作るから、それまでに終わらせて提出してね!」


 中学の国語の先生、南足きたまくらくるみ先生。

 第一印象は優しく、それは今も変わってない。生徒との距離も近いため、よくからかわれる。

 初めはまるで、歳が離れた友人みたいな感覚の人だった。


 そんな先生は苗字が少し呼びにくく、かわりに名前が呼びやすいことから、みんなから『くるみ先生』と呼ばれている。



「くるみ先生! 私もやってません!」

「長田さんまで……じゃあ、宿題してきてない人は手を挙げて! …………って、半分以上じゃない! 授業中に終わらせて提出してね!」


 二年生の教室は一階にあった。そのため、体育ではしゃぐ一年生の声も聞こえた。

 既に宿題を終わらせていた私は、グラウンドで駆け回る一年生の様子を、微笑ほほえましく眺めていた。



   *



 宿題をする時間の終わりは先生が決めた。最後の生徒が終わるまで、雑談をして待っていたのだ。

 そして授業が始まる。普通の先生なら、一年生の声がうるさく聞こえる



「何度も言ってるけど、テストとかで必要なのは、文章を理解してまとめること! よく、『何何はどういうことか』っていうことが問われるから、本文の『つまり』の後に注目して──」


 ただ一年生の声が聞こえないほど、くるみ先生の声は想像よりも元気でハキハキしている。


 初めて授業を受けたときは、驚いて眠気も覚めたほどだ。ただ、この声はドアを閉めていても廊下に響くだろう、と私は苦笑いした。



   *



 実は、私とくるみ先生には大きな接点があった。私のお母さんの弟……つまり、伯父おじさんの婚約者だったのだ。


 中学一年生の冬頃、正月を家族で過ごそうとしていた時に何故かくるみ先生が家に来た。

 そして私と先生の関係を聞いて、心臓が口から出る程驚いていたのを覚えている。



   *



「おじゃましまーす! 美羽、また来たよー!」

「くるみ先生! 今日は何して遊びます?」



 それを聞いて以来、私と先生は学校でもよく絡むどころか、先生は家にもちょくちょく来るようになるまで仲良くなった。



「うーん、今日は部活の練習にしようか。最近伸び悩んでるんでしょ?」

「あっ、はい! 教えてください!」


 私は当時ソフトボール部に所属していて、くるみ先生はその顧問だった。

 どうやら先生はピッチャーとして大活躍していて、大学の時に全国優勝した経験もあるらしい。


 そこで同じピッチャーのポジションである私に、たまに教えてくれるのだ。とても分かりやすい指導のおかげで、私は大会でも活躍できていた。



   *



 どんな時も、優しく楽しく接してくれた先生は、私にとって第二の親と言っても過言ではなかった。


 私にとっての憧れの存在、くるみ先生。

 子どものためなら、自分の命をも投げ出してしまいそうなほど……優しくて、子ども想いの人格者だ。


 私は先生が大好きだった。先生みたくなりたいと思った。

 だから将来は、中学校で国語の教師として働いて、ソフトボールが大好きで、友人みたいに生徒と話せる人になると決めていた。



 …………決めていたのに。



   *



「みんな逃げて!! そこの窓から! 急いで!!」


 先生の声が、崩れる瓦礫がれきの音に負けずに廊下に響き渡る……はずが、その廊下すら瓦礫で埋まってしまっている。

 警報機も鳴り出し、わずか十分じゅっぷんで息が詰まるような緊迫感が支配した。


 そんな中、くるみ先生の大きな声が二年生全体に響き渡った。その言葉を聞いた二年生達は、慌てて窓の方向へ逃げ出した。


 生徒の列の最後尾だった私は、自分に『落ち着け』と言いきかせて待っていた。

 そしてもうすぐ私の番……というところで、予期せぬ事態が起きた。



「っ!?!?」


 突然、教室の天井が崩れだしたのだ。むしろ、崩れなかったのが不思議だと、今になって思う。


 音を聞いて、とっさに前に跳んだ。ちょうど自分の真上で聞こえたからだ。

 しかし、完全にはかわしきれなかった。足が埋まってしまったのだ。



「私がやるから! みんなは早く!」


 驚いた生徒にくるみ先生が言う。その指示に従って、全員が教室から撤退した。


 ここに残るのは、私と先生だけ。先生は一生懸命瓦礫をどかしたり、私を引っ張ろうとした。



「先生……もういいです! 先生だけでも逃げて!」

「できるわけないでしょう!? 絶対、助ける、から!」


 私は嫌だった。何か悪い予感がした。まるで、先生が死んでしまうような……。



「なんで……そんなに優しいんですか……!? 先生も死んじゃうかもしれないんですよ!」

「私はいい! ……私はいいから、美羽だけでも!」


 私の忠告も無視して、先生は瓦礫を一生懸命どかした。救急車と消防車のサイレンが聞こえた。



「伯父さんは、そんなこと願ってないです!」

「美羽のお父さんお母さんも、美羽が死ぬのは願ってない!」


 足が軽くなる。今なら──



「生きて、ここから出るの!! 絶対に!」


 先生が私の腕を引く。先程が嘘のように、私の足はするっと抜けた。

 しかし、私は両足とも捻挫ねんざしていた。先生は私を抱えると、近くまで走りに来た隊員に渡した。



「この子をお願いします!」


 その時の先生の顔は、まるで私を心配したような顔だった。まるで自分は後でもいいという顔だった。

 それでも、二人とも助かると安心していた。



 安心、して──



「…………え?」


 私が隊員に運ばれ始めた直後、先程の場所は教室でなく、瓦礫の山となった。

 そこには空間などなく、見えるのは灰色の岩の塊だけ。



 先生は、まだ出ていなかった。




 先生は、私の目の前で瓦礫の下敷きになった。




 ──くるみ先生は、自分の命をも投げ出してしまいそうなほど、子ども想いの人格者だ。──



 だけど私は、くるみ先生を犠牲ぎせいにして生き残った。『私がくるみ先生を……くるみ先生の優しさを利用して殺した』。



 ──あの時、私が『簡単に瓦礫から出れていれば』、こんなことにはならなかったのに。

 どうして、どうしてどうして、こうなったのだろう。



   *



 くるみ先生の授業中、大規模な地震が起きたらしい。震源地も私の中学校に近かったため、初期微動を感じにくかったのだ。


 悲劇にも、上の階で爆発も起きたらしい。いわゆる二次災害だ。

 たまたま理科の実験で火が倒れ、たまたま家庭科室のガス栓が壊れ、爆発を巻き起こした。


 そのせいで、瓦礫が一気に吹き出したらしい。誰も予測できないスピードで、災害が起きた。



   *



 私はくるみ先生を殺した意識と、簡単に拘束から抜け出したいという思いで『背任罪はいにんざい』を手に入れた。

 私は、両親からも嫌われる、私自身も嫌う罪人になった。

ご愛読ありがとうございました!


次回も宜しくお願いします!

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