74話 気持ちの切り替え
遅くなりました!
ごめんなさい!
* * * *
優貴、美羽、芽衣が天舞音のお見舞いに行った次の日のことだ。美羽は復興が終了した大学に向かったと同時に、椿は警察庁へ足を運んでいた。
椿がここに来た理由は、一昨日の京之介と和葉の報告があったからだ。
警察庁長官が呼んでいる……。そのようなことは滅多に無かったため、椿は少し警戒しつつも目的地へ向かう。
*
荘厳な雰囲気の扉が椿の前に現れる。しかし、それはごく普通の会議室の扉だった。室内にいる人物の権力の高さが、そう錯覚させているのだろう。
椿はゆっくりと、人差し指と中指の第二関節で三回叩く。
「失礼します」と言うと、扉を両手で開けた。そしてすかさずに敬礼の形をとる。
「警察庁罪人取締班班長、叢雲椿です。警視庁長官様のお呼び出しによって参上しました」
会議室から窓を見ていたのは、60を過ぎていそうな男だった。達観したような目で、苦難を乗り越えてきたような顔立ちで佇んでいた。
その男が「とりあえず、座ろうか」と言った。
*
「まず今回の内戦について、罪人取締班は多大な貢献をしてくれた。代表して感謝を述べたい」
彼はそう言うと、座ったまま礼をした。椿は礼に対しては何も言わず、ただ「もったいないお言葉です」と話した。
彼はゆっくりと頭を上げる。上げきったと同時に、椿が再び口を開く。
「菊村長官、お言葉ですが、なぜその感謝を公にしないのでしょうか。国民に、罪人の有用性を示す良い機会だと思うのですが」
「はぁ……言いたいことは分かる、叢雲班長。しかし、そうできない理由があるのも分かってくれたまえ」
突発的であったが、椿は自分が一番言いたいことを言えた。対して菊村長官は、そういう意見が出るのは予測済みだったのだろう。
「実際、罪人は正義としても使えるだろう。が、一度人の命を奪った、ということが国民の思う罪人の定義だ。その認識のまま公にすれば、治安はどうなるのか、叢雲班長なら分かるだろう?」
椿も、菊村長官の言いたいことは分かった。菊村長官は念の為に、話を続けた。
「警察という組織が罪人というものを完全に認めれば、殺人は当然増加する。動機を、『取締班に入れば、自分も日本に貢献できると思った』と言えば良いからだ。すると、その動機の彼らは罪に問われはしない。罪人取締班を警察が置く理由がまさに、その貢献なのだから」
全国の罪人取締班において、故意かどうか関係なしに罪を犯している班員は多い。本来ならば、きっと彼らは投獄される。
しかし、彼らが罪人であるから、今も外を気兼ねなく歩けるのだ。
警察が認めるということは、警察が犯罪者そのものも認めることになってしまうのだ。
菊村長官は立ち上がって、先程と同じように外を眺めた。椿も立ち上がり、彼の一言を待った。
「──もし公にするのであれば、全国の罪人取締班を即座に撤廃する。……忘れてはいないな? そもそも、警察の直属で取締班を配置しているのは、善意だ。取締班の制度というのは、君の父と私の、強制力のない契約なのだ」
「……そう、ですね」
椿は右手で虚空を握りつぶした。菊村長官は椿を振り返ると、本来の目的を伝えた。
「私が君を呼んだ理由は、大したことではない。ただ、『正義の象徴は昔も今も、警察であり罪人でない』と伝えたかった。ついでに、君の心の変化があるか期待したのだが……無駄だったようだな」
「警察側はあくまで、取締班は警察の組織でない、と思っていらっしゃるのでしょうか……?」
「話は以上だ。即刻消えたまえ」
椿はその言葉通り、扉を開けると「失礼します」とだけ伝えて出ていった。期待した自分が馬鹿だった、と思いながら。
* * * *
昼休み、それは三人が揃って食事をする時だ。こんなにも静かなのは、大学が久しぶりだからだろうか、それとも肌寒い冬の温度を感じているからだろうか。
……答えは、気まずいからだ。
あの時、避難所に着くまでは三人とも良い雰囲気であった。しかし、その中で美羽はすぐに処置室に運ばれたため、それ以来の再会だった。
復興中はもちろん、途中の授業の合間でも連絡を取らなかった。昼休みでさえ、相談無しにいつもの席に座って食事しているだけだ。
「……じ、じゃあ、私、食べ終わったから先行くね!」
美羽が耐えきれずに席を立とうとした時、菜々子が美羽の袖を掴んだ。
バランスを立て直す美羽が見たのは、「まだ食べ終わってないから」と残った料理を指さす菜々子と、不安そうな眼差しの真理奈だった。
*
「ったく、なんで避けんだよ。美羽が距離取ってるのバレバレだかんな?」
「そ、そんなつもりは──」
「私も、美羽が距離取ってるって感じちゃった……」
真理奈の更なる返答に、美羽は口を閉ざす。菜々子は美羽に、少し強めの口調で言った。
「正直、そんな美羽は見たくなかった。私たちが、『美羽が罪人だってこと気にしない』って言ったのに……美羽がまだ引きずってると、私たちなんて声掛けたらいいか分からんでしょ」
「……ねぇ美羽。無理なお願いかもしれないけどさ、なんで罪人になっちゃったのか、聞かせてくれないかな?」
真理奈の発言に、菜々子と美羽は目を見開いた。
「真理奈、それは流石にダメだろ。美羽だって隠したいことが──」
「私だって、美羽に無理強いはしたくない……! けど美羽がそんな態度なら、美羽のことをもっと知って受け入れないと……私たちっ……!」
真理奈の声が震える。美羽は覚悟を決めたように、口を開いた。
「私も、二人とずっと仲良くしたい。けど、このままじゃ三人とも離れちゃうなら……せめて私のこと話したら真理奈と菜々子だけでも、仲良いまんまで居られる、よね……?」
「……いや、約束する。聞いても絶対、まだ友達……いや、親友だから!」
「……ありがとう。でも、聞いてからでいいよ。今は人が多いから、放課後話すね?」
美羽はそう言うと、食器を下げに行ってしまった。ただ、内心ではまだ話すか迷っていた。
ご愛読ありがとうございました!
また次回も宜しくお願いします!